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②二話のつづき1



     ◇◇◇




 ……困った。

 出会って数分と経過していないにもかかわらず、私は彼にノワールの面影を見てしまっている。

 馴れ馴れしく昔話なんかしてはいるが、やはりまだ『ニセモノ』かもしれない……という前提で彼を見てしまう。いや、それで合っているのだ。

 ちゃんと、疑わなければならない。

 発せられる言葉を吟味し、時折見せる無自覚な仕草すら見逃さず、彼が……あの人なのか…………見極める必要があるのだ。


 だから……困った。

 3年という長い間会っていない事もありノワールの印象が薄れつつある事も要因の一つではあるのだろうが……、今の彼に『ニセモノ』相手に感じるような違和感が……全くないのである。

 思い出の行き違い、会話のテンポ、私に対するノワールの態度。

 もちろん、数年前と全く変わっていないということはない。だが、本質的な部分は……あの時のままなのだ。


 きっと、この人は……本物だ。

 私達の好きになった、あの人なのだ。



 ……だからこそ、困った。


 私は今、どんな顔で話してるんだろう?

 どんな顔で……彼を見ればいいのだろう?


 やっぱり、「まだ疑ってます」って慎重に吟味してます感バリバリにして「警戒したフリ」を続けた方がいいのかしら?

 たった数分程度の会話で簡単に信用するとかチョロ過ぎだろ……なんて思われるのも癪だし……。

 でも悔しい事に、もう確信してるのよね。

 他の誰がなんと言おうと、きっと私はこの直感を疑ったりしない。


「…………と、いうわけよ。これがアンタがいなかった間にあった変化ね」

「なるほど……」

「大体一年くらい前からは、PVPをメインにするプレイヤーも増えてきて、今じゃ賞金付きの大会まで開かれるレベルよ。……なんだったら、アンタも参加してみたらどう?」


 どうせ、アンタに勝てる相手なんてそうそういないでしょうけど……という言葉は、あえて言わない。

 彼の場合、調子に乗って天狗になる……なんて事はあり得ないだろうけど、……きっと、あまり興味を示さないと思うから。


「PVP……プレイヤー同士のバトルねぇ……。それがストーリーシナリオとかに関わってくるってんならやらない手はないんだが、そうじゃないなら……あんま興味ないかなぁ」

「…………やっぱり」

「やっぱり?」

「あの頃だってそうだったじゃない。今ほどにPVPが流行っていなかったとはいえ、機能自体は昔からあったわ。でも、アンタは他のプレイヤーとは剣をまじえようとしなかったし……。特例を挙げるなら、私達との軽い組手の時くらいじゃなかったかしら?」

「……そうだっけ?」


 わざとらしくそっぽを向くノワール。

 別に、逃げ腰の弱虫だなんて罵るつもりはない。むしろ、無駄な争いを好まぬ優しい人……いや、それは言い過ぎかしら?

 戦える力を持っていながら、ソレを振りかざして他者を従える……なんてことはしなかった彼。

 どれだけ名声が上がろうと、どれだけ周りからもてはやされようと、彼はソレを鼻にかける事もせず……。まっすぐと純粋にゲームを楽しんでいた。


 少なくとも、私にはそう見えていた。


「…………それとも、やっぱりアンタは…………あの子の事しか……」

「ん?」

「…………。はぁ……、なんでもないわよ」


 あの時のアンタは、あの子の……アルヴスの事しか考えてなかったって事なのよね……?

 だから……進展のない結果にウンザリして……私達の前からいなくなった。

 私達の事なんか二の次で、ずっとずっと……アルヴスの事だけしか見えてなかったでしょう。

 だから……今更、戻ってきた。


「…………」


 あぁ……そう思うと、やっぱりイライラする。

 胸の奥がざわついて苦しい上に、やり場のない怒りがフツフツと湧き上がってきて……無性に暴力に訴えたくなってきた。私の悪い癖ね……。

 頭の中でいくら理解しているつもりでも、納得したくないと……ワガママを言っている私がいる。

 「そんなはずがない」「絶対に違う」と、信じたい現実しか見ようとしない駄々っ子のように……彼と過ごした数年の日々を疑いたくない私がいる。


 たかが……ゲーム内でだけの友人でしかない、はずなのに……。


(こんなにも依存して…………バカみたい)


 素顔も知らぬ相手に惹かれるなんて……アホらしい。

 彼も『ノワール』なんて人間ではない。ノワールという肉体アバターを使い、ノワールというキャラクターを演じているだけ……。私は彼の中の人の年齢すら知らない。


 それならば――


 もういっそ、知らなくてもいい。

 彼の事なんて……何も知らないままで構わない。

 彼が『ノワール』なのならば、私は『ランカ』として…………。



「さて……、結局のところ、アンタは愛しのアルヴスちゃんに会いたいがため『だけ』に、またこのゲームに戻ってきた。他意は全く無し。放り捨てられた私達の事なんかも御構い無しに……。そういう事でいいのね?」

「なんかトゲのある言い方だが……間違ってはないから言い返せねぇんだよなぁ……。オレはアルヴスに会いたい。会って話がしたい……」

「……なら、そのあとは……?」

「その、あと?」

「そう。例えば……なんだかんだで上手く事が運んで、遠くない未来に……アンタのその『会って話がしたい』って目的を達成したとする。…………そうしたら、アンタはどうするの……? また、いなくなるつもり? 今度はもう二度と戻ってこないつもりなの? 引退するとか言って、また私達の前からいなくなるの……?」


 なんで、そんな事を聞くの?

 せっかく彼が帰ってきて、もしかしたらまた……昔のように楽しんで遊ぶ事が出来るかもしれないのに……。

 失ったあの日々を、やっと取り戻す事が出来るかもしれないのに……。


 どうして、そんな事を聞いてしまうの?


 …………そんなの……怖いからに、決まってるじゃない……。

 一度、失った恐怖を……もう知ってしまってるから。

 また、失う苦しみを味わいたくないから。

 また捨てられるって……最初からわかっているなら……、それならもういっそ――――っ。



「それとも、私達なんて放ったらかして他の友人とあの日々の真似事を繰り返すの? そしてまた、用が済んだら「はい、さようなら」って言い捨ててまた逃げるんでしょ!? アンタにとっては仲間なんて、単なる手駒でしかなくて……絆も、思い出も……利用しやすくするための手段でしかない……!」


 堰を切って溢れ出した感情が、止められない。

 違う。こんな事が言いたいんじゃない。

 こんな自分勝手なワガママで、あの人を困らせたいわけじゃない。


「どうせ、今……私を呼び出したのも、使い勝手のいい駒を揃えたかったからなんでしょ……!? これから、他のメンバーも同じように丸め込んで……アンタの目的を達する為だけの道具にするつもりなんでしょ!?」


 違う。

 違う!

 あの人は、そんな事……絶対にしない!

 そんな事わかってる。私達が一番わかってる……はずなのに……。


「ゲームの主人公にでもなったつもり? みんながみんな、アンタの都合だけで……無償で力を貸すようなお人好しだと思ってるわけ? 冗談じゃないわよ! 私達だってNPCじゃないの! 心があるの! めんどくさい感情があるの!! アンタのオモチャじゃないのよ!!」


 なんで……

 なんで、そんな酷いことを言うの?

 あの頃だって今だって、あの人が私達をぞんざいに扱った事なんてないじゃない。

 楽しい時はみんなで笑って、苦しんでる時は側にいてくれた。

 何かあった時は誰よりも頼りになったし、いつもギルドの中心で引っ張ってくれて……みんなを支えてくれた。


 私達を、ちゃんと見てくれていた。


 なのに……


 なんで……


「アンタはいつもそう! 勝手に決めて、勝手に突っ走って、私達の迷惑なんて何も考えてくれない! 自分本位の分からず屋! 高慢ちき! 唐変木!!」


 なんで……いなくなったの?


 なんで……何も言ってくれなかったの?


 なんで……なんで……



…………苦しんでるって……教えてくれなかったの?



「アンタなんか! アンタ……なんかぁ……っ!!」


 こんなに取り乱したのは、いつぶりだろうか……。

 考えていた事が真っ白になって、口が勝手に言葉を吐いていく。とめどない濁流に押し流されるように、感情の制御が効かなくなって……思ってもいない事を口走る。

 ……いや、きっと……心のどこかで思っていた事なのだろう。

 どこかで諦めて、勝手に納得したフリをして、奥底に押し込めていた『本音』だったのだろう。


 頭で理解していても、心はそう上手くいかない……。きっとソレだ。

 だから……コレがきっと、私の本当の言葉。


 ノワールは、そんな私を見ていた。

 嫌な顔一つせず、言い訳すら挟まず、ただちゃんと……私の言葉を聞いてくれた。……最初こそ驚いていたが、それこそ最初だけ。

 私の目を見て真摯に受け止めてくれて……


 ――そして、一言。




「ちょっと一発殴らせろ♪」



 優しい笑顔で告げる。

 私が言葉の意味を理解する前に、彼は距離を一気に詰め……拳を振り上げる。


「…………っ!?」


 ……ポコ


「……へ?」


 殴る、というにはあまりにも軽い衝撃。

 私のデコを軽く小突いた程度のソレは、…………悔しい事に、我を見失いかけていた私には……響いてしまった。


「ド正論だ。全く反論出来ねぇ」

「…………は、はぁっ……?」

「オレがどういうつもりでプレイしてたとしても、お前らがそう思ったんなら……きっとソレが事実なんだ。だから、オレから言い返す事は出来ねぇ。いやまぁ……そう思われてんのは、かなりショックだけど……」

「……じゃあ、なんで今叩いてきたのよ……」

「なんかムカついたから」

「はぁ……っ、ムカついたって!?」

「言ってるお前が、その言葉に微塵も納得してねぇじゃん! そんな『言いたくもない事を言わさせられてる人形』みたいな面で説教なんか垂れても、コッチには全然響かねぇんだよ馬鹿!」

「…………っ!?」

「確かに、お前ならちゃんと叱ってくれるかも〜、とかさっき言ったけどさ! ソレがお前の『言いたい事』じゃないなら、なんの意味も無いだろうが!?」

「……叱ってもらう側のくせに、注文が無駄に多すぎなのよバカ!」

「ちゃんと口が付いてるクセに、言いたい事の一つも碌に言えない馬鹿よりはマシだからいいんだよ!」

「なっ! 言ったわねこの唐変木!?」

「悔しかったら、お前の『言いたい事』ちゃんとその口で言ってみろよバーカ!」


 あぁ、ムカつく!

 さっきまでのモヤモヤとか、胸の中でグチャグチャになってた感情が……なんか、一気にどうでもよくなった。


 そうだ。

 そうだった。


 コレなんだ。


 今のギルドに無くて、『箱庭ここ』にしかないモノ。


 気遣いなんかしない。

 遠慮なんてしない。

 手加減なんてしない。

 上下関係なんてクソくらい。

 ムカついたら喧嘩だってする。


 ……それが許される場所。

 そんな私達を許してくれる場所……。


 『箱庭ここ』は、私達のホームなんだ


 ここでなら

 ワガママでも……いいんだ。



 私は勢い任せにノワールに摑みかかる。

 これまでに積み上げてきた『ランカ』を全力で投げ捨て、『私』として怒りのままに……全力で彼に飛び込む。



「……ずっと、ずっとずっと寂しかった!!!」



 これが私の『言いたかった言葉』。


 無理矢理床に押し倒し、馬乗りになって全力で拳を叩きつける。


「なんでいきなりいなくなんのよバカっ!! なんで何も言わないのよバカっ!! なんでコッチには無理させないクセに、アンタだけ一人で抱え込んで……私達を頼ってくれないのよバカっ!!」

「なっ、オレにだって言えない秘密の1つや2つあるわ! 何でもかんでも相談出来るかってのアホ!!」

「その秘密のせいでアンタが勝手にいなくなって、私達がどれだけヘコんだと思ってんのよ!! 弱音の一つくらい言いなさいよバカノワール!!」

「そんなの、心配かけたくなかったんだよ……!」

「私達にだって、少しくらい心配させなさいよバカぁー!!!」


 全力の言葉。

 コレが、飾らない私の言葉。

 拳と共にぶつけるソレを、彼はちゃんと受け取ってくれる。

 戦闘時とは違い、ステータスの補正もほとんどない拳だが……きっと痛いはずだ。それくらい全力でぶつけている。


 でも、彼は笑っている。

 コッチとら涙で視界は霞むし、嗚咽がまじって言葉も思考も纏まらない。感情を完全に爆発させた子供みたいに、グチャグチャに泣き喚いているってのに……


 彼は笑って、受け止めてくれる。


 あぁ……本当に、困った。






 なんで、こんなヤツ……好きになっちゃったんだろうな……






     ◇◇◇




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