②一話のつづき1
人間、慣れないことはするものではない。
その瞬間は上手くいったとしても、その後の後始末や、ソレを見ていた周りの反応、もしくはそれ以上に『周りに与える印象』が大きく変化してしまうことだってある。
それがたとえ『伝説の最強プレイヤー』でなかったとしても、意外性……という一点に関して言えば、オレは十分にやらかしていたのだ。
誰にも出来なさそうなことを、ギリギリで成し遂げた『ノワール』も十分すぎるほど、話題の種たりえるだろうが……。
レベル90クラスのモンスターを、苦戦もせずに易々と倒してしまうレベル一桁のプレイヤー。ジャイアントキリングにしても、端から見れば明らかに異常だ。
だが、実際に目にしてしまえば……それが真実であると、認めざるおえない。
要するに、だ。
ことの異端さに気づきもしない千里はともかく、それなりに経験豊富な蒼馬なんかは……ソッチの方に興味を持ってしまったわけだ。
「ねぇ、煉斗。今日の放課後、時間あるかな? 出来れば少し付き合って欲しいんだけど」
昼休みも終わりに差し掛かった頃、千秋とともに教室に戻ってきたオレに、開口一番でそう告げたのは蒼馬だ。
いつも通りの、優しいイケメンスマイル。
本人は気にしていないのだろうが、なんか……まとう雰囲気から、他とは違うんだよな。
外見からもう上玉中の上玉である上に、性格も柔和で優しく、文武両道で社交性もある。しかも、それらを鼻にかけることもせず常に他者を思いやる優しさとか、つけこむ隙のない強かさとか、……もう色々な部分で完璧超人くんなのだ。
ほんと、友人を名乗るのも烏滸がましく思えて仕方ないわけだが……。ソレを口に出したりしたら、何故か本気で怒るからな、蒼馬。
だからまぁ、今の今まで仲良くさせてもらってるわけだが。
蒼馬の方からオレに用があるとは、珍しい。
「珍しいな。お前の方から誘ってくるとか」
「そうかな?」
「いつもはもっと、付かず離れず……ってくらいじゃないか? たまたま空いてたら遊ぶって感じ」
「はは、そうかもね♪」
「前もってアポとるって事は、それなりに重要な案件だったりするわけか? あ、千秋がらみか? オレからなんとかしろって言いたいなら、たぶん無駄だと思うぞ……」
「違う違う。千秋ちゃんは関係なくて、煉斗に対してボクの個人的な用件さ♪ 少し時間を貰えるとありがたいかなって」
「……まぁ、あまり遅くならない程度なら、普通に大丈夫だが……。……合コンの人数会わせとかならパスだぞ?」
「おいおい……。ボクがそんなことに煉斗を誘うと思うかい?」
「お前って基本的にイエスマンだからな……、周りに何かを吹き込まれたって考えると、何を言い出すかはわからん」
「あはは♪ 煉斗ってば酷いな♪ 安心してよ。たぶん煉斗の得意分野だからさ」
「…………はぁ?」
オレに得意分野なんてあったか?
まぁ、あの蒼馬がそこまで言うなら、オレを貶めるような内容ではないのだろう。
先程も言った通り、放課後はわりと暇だ。
テスト期間も終わり、無理に勉強をする時間を作る必要もなくなったし……特に先約がある訳でもない。
それに、蒼馬には普段からなにかと世話になっている。恩返しってわけでもないが、ここで頼みを断るのもなんか違う気がするし……。
「……わかったよ。放課後な?」
「ありがとう。それじゃあ、ホームルームが終わったら待っててね」
「了解」
というわけで、放課後。
蒼馬に案内されるまま連れてこられた場所は、意外なことに……校内のとある一室。
クラス関連の教室ではなく、科学実験室や音楽室、家庭科室など特殊カリキュラム用の教室が纏まった校舎の一室である。
当然だが、授業以外のタイミングでオレがこの校舎に来たことはない。
てか、来る理由もない。
だからというわけでもないんだが、授業に関係のない教室などは存在すら知らないわけで……。
「……『電脳科学研究部』?」
なんだ?
堅っ苦しい版の『パソコン部』みたいなもんか? いや、『科学部』って線も……。
こんな面白みのかけらも無さそうな部活、ガリ勉くん以外に入りたがる奴がいるのかね?
確かに、勉強は苦手ではないが……そこまで言うほどガリ勉って訳じゃないんだがな……。少なくとも『得意分野』ってわけではない。
コンコン……
「部長、仙道です」
「ハーイ♪ 入ってイーデスよー♪」
部室の中から聞こえてきたのは、少しイントネーションが独特……というか辿々しい、女の子の声。
アニメやゲームなんかの外国人キャラクターが、辿々しくも日本語を話そうとしてる……みたいな?
つーか、蒼馬も「部長」って言ってたが……もしかしてココの部員だったのか?
まぁ、許しも得たことだし、と遠慮なく扉を開くと――
「オッカエリシャッセー♪ ご主人さまぁ♪」
――バタンッ!!
「ごめん、煉斗。5分ほど待っててもらってもいいかな」
「……あ……お、おう」
なんか、いた。
蒼馬が機敏な動きですぐに扉を閉めたので、少ししか見ることが出来なかったが、まぁ衝撃的だったというかなんというか……。
一言で表すなら……ミニスカメイド服を着た金髪外国人美少女。
演劇部以外の部活で、まさかメイド服姿の女を見ることになるとは思わなかった。
たしかに意外性って意味では、かなりの破壊力を秘めていた。
オレを置いて先に中に入った蒼馬。いつも平静でニコニコしている蒼馬からは考えられないほどの動揺っぷりだったようにもみえる。
「アイツでもあんな反応するんだな……」
すこし意外な一面を垣間見た気がする。
「……ちょっと部長。今日は客人を連れてくると前もって連絡していたはずですが」
「ハイ♪ 聞いてマース♪ どうしましたかソーマ? なにやら怒ってる様子デース」
「いえ、怒ってるわけでないんですが……、その格好はどうしたんですか? いきなりメイド服なんて……」
「OH♪ ヒフク部のブッチョーさんから貰いました! お客さんには、オモテナシね♪ ニッポンのデントーデス!」
「それで……メイド、ですか」
「YES♪ ちょっとスカート短いデスが、デザインはプリティね♪ さっすが、アニメ大国ジャパンデース!」
「……左様ですか……。ちなみに、着替えるという選択肢は……?」
「ナッシング♪」
いや、オレが知らなかったってだけで、元から蒼馬はこうだったのかもしれない。
というか……随分と天真爛漫そうな部長さんっぽいが。アレ? つーか、あの金髪少女が部長さんだったのか?
よく知る人物ってわけではないが、あの少女が部長って……言っちゃ悪いが違和感バリバリだった。
「……はぁ、わかりました。でもたぶん……もてなされる方の煉斗は、あまり喜ばないと思いますよ?」
「ノンノンノン♪ ソレを決めるのはソーマじゃないデスよ〜」
「そうですか……」
どうやら話が纏まったらしい。蒼馬が諦めるという形で。
結局、蒼馬から入室を許可された時には、ニコニコした少女と苦笑を浮かべる蒼馬がそこにいた。
やはり外国人なのだろう。
染めたような不自然な金髪ではなく、自然みのある綺麗なブロンドヘアーである。
顔立ちも、日本人とは違った感じだし、可愛らしい外国のお姫様……って感じだ。
身体的特徴をとやかく言うつもりはないが、低身長で微乳のスレンダーボディといいますか……ぶっちゃけ中学生と見分けがつかないくらいのチビだな。
そうか……お前も苦労してるんだな……蒼馬。
「はじめまして♪ ワタシはノエル・フェル・クライノーツでーす♪ 2年生でこの田楽部のブッチョーやってマース! 気軽にノエルって呼んでください♪」
メイド服の金髪少女……ノエルは、メイドがお辞儀するのを真似するようにスカートの裾を持ち上げようと……――
「部長、ストップ! 待とう!」
「見えるから! それ以上たくしあげたら、大事な場所が丸見えだから、ストップだ!!」
したところを、蒼馬とオレのコンビネーションでなんとか阻止することが出来た。
不用心というか、無警戒というか、無防備というか……コレでは蒼馬も気が気ではないだろう。
かくいうオレも、心臓に悪い。
「えっと、御堂 煉斗だ」
「聞いてマース♪ ソーマのお友達デスね」
「はぁ。まぁ、否定はしないが……。てか、田楽部って何だよ……?」
「デンノーカガクケンキュー部って、長いじゃナイデスか! 略して電学部デス♪ そしてワタシは味噌田楽が大好きデース!」
「最後のは意味わからんが、要するに電学部ってのが、略した部の名称ってわけだな……」
「ザッツラーイ♪ それでなのデスが〜――」
ノエルの目が、オレからオレの後ろへと向けられる。いや、正確にはオレと一緒に部屋に入ってきた……人見知り全開な女子生徒が1人。
まぁ、言うまでもなく千秋なのだが……。
「ソチラのガールはどちら様デス?」
「あぁ〜……コイツはオレのツレだ。名前は柊 千秋」
「…………ども」
「ほうほ〜う。2人ともヨロシクデスねー♪」
向こうからすれば、オレが勝手に連れてきたような千秋に対しても、柔和に笑って対応するノエル。
急な客にも眉をしかめたりしないって事は、秘密裏にって案件でもないのだろう。
「……で?」
「ハーイ?」
「コチラとしてはさっさと、ココに呼ばれた理由とやらを聞きたいんだが……」
「OHー♪ ソウでした! レンさんに大事なお話がありマース♪」
「部長。その前にこの部の説明をする方が先なんじゃないかな〜……?」
「セツメー?」
ナイスだ蒼馬。
ハッキリと言おう。話についていけていない、と!
まず状況からして、ちょっとオレの中の常識をぶっ飛ばしちゃっているのだ。
まず、部室内は……すっからかん。何もない! PC機材どころか、机や椅子すらもない! 殺風景どころの話ではない!
そしてさらに、そこにはノエルと蒼馬以外の部員が1人もいなかった。
部を名乗るならば、最低でも5人以上の部員が必要な筈だ。
これから発足する?
いやいや、流石にそれはありえないわ……。
というわけで、普通に混乱している状況に加え……
メイド服の同学年生が「ワタシ部長!」である。
無理だろ。納得とか……。
「ほらほら、煉斗ってばかなり警戒してますよ!」
「フムフム〜。ソーマから前もってしてないデスか〜?」
「してませんよ。先に説明なんてしたら、ここまで着いてきてくれたかも怪しいからね……」
「……おい」
「まぁまぁ、警戒しないでくれよ♪ さっきも言ったように煉斗の得意分野だし、嫌なら無理にさせるつもりもない」
「…………」
「これ以上、警戒されても面倒だし……ボクから説明させて貰うよ」
そう言って咳払いを1つ。
「まず、最初にこの『電脳科学研究部』の主な活動内容なんだけど、……簡単に言っちゃえば『コレ』だね♪」
蒼馬が自身の通学カバンから取り出したソレは、携帯端末にも似た……手のひらサイズの電子機器。
オレ自身、実際に見たのは初めてだが……間違いなくソレだろう。
「……WDL?」
「そう」
首肯する蒼馬はなれた手つきでソレを操作して見せる。
第三世代の最新機種だ。
確かにこれだけコンパクトならば、オレの骨董品よりも遥かに持ち運びが楽そうだ。
まぁ、だからといって羨ましいかと言われるとそうでもないんだが……。
「要するに、名前こそこんな堅苦しいものだけど、フタを開ければただのゲーム部ってところなんだよね。そしてとりわけ、この部活の主流がこのWDLってわけ」
「電脳科学……、ゲームって……」
「煉斗が呆れるのも無理はないかもしれないけど、コレの利便性は……昨日、煉斗自身が語っていたじゃないか?」
「……あぁ〜、まぁ」
たしかにそうだ。
コミュニケーションツールや自動翻訳機能、他にも様々な機能が日々増加しているWDL。
「ただのゲームだ」などとバカにしていいものでは、もはやない。
「それに、このてのゲームは全国で大会なども行われていて、世界規模で大きく認証されている一種のスポーツとも呼ばれているじゃないか」
「……ふむ」
「だから、この学園にもそういう部活があってもおかしくないと♪ 煉斗は知らないかもしれないけど、ウチの学園って……このての界隈ではけっこう有名なんだよ?」
「は、はぁ……?」
「WDLにも色んなソフトが出てきているけど、やっぱり大きなタイトルと言えば『Re:GAME〈ゲート〉』が頭1つ出ちゃってるし……。プレイヤー同時のバトルも中々白熱しててね。各国で世界大会が開かれてるレベルだ♪ そういう選手の育成も、ウチの活動の1つだ。上位に食い込めば賞金も出るしね♪」
「……なるほど」
オレの知らない間に、そこまで大きな変化を遂げていた……ってわけか。
PVP(プレイヤーVSプレイヤー)の世界大会、ねぇ……。
「もちろん、本来の目的であるシナリオ攻略や、時期イベント時の協力プレイなんかもしてるし。なんて言うか……そう、この部が1つのギルドみたいなものだって思ってくれていい♪ 現実の友達と協力してゲームを攻略するとか、ゲームの協力プレイをキッカケにして現実でも仲良くなるとか……そういうのを支援する部活だと思ってほしい♪」
「……ふむ」
「それで、煉斗を呼んだのは……言わなくてもわかっちゃうよね? ははは……」
「要するに、オレにも入部しろと?」
「……あれだけの実力があるなら、部の代表選手枠にも十分だし……むしろ、コチラからお願いしたいくらいだよ」
蒼馬の言葉は達者だ。
言いたいこと、伝えるべき言葉をちゃんと理解しやすく、オレに告げる。
まぁ、わかりやすく言うなら
昨日オレと一緒に、『Re:GAME〈ゲート〉』をプレイした蒼馬がオレの実力を知り、部長に相談して新たな部員に推薦……と。
多少のブランクがあるとはいえ、あれだけの実力を秘めているのなら問題ない……ね。
だが、蒼馬の気まずげな反応からして……最初から、オレの出す答えなんてわかっていたのだろう。
ようするに、オレを部に勧誘しようとした『主犯』は……ノエルってことか。
「話は大体わかった」
受けるかどうかは別として、ちゃんと理解はしたつもりだ。
「さっすがソーマデース。セツメーありがとうございマース♪ さてさて! そーとわかれば、やることは1つデスね〜?」




