表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/47

②一話のつづき4




 部屋を出ていくカノンを見送り、また部屋の中には私1人になってしまった。

 仕事をする気分でもない。


「……はぁ、さて……。今日はもう落ちてシャワーでも浴びようかしら……」


 1日の大半をこの世界で過ごしているので、汗をかいたり汚れたりすることはないのだが……そこはまぁ、レディのたしなみだ。

 どれだけ、このゲームにのめり込んでいたとしても、女を捨てる気はない。


「それじゃあ、ログアウ――」


〈新着メッセージを受信しました〉


 突然のメッセージに、ログアウトしようとした手を止める。

 まぁ、メッセージだけならばログアウトした後でも、同期させた携帯端末で確認することは出来る。

 無理にこの場で確認する必要はない、のだが……――。


「……」


 メニューウィンドウで時間を確認すれば、たった今日付が変わったと言っても過言ではない。

 こんな夜遅くに、メッセージを送り付けてくる奴なんて……公式からのメッセージ以外、思い浮かばない。

 イベント攻略に関する内容ならば、確認しない訳にはいかないし、そうでなくとも……重要案件でギルドメンバーからの臨時メッセージの可能性も否めない。


 責任ある立場だと、こういう時に『無視する』って選択がとれないのが難点なのよね。……まったく……。


「……ったく、こんな遅くに誰よ? イタズラだったら、一発ぶん殴ってやろうかしら……」


 最近こそ減ったが、昔はノワールに成りすましたメッセージが頻繁に届いたものだ。

 アレの類いだったら、絶対にブッ飛ばす……。


 と、特に期待もせず開いたメッセージに目を通し……私は、言葉を失った。


 差出人の名前は、案の定……『ノワール』だった。

 だが、ソコに綴られた内容が、私の手を止めるには十分だったのだ。



題名:今から話がある。

本文:家で待つ。出来れば1人で来て欲しい。



 簡潔な短文だ。

 これまでのように、コチラの気を引こうとする甘言なんかはない。要点を纏めただけの、たったの一文。

 そして、場所の指定。

 転移門前とか、観光マップとか、街のカフェとか、……そんな回りくどい場所ではなく、『家で待つ』ときた。

 私達の『家』といえば、もうあの場所しかない。

 要するに、この差出人のノワールは……『零雪の箱庭』のホームで待つ、と言っているのだ。


 ギルドのホームならば、ギルドメンバー以外の侵入は不可能……。


「……っ! 待って、待ちなさい。落ち着いて……! ちょっと、落ち着きましょう」


 本文はこんなのだけど、コレはただのメッセージに過ぎない。

 実際に行ってみたら誰もいないとか、きっとそんな類いのイタズラよ。

 こんなのに引っ掛かるのは、それこそバカか無能くらいなものよ。

 こんな……あからさまなイタズラに騙される、なんて……。


「この髪形……へ、変じゃ……ないわよね……?」


 三年前からあまり弄っていないから、髪は肉体の成長に合わせてだいぶ伸びてしまったけど……一応、衛生面はちゃんと気を付けてるし、モッサリって感じではない、はず。

 変では、ない……わよね?


「いや、むしろ問題は服装かしら……。普段から身に付けてるコレもいいとは思うけど、……ちょっと、露出が多すぎるかしら……」


 そう思っていくつか手持ちの装備を試してみるが、衝撃的な事に気付いた。

 私の持ってるやつって、なんでこんなに布面積が小さいやつばっかりなのよ!?


 いやまぁ、理由は『動きやすさ重視』で選んでいたから以外にないんだけど……


「そうよ! 確か社交用のドレスがあったはず……って、ホームに帰るのにわざわざドレス姿に着替えるってのはどうなのよ!」


 目に見えてテンパってしまっているのが、自分でもわかる。


 もし、イタズラだったとしたら……。そう思う。

 でも……


 もしも本当に、彼が――ノワールがいたなら……

 やはり、考えずにはいられないのだ。


「…………」


 ふと、部屋に設えられた姿見に映る自分が目にとまった。

 こんな些細な事で取り乱し、身嗜みなんかに四苦八苦している……滑稽な私。


「……ふふ、バカバカしい……」


 いくら着飾っても、たぶんアイツは気付きもしないだろう。

 それならばむしろ……着飾ったりしない、素の私で行くべきじゃないかしら?


 いつも通りの私を見てもらって……あの頃から、こんなに成長したんだぞ、って……見せ付けてやろう。


「あのバカは……なんて言ってくれるのかしら?」


 そんな淡い期待を胸に、私はメニューウィンドウの所属ギルドから、『零雪の箱庭』を選択し……


 『ホームに帰還する』に、触れた。




     ◇◇◇




『…………』

「うはぁ……。3年ぶりだけど、ココはまったく変わってねーんだなぁ〜……」

『…………』

「うわ、この置物とか懐けぇ〜。なんかのクエスト報酬だっけ? 見栄え最悪だけど、なんか憎めないんだよな〜コレ。クセになるっつーかさ♪」

『…………』

「ゲームの世界だから汚れてたりとかはしてないけど……、うん。あとで大掃除とかするのもいいかもな〜」

『…………』

「……はぁ。いい加減……機嫌なおしてくれませんかね、『アウラ』さん」

『…………不可能です』


 数年ぶりに、ノワールとして訪れた懐かしのホーム。

 伝説のギルドと呼ばれた『零雪の箱庭』だが、ギルドのホームは、大手ギルドのような大豪邸や巨大な城なんかとは違い……初心者ギルドでも取得可能な、こじんまりとした一軒家だったりする。

 金を積めば、大きく改装することも可能なのだが……どうせ、これ以上メンバーが増える予定もないし、たった8人だけのギルドならばコレで十分なのだ。

 といっても、見た目の小ささに反し、建物内は意外と広い。

 各人のプライベートルームに、1人一室で合計8部屋。それに加え一階には大き目のリビング。

 さらには、風呂とトイレも完備している。

 特に目立って高価な家具などはないが、とても気の落ち着く空間だ。……ギルドと言うより、シェアハウスって方がしっくりくる感じ。


 ギルドによっては、ホームをただの準備室とか倉庫とか、便利な物置程度にしか使用しないところも多いらしいが……。

 このホームは、文字通り『家』みたいなものなのだ。

 テレビやゲームもあるし、キッチンや食器も完備している。


 さて、そんな思い入れの深い我が家に帰ってきたのには、ちゃんとした理由がある。


『…………』


 ソファの隣でジトッとコチラを見つめる『アウラ』さんには、確かに悪いことをした気もする。

 まぁ……怒るのも無理はない。


「一応、約束は守っただろ……? 昨日は1日ログインせずに、ちゃんと大人しく療養につとめた。嘘はついてない」


 嘘はついてない。

 前回のログイン時……生体リンク度をMAXにした状態で、巨大な黒竜からサンドバックにされた事で、多少……現実の肉体に悪影響が出てしまった。

 まぁ、悪影響っていっても……意識を失う程の激痛と、けっこうドン引きするくらいの鼻血くらいなもんである。

 脳神経への負荷がどうとかと、『アウラ』は心配しているようだが、今すぐ命に関わるってわけじゃないのなら……特に気にする気はない。


『……マスター。わたくしは、怒っています』

「オレは「1日安静にする」って言って、ちゃんと約束は守ったはずだろう? 昨日はログインしてないし」

『日付の更新と同時に始める時点で、非常識だと申しているのです。あと数時間安静にするくらい、我慢できませんか?』

「出来ないな」

『わたくしは、マスターの身体が心配で――』

「そういう心配なら必要ないって。ほら、オレって昔から無駄に丈夫だしさ♪ こう見えて、病院の世話になったことは一度もないんだぜ。これくらいどうってことないさ♪」

『……っ、マスター……!』

「それにもし何かあったら、そん時はそん時だ。……今はそんな『どうでもいい事』よりも、やりたいこと――やらなきゃいけないことが、たくさんあるんだ」

『マスター……! ご自身の身をもっと、労ってください! 無理をしてもし大事になれば、そのやりたいことすら成すことが困難になりかねません』

「心配すんなって、もしなんてありゃしねぇって♪」

『マスター……。……お願いします。お願い、しますから……』

「……っ」


 『アウラ』は、本気でオレの事を心配してくれている。

 そんなこと……言葉にせずとも十分わかっているつもりだ。

 オレだって、自分の大切にしている人が……大事なヒトが、自ら無茶をしようとしていたら迷わず止める。言って聞かぬ相手ならば力ずくにでも、だ。

 心も肉体もない機械であるはずの、この少女も……きっとオレと同じことを思ってくれている。


 だから、ソレが嬉しくもあり


 同時に……苦しくもあった。


「……『アウラ』」


 オレは『アウラ』に近付き、右手でその頭を……雑にワシャワシャした。

 普段ならば嫌がられるか、不機嫌になるような扱い方だが……、『アウラ』はただ寂しげにオレを見上げるだけだ。


 何を考えているのかわからない。

 行動が矛盾している。

 合理的ではない。


 常に最適解を導き出せる人工知能には、オレの行動なんて……そんなものだ。


「悪いな。こんな無能な主で……。お前が呆れるのも無理ねーわ♪」

『……っ』

「でもな……、オレには『今』しかない気がするんだ。大事な事ほど、『今』しなきゃいけない……」

『……マスター』

「ごめん。……こればっかりは、謝るしかない。本当にごめんな」


 理解なんて、得られなくていい。


 オレのコレは……きっと、『呪い』みたいなものだから……。


 いつだって、そうだった。



 失ってから、気付いてばかり。

 信用も、家族も、アルヴスも……大切だった親友も……。


 もう、嫌なんだ。

 『遅かった』とか、『間に合わなかった』とか、『ああしていれば』とか……後悔を残して、大事なものを失っていくばかりなんて……絶対に嫌なんだ。


「でも、安心してくれよ。今日は本当に無理をする気はないんだ……。ただ、ずっと待たせてたやつらに……ちゃんと謝っとかないとな、て」

『……、本当ですか?』

「ああ、話だけ。クエストはなし! 話が終わったら、ちゃんとログアウトします」

『……信用できません』

「おいおい……仮にも自分の主だぞ……」

『マスターですので、仕方ありません』

「うわぁ、酷い言われよう……」


 相当信頼されていないのか、それとも、むしろ信頼されているのか……。

 なんかよくわからんが――


『そうですね。マスターですので……仕方ありませんね』


 一応、納得(というか説得放棄?)してくれたようだ。


「悪いとは思ってるんだぜ?」

『でしたら、行動や態度で示していただきたいものです』

「……面目ない」

『それでは、わたくしはひとまず下がりますが、くれぐれも無茶は控えてくださいね……?』

「わかったわかった」


 NPCに呆れられるとか、オレも相当だよな……ホント。


 『アウラ』の消失を見届けたオレはソファに腰掛け……メニューウィンドウで現時刻を確認する。

 先ほど、メッセージを送ったのが5分前。

 反応が返ってくるとすれば、もうそろそろ来てもおかしくないはずなんだが……


「……もしかして、偽者からのガセネタとでも思われてたりとか?」


 まぁ、あんだけ繁殖してたしな……。オレの偽者くんたち……。

 今思い出すだけでも、鳥肌が立ちそうなレベルでドン引きしたわ。


「もしくは、……そういうの関係なしに、もうオレと関わりたくないってだけかもしんないけどさ……」


 なんか、そう思うと……超へこむなぁ……。

 また一緒にやりたい、なんてワガママを言う気はないけどさ。久々に再会したわけだし、ちょっとお話するくらいは……ね?

 ……ダメかな?


 そういや、昨日会ったときも……何も相談せずにやめたこと、かなり怒ってたもんなぁ〜。

 そりゃ、愛想尽かされてもしょうがないか。


「はは……、やっぱ、無理なのかもな……」

「あら。ノワールのくせに、すぐに諦めるなんて……らしくないんじゃないの?」

「……っ!」

「やっぱり……アンタも偽者って訳なのかしら」


 声が聞こえた。

 振り返れば……ソコには――。


「……」

「……ラン、カ」

「久し振り、であってるのかしら? ……ノワール」


 ……ランカが立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ