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②一話のつづき3

     ◇◇◇




 人工的な月明かりが窓から射し込む執務室。

 部屋の中心に設えられた応接用のソファに身を投げ出し、昨夜の事を思い出していた。


 彼が、この世界に帰ってきた。

 本人は『偽者』だと名乗っていたし、メニューウィンドウでログイン状況を確認したわけでもない。

 なりすましの『偽者』が多い彼のことだ。


 アレが『本物』であった確証など、どこにもありはしない。


「……はぁ」


 ダメだ。

 昨夜からずっと、その事ばかり考えてる。

 端から見れば、大袈裟過ぎると思われるかもしれない。

 言ってしまえば、『数年前に引退した友人が、また戻ってきた』というだけのことだ。普通なら忘れているようなものだし、覚えていたとしても……少し嬉しい、で終わる話だ。


 だけど……彼が帰ってきた、なんて思った時に胸に芽生えた気持ちは……その程度のものじゃなかった。

 コレはきっと、他の5人も同じだろう。むしろ、あの場にいなかったアイヴィなんかは、特に彼になついていたから……。

 誰かから連絡がいったのなら、その想いは私たち以上だろう。


「あの子……今頃、何をしているのかしら?」


 ふと、アイヴィの事が気になった。

 私を含めた6人とは違い、アイヴィは自身のギルドを造らなかった。

 情報交換などでたまに顔を合わせる5人とは違って、アイヴィと会う機会はほとんどない。

 自由気ままにやっているのだろうとは思うが、もしかしたらまた集まって……昔みたいにやる可能性も……。


「……なんて、今更ね……」


 私も皆も……もう自由の身ではない。

 何十人、何百人ものプレイヤーをまとめあげる、大手ギルドの頭なのだ。身勝手な行動が許されるような身分ではないのである。


「遅いのよ。……ばか」


 自然と言葉が口からもれる。

 勿論ながら、聞いている者などいない。そうでなければ、こんな愚痴を垂れ流すだらしない姿なんて、今のギルドメンバーには見せられない。


 しっかりしないといけない。

 頭では理解している。動揺なんてしている暇はないし、常に『次』を考えて行動しなくてはいけない。

 新イベントの攻略といい、初心者ギルドメンバーの育成といい、やらなければいけないことは山ほどあるのだ。



 ……けど


 どうしても、考えてしまう。


 彼の……『ノワール』の事を……。

 三年前、最後に見たあの時と……全く同じ形をした少年を。


 このゲーム――『Re:GAME〈ゲート〉』は、かなり特殊なゲームだ。

 最初こそ、従来のゲーム同様に使用するアバターをキャラクターメイキングで作成するが……『Re:GAME〈ゲート〉』では、その先がある。


 ログイン時の時間経過によって、使用するプレイヤーアバターが『成長』していくのだ。

 レベルやステータス云々ではなく、見た目に現れる変化。言い方を変えるなら……肉体的変化。

 ゲームの中でも、アバターである肉体が子供から大人へと成長する。もちろん、設定で固定することも可能ではあるのだが……きっと、彼はそうしない。

 そんな変化すら、彼は『楽しむ』はずだから……。


 だから、何も変わっていなかった昨日のノワールは……おそらく……。


「でも、それでも……」


 あの少女……アルヴスに強く執着するあの姿は――。何より、あんなクソイベントすら……笑って楽しむようなバカなんて


 私にはアイツ以外、思い浮かばない。


「ギルドマスター。書類仕事お疲れさまです」


 ふと、巡らせた思考を止める。

 声のした方へと視線を投げると、部屋の入り口付近に1人の女性が立っていた。

 ファンタジーゲーム特有の、布面積の少ないビキニアーマーに1枚羽織った程度の軽装備を纏ったプレイヤー。

 無駄な肉の少ないスリムな女性だからか、鼻につくような下品な色気はなく、本人の生真面目な性格も相まってかキッチリとした印象が強い。

 彼女の名はカノン。ギルドの設立当初から私の右腕として協力してくれる、信頼出来る仲間だ。


 たった今、私の出した依頼を完遂して帰還してきたのだろう。


「カノン、ノック……」

「……っ、申し訳ありません。不注意でした」

「まぁ、私は別に気にしないんだけどね。私とアンタの仲だし……周りも気にしないんじゃない? 昔みたいに馴れ馴れしくても……」

「そういうわけにはいきません。貴女はギルドのトップなのです……。友人である前に私はただの一団員でしかありません。公共の場において上下関係はしっかりしておく必要があります」

「側近のくせに、相変わらず堅っ苦しいわね……」

「側近だからこそ、です」

「そういうのがいつも後ろから見張っていると、ストレスで胃に穴が空きそう。ちょっとはニコニコしてみたら?」

「……ランカ、困らせないでください」

「ふふ、地が出てきたわね。アンタはそれでいいのよ♪ この程度で苦情をあげるバカがいるなら、私の前につれてきなさい。ちゃんと、黙らせてやるから♪」

「恐怖政治は何も生み出しませんよ……」

「コレは『政治』じゃなくて、ただの『ゲーム』よ。それに私は別に暴力で脅すなんて言ってないでしょう?」

「PVPで初心者を完膚なきまでに蹂躙する行為は……暴力ではないと?」

「痛みはないでしょう? ふふ」

「……暴君」

「過去の通り名を引っ張り出さないでくれる? 大体、あの当時は挑んでくる奴を返り討ちにしてただけでしょう。コチラから売ったケンカはなかった筈だけれど?」

「話を戻します。マスターも暇ではないでしょう」

「……誤魔化したわね。まぁ、いいわ……。ソレで、例の件はどうだったの?」


 私がカノンに頼んだ仕事は、大きく分けて2つ。

 まず1つは、イベント開始に伴ったマップの変化。新規受注可能となったクエストの確認。そして、NPC達の動向の観察。

 今回のイベントは、これまでとは明らかに異なる。初心者でも徒党を組めば問題なくクリアすることの出来たこれまでのイベントとは、違いすぎる。

 少なくとも、オープニングからプレイヤー達の心を折りに来るようなことは、これまでになかった。

 間違いなく高難度イベントである。おそらく……かつて『災厄』と呼ばれたイベントと同等なレベルで……。


 だからこそ、イベントに一点集中ではなく、周囲の変化をよく観察するのだ。

 どこにヒントが隠されているのか、けっして見落とさないために。


(本当は自分の目で実際に確認したいところなんだけど、……肩書きのせいで無駄に目立つし、観察どころじゃなくなるのよね……)


 まぁ、コレに関してはまだあまり結果を期待はしていなかった。

 イベントが始まってまだ日にちも経っていないし、大きく目立つ変化があれば、それなりの騒ぎになっていることだろう。


 メインは、もう1つの依頼。


 昨夜現れた『ノワール』に対する周りの反応。それによって起きるであろう、プレイヤー達の変化。

 ようするに……どれだけ『偽者』が増減するか、である。


 正直な話、彼らの存在は……私達6人の中で『ゴミ以下』認定してしまうほどに目障りなのだ。

 本物探しの邪魔でしかないし、むしろ逆鱗に触れられているようなものである。

 ……殺意すらわく。


 なに? 煽ってんの……?

 挑発してんなら、喜んでキルしてあげるわよ♪ ってレベル。


「……ふふ」

「……ランカ、怖いです」

「ごめんなさい、何でもないわ♪」

「……。では、報告ですが――」


 イベント開始による、マップの大きな変化はなし。

 NPCの不自然な増減もなく、既存のキャラの行動にも違和感はなし。


 ここまでは、私の予想通りだ。

 変化を見せるとしても、もう少し時間が経過してからになるだろう。


「新しく追加されたクエストですが、イベントのメインは5つ。各ステージや討伐対象ボスの名前から、確実に昨夜の神獣級モンスターでしょう。……各個撃破とはなるでしょうが、ステージは敵のホーム……前回以上に苦戦を強いられるでしょう」

「そう……。5つって事は、あの黒トカゲ……『ヴァルガレギオス』の討伐もそのクエストの中にはあるのかしら?」


『フェンリル・ガレフ』

『麒麟』

『ネフティス・ノヴァ』

『ガルガンティア』


 あの場にいた私の知る神獣は、この4体。

 まだ成長しきれていない『幼体』の時でさえ、サシではまず勝てない。昨日の一戦でも、足止めを主目的にしていたからこそ善戦と呼べる結果に終わった。

 だが、実際はどうだ? 

 本気で戦ってもダメージを与える事すらかなわず、対するコッチは一撃でもまともに貰えば、致命傷は免れない。


 6人で1匹を叩くとしても……勝てる見込みは、……半々でいいところだろう。



 だが、過去に戦った経験のない……あの黒トカゲは別だ。

 どれだけ思考を巡らせ、様々な戦術を練っても……『まだ』勝てるビジョンが、まったく浮かんでこない。

 未知な部分が多すぎる。


 『彼』なしでは、挑もうとすら思えないほど……、強いと言うことも……。


「そうですね。むしろ、それこそがメインイベントなのでしょう。……コレを……」

「ん?」


 カノンが一枚の紙を取り出した。

 紙面ではなく、浮遊ディスプレイで提示すればいいのに……とはあえて言わない。

 それは、転移門の受付嬢が発行したクエストを印刷したものだ。

 内容は――


 討伐対象、『白き魔女』

 出現モンスター、『ヴァルガレギオス』


「あぁ、要するに……倒すとか無理ってレベルなわけね。……そして、全神獣の『心臓』を護るのに単体で十分ってくらい強いと……」

「……おそらくは」


 もちろん、最終クエスト達成条件が『あの子』の討伐、ってだけで……、彼女を倒す前に『ヴァルガレギオス』を倒す必要があるって可能性もある。

 実際にやってみないことには、このクエストの本質なんてわからないけど……


「難易度『?』なんて初めて見たわね……。これ、バグじゃないの?」

「正規の仕様のようです。ちなみに他の4つは、すべて難易度20。推奨レベルは3000以上、だそうですよ?」

「……どこにいるっていうのよ……そんな廃人プレイヤー」

「『絶対に不可能なクエストなんてない』……とは、ご友人の言葉でしたか?」

「……ふふ、そうね。あのバカなら、コレを見てもきっとまた同じことを言うわよ? 楽しそうに笑って、我先にって……どこまでもまっすぐに、ね」


 そう。

 私の……私たちの惹かれた、あの人ならば……きっと笑う。

 そんな、誰よりもこのゲームを楽しんでいる彼が一緒だったから、私は――


「じゃあ、次はソッチの話にしましょうか」

「……昨夜に現れた『ノワール』に対する反応と変化、でしたね。ちなみに、貴女の見解はどうなのでしょうか? 直接会ってお話しした、と聞きましたが」

「わかるわけないでしょう。話したと言っても一言二言程度よ。その程度で判断出来るなら、あの時点で引き留めて……イベントなんて無視して、真っ先にシバき倒してるわよ♪」

「……な、なるほど」

「それより、成果は?」

「そうですね。……結果だけで言わせていただくならば、『誰も本物だと認識していない』といったところでしょうか。タウンに蔓延る『偽者』も減る気配はありませんし、むしろ昨夜の『ノワール(仮)』に魅せられ、寄せた演技をとる者が増えた、という印象でしょうか?」

「……つまり」

「今、貴女がタウンに行けば、複数人の『ノワール』から「バカ」や「無能」などと、意味もなく罵られることになるかと……ふふ」

「……このゲーム、いい加減『煽ってくるプレイヤー相手なら問答無用で殴ってもいい』ってルールを適用してくれないかしら……」

「まぁ、ならないでしょうね」


 面白くない。

 確かに、タウン内で正式な手順を踏まずに争い事など起こそうものなら、ゲーム側からのペナルティーは免れないだろう。最悪、アカウント停止や強制ログアウト、再登録不可のブラックリストに記名される可能性だってゼロではない。

 むしろ、タウン内での乱闘なんて許可してしまったら、もはや秩序云々なんて話ではないだろう。


「ままならないわね……」

「……仕方ありませんよ。貴女方がチュートリアル後にあんな動画を流したりしなければ、きっとこんな事態にはならなかったでしょう。彼らを生み出す原因となったのは、ほぼ間違いなく貴女方です。自業自得だと言う他ありません」

「……うぅ……」


 カノンの言った通り。

 こんな事態になった原因は、今も使われているであろう、チュートリアル後の動画だ。

 それを作った張本人である私達に、彼等を咎める権利などありはしない。


「仕方ないのよ……。あの頃の私達には、ノワールが必要だった。『彼』でなくてもいいから、私達を引っ張ってくれる『誰か』が必要だったの」

「……」

「でないと、バラバラになるのは目に見えていたもの。……今みたいにね」


 別に誰かと特別仲が悪いというわけではない。

 それどころか、たまには合同でクエストをこなしたり、一対一で飲みにいったりなんかはザラだ。

 だけど……ずっと一緒にいるのは、たぶん無理だ。

 別々の場所にいるから、情報交換や身内の愚痴とか、話題に困らずに済む。だが、話す内容がなくなれば……やはり、『彼』の話題は避けられなくなって……。


 きっと、未練がましくなってしまう。


 きっと、誰かは泣いてしまう。


 きっと、険悪な空気になってしまうだろう。


 だから、たまにしか会わないようにしている。

 互いのキズに、触れてしまわないように……。


「まぁ、わかったわ。こればっかりは……時間が解決してくれるのを待つしかないわけだし、罵られる程度なら我慢するわよ」

「いつになく寛大ですね?」

「一言余計よ……」

「では、報告は以上です」

「ありがとう。有益な情報だったわ。報酬は何が欲しいの?」

「必要ありませんよ……。私は、貴女個人のためではなく、このギルドのために必要な仕事をこなしたに過ぎません」

「ふ〜ん……」

「貴女風に言わせていただくなら、「楽しむために頑張っただけ」です。礼を言われる必要などありませんよ」

「強情ね。誰に似たのかしら……」

「貴女以上に我の強いプレイヤーなど、このギルドには存在しないと思われますが?」

「言ってなさいよ……」

「では下がります」

「おつかれ」


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