②一話のつづき4
部屋を出ていくカノンを見送り、また部屋の中には私1人になってしまった。
仕事をする気分でもない。
「……はぁ、さて……。今日はもう落ちてシャワーでも浴びようかしら……」
1日の大半をこの世界で過ごしているので、汗をかいたり汚れたりすることはないのだが……そこはまぁ、レディのたしなみだ。
どれだけ、このゲームにのめり込んでいたとしても、女を捨てる気はない。
「それじゃあ、ログアウ――」
〈新着メッセージを受信しました〉
突然のメッセージに、ログアウトしようとした手を止める。
まぁ、メッセージだけならばログアウトした後でも、同期させた携帯端末で確認することは出来る。
無理にこの場で確認する必要はない、のだが……――。
「……」
メニューウィンドウで時間を確認すれば、たった今日付が変わったと言っても過言ではない。
こんな夜遅くに、メッセージを送り付けてくる奴なんて……公式からのメッセージ以外、思い浮かばない。
イベント攻略に関する内容ならば、確認しない訳にはいかないし、そうでなくとも……重要案件でギルドメンバーからの臨時メッセージの可能性も否めない。
責任ある立場だと、こういう時に『無視する』って選択がとれないのが難点なのよね。……まったく……。
「……ったく、こんな遅くに誰よ? イタズラだったら、一発ぶん殴ってやろうかしら……」
最近こそ減ったが、昔はノワールに成りすましたメッセージが頻繁に届いたものだ。
アレの類いだったら、絶対にブッ飛ばす……。
と、特に期待もせず開いたメッセージに目を通し……私は、言葉を失った。
差出人の名前は、案の定……『ノワール』だった。
だが、ソコに綴られた内容が、私の手を止めるには十分だったのだ。
題名:今から話がある。
本文:家で待つ。出来れば1人で来て欲しい。
簡潔な短文だ。
これまでのように、コチラの気を引こうとする甘言なんかはない。要点を纏めただけの、たったの一文。
そして、場所の指定。
転移門前とか、観光マップとか、街のカフェとか、……そんな回りくどい場所ではなく、『家で待つ』ときた。
私達の『家』といえば、もうあの場所しかない。
要するに、この差出人のノワールは……『零雪の箱庭』のホームで待つ、と言っているのだ。
ギルドのホームならば、ギルドメンバー以外の侵入は不可能……。
「……っ! 待って、待ちなさい。落ち着いて……! ちょっと、落ち着きましょう」
本文はこんなのだけど、コレはただのメッセージに過ぎない。
実際に行ってみたら誰もいないとか、きっとそんな類いのイタズラよ。
こんなのに引っ掛かるのは、それこそバカか無能くらいなものよ。
こんな……あからさまなイタズラに騙される、なんて……。
「この髪形……へ、変じゃ……ないわよね……?」
三年前からあまり弄っていないから、髪は肉体の成長に合わせてだいぶ伸びてしまったけど……一応、衛生面はちゃんと気を付けてるし、モッサリって感じではない、はず。
変では、ない……わよね?
「いや、むしろ問題は服装かしら……。普段から身に付けてるコレもいいとは思うけど、……ちょっと、露出が多すぎるかしら……」
そう思っていくつか手持ちの装備を試してみるが、衝撃的な事に気付いた。
私の持ってるやつって、なんでこんなに布面積が小さいやつばっかりなのよ!?
いやまぁ、理由は『動きやすさ重視』で選んでいたから以外にないんだけど……
「そうよ! 確か社交用のドレスがあったはず……って、ホームに帰るのにわざわざドレス姿に着替えるってのはどうなのよ!」
目に見えてテンパってしまっているのが、自分でもわかる。
もし、イタズラだったとしたら……。そう思う。
でも……
もしも本当に、彼が――ノワールがいたなら……
やはり、考えずにはいられないのだ。
「…………」
ふと、部屋に設えられた姿見に映る自分が目にとまった。
こんな些細な事で取り乱し、身嗜みなんかに四苦八苦している……滑稽な私。
「……ふふ、バカバカしい……」
いくら着飾っても、たぶんアイツは気付きもしないだろう。
それならばむしろ……着飾ったりしない、素の私で行くべきじゃないかしら?
いつも通りの私を見てもらって……あの頃から、こんなに成長したんだぞ、って……見せ付けてやろう。
「あのバカは……なんて言ってくれるのかしら?」
そんな淡い期待を胸に、私はメニューウィンドウの所属ギルドから、『零雪の箱庭』を選択し……
『ホームに帰還する』に、触れた。
◇◇◇
『…………』
「うはぁ……。3年ぶりだけど、ココはまったく変わってねーんだなぁ〜……」
『…………』
「うわ、この置物とか懐けぇ〜。なんかのクエスト報酬だっけ? 見栄え最悪だけど、なんか憎めないんだよな〜コレ。クセになるっつーかさ♪」
『…………』
「ゲームの世界だから汚れてたりとかはしてないけど……、うん。あとで大掃除とかするのもいいかもな〜」
『…………』
「……はぁ。いい加減……機嫌なおしてくれませんかね、『アウラ』さん」
『…………不可能です』
数年ぶりに、ノワールとして訪れた懐かしのホーム。
伝説のギルドと呼ばれた『零雪の箱庭』だが、ギルドのホームは、大手ギルドのような大豪邸や巨大な城なんかとは違い……初心者ギルドでも取得可能な、こじんまりとした一軒家だったりする。
金を積めば、大きく改装することも可能なのだが……どうせ、これ以上メンバーが増える予定もないし、たった8人だけのギルドならばコレで十分なのだ。
といっても、見た目の小ささに反し、建物内は意外と広い。
各人のプライベートルームに、1人一室で合計8部屋。それに加え一階には大き目のリビング。
さらには、風呂とトイレも完備している。
特に目立って高価な家具などはないが、とても気の落ち着く空間だ。……ギルドと言うより、シェアハウスって方がしっくりくる感じ。
ギルドによっては、ホームをただの準備室とか倉庫とか、便利な物置程度にしか使用しないところも多いらしいが……。
このホームは、文字通り『家』みたいなものなのだ。
テレビやゲームもあるし、キッチンや食器も完備している。
さて、そんな思い入れの深い我が家に帰ってきたのには、ちゃんとした理由がある。
『…………』
ソファの隣でジトッとコチラを見つめる『アウラ』さんには、確かに悪いことをした気もする。
まぁ……怒るのも無理はない。
「一応、約束は守っただろ……? 昨日は1日ログインせずに、ちゃんと大人しく療養につとめた。嘘はついてない」
嘘はついてない。
前回のログイン時……生体リンク度をMAXにした状態で、巨大な黒竜からサンドバックにされた事で、多少……現実の肉体に悪影響が出てしまった。
まぁ、悪影響っていっても……意識を失う程の激痛と、けっこうドン引きするくらいの鼻血くらいなもんである。
脳神経への負荷がどうとかと、『アウラ』は心配しているようだが、今すぐ命に関わるってわけじゃないのなら……特に気にする気はない。
『……マスター。わたくしは、怒っています』
「オレは「1日安静にする」って言って、ちゃんと約束は守ったはずだろう? 昨日はログインしてないし」
『日付の更新と同時に始める時点で、非常識だと申しているのです。あと数時間安静にするくらい、我慢できませんか?』
「出来ないな」
『わたくしは、マスターの身体が心配で――』
「そういう心配なら必要ないって。ほら、オレって昔から無駄に丈夫だしさ♪ こう見えて、病院の世話になったことは一度もないんだぜ。これくらいどうってことないさ♪」
『……っ、マスター……!』
「それにもし何かあったら、そん時はそん時だ。……今はそんな『どうでもいい事』よりも、やりたいこと――やらなきゃいけないことが、たくさんあるんだ」
『マスター……! ご自身の身をもっと、労ってください! 無理をしてもし大事になれば、そのやりたいことすら成すことが困難になりかねません』
「心配すんなって、もしなんてありゃしねぇって♪」
『マスター……。……お願いします。お願い、しますから……』
「……っ」
『アウラ』は、本気でオレの事を心配してくれている。
そんなこと……言葉にせずとも十分わかっているつもりだ。
オレだって、自分の大切にしている人が……大事なヒトが、自ら無茶をしようとしていたら迷わず止める。言って聞かぬ相手ならば力ずくにでも、だ。
心も肉体もない機械であるはずの、この少女も……きっとオレと同じことを思ってくれている。
だから、ソレが嬉しくもあり
同時に……苦しくもあった。
「……『アウラ』」
オレは『アウラ』に近付き、右手でその頭を……雑にワシャワシャした。
普段ならば嫌がられるか、不機嫌になるような扱い方だが……、『アウラ』はただ寂しげにオレを見上げるだけだ。
何を考えているのかわからない。
行動が矛盾している。
合理的ではない。
常に最適解を導き出せる人工知能には、オレの行動なんて……そんなものだ。
「悪いな。こんな無能な主で……。お前が呆れるのも無理ねーわ♪」
『……っ』
「でもな……、オレには『今』しかない気がするんだ。大事な事ほど、『今』しなきゃいけない……」
『……マスター』
「ごめん。……こればっかりは、謝るしかない。本当にごめんな」
理解なんて、得られなくていい。
オレのコレは……きっと、『呪い』みたいなものだから……。
いつだって、そうだった。
失ってから、気付いてばかり。
信用も、家族も、アルヴスも……大切だった親友も……。
もう、嫌なんだ。
『遅かった』とか、『間に合わなかった』とか、『ああしていれば』とか……後悔を残して、大事なものを失っていくばかりなんて……絶対に嫌なんだ。
「でも、安心してくれよ。今日は本当に無理をする気はないんだ……。ただ、ずっと待たせてたやつらに……ちゃんと謝っとかないとな、て」
『……、本当ですか?』
「ああ、話だけ。クエストはなし! 話が終わったら、ちゃんとログアウトします」
『……信用できません』
「おいおい……仮にも自分の主だぞ……」
『マスターですので、仕方ありません』
「うわぁ、酷い言われよう……」
相当信頼されていないのか、それとも、むしろ信頼されているのか……。
なんかよくわからんが――
『そうですね。マスターですので……仕方ありませんね』
一応、納得(というか説得放棄?)してくれたようだ。
「悪いとは思ってるんだぜ?」
『でしたら、行動や態度で示していただきたいものです』
「……面目ない」
『それでは、わたくしはひとまず下がりますが、くれぐれも無茶は控えてくださいね……?』
「わかったわかった」
NPCに呆れられるとか、オレも相当だよな……ホント。
『アウラ』の消失を見届けたオレはソファに腰掛け……メニューウィンドウで現時刻を確認する。
先ほど、メッセージを送ったのが5分前。
反応が返ってくるとすれば、もうそろそろ来てもおかしくないはずなんだが……
「……もしかして、偽者からのガセネタとでも思われてたりとか?」
まぁ、あんだけ繁殖してたしな……。オレの偽者くんたち……。
今思い出すだけでも、鳥肌が立ちそうなレベルでドン引きしたわ。
「もしくは、……そういうの関係なしに、もうオレと関わりたくないってだけかもしんないけどさ……」
なんか、そう思うと……超へこむなぁ……。
また一緒にやりたい、なんてワガママを言う気はないけどさ。久々に再会したわけだし、ちょっとお話するくらいは……ね?
……ダメかな?
そういや、昨日会ったときも……何も相談せずにやめたこと、かなり怒ってたもんなぁ〜。
そりゃ、愛想尽かされてもしょうがないか。
「はは……、やっぱ、無理なのかもな……」
「あら。ノワールのくせに、すぐに諦めるなんて……らしくないんじゃないの?」
「……っ!」
「やっぱり……アンタも偽者って訳なのかしら」
声が聞こえた。
振り返れば……ソコには――。
「……」
「……ラン、カ」
「久し振り、であってるのかしら? ……ノワール」
……ランカが立っていた。




