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五話のつづき5




 朝にあんな嬉しいハプニング(?)があったとはいえ、オレの生活サイクルが変わるわけもなく、いつも通り遅刻しない程度に学校へ登校する。

 そう、いつも通り。


「なぁ、昨日のアレ見たかよ!?」

「アレか? 昨晩のイベントのやつ」

「そうそう! アレってやっぱり本物なのかね?」

「いや……、どうかな〜。掲示板でも審議があったっぽいけど、本物をモチーフにしたNPC案が濃厚っぽいぜ?」

「あ〜たしかに、ノワールと因縁のあるキャラがイベントボスって時点で、出来すぎてるもんな〜」

「だいたいあの戦闘自体、まず無理ゲーだろ? 初見の神獣級モンスター相手に、一撃でもまともにくらったら即死ってあり得ねぇって! ソレをやりとげるとか、アレがプレイヤーなら神だって! またはチーターだな」

「あり得る! ガードモーションが全部ジャストガード判定になる不正ツールとかな♪」

「それな!」


 ……うん、いつも通り……。


「昨日のノワールさま見た!? チョーヤバくない!」

「見た見た! 戦闘は作り物っぽかったけど、あの恋愛ドラマみたいな演技はカッコよかったよね〜♪」

「中の人は俳優さんかな?」

「絶対そうだって♪ ゲーム世界でドラマ撮影とか斬新よね!」


 …………うん。

 わかってた。

 わかってたよ?

 どうせ、創作物の中でどんだけ頑張っても、不正や演出だと思われて終わり、ってパターンだろ?

 最初から期待なんてしてない。

 誹謗中傷どんと来いだ!

 泣かない! オレ、泣かないから!


 ……と、校門付近に差し掛かった所で、千秋がなにやら物言いたげな目で壁に背を預け、オレの方を見ていた。

 わざわざ、オレが来るのを待ってたのだろう。

 まぁ、『ザ・人見知り』である千秋が、始業までの時間を1人で教室待機するなど不可能である……ってのもあるのだろうが、それだけじゃないのも確かだ。

 現に、オレを見付けたはずの千秋は騒ぐでも突進してくるでもなく、ジトッとオレを無言で見つめているだけ。

 ちゃんと説明しろよ? って雰囲気がヒシヒシと伝わってくる。


「よう」

「……ん」

「わざわざこんな場所で待ってなくてもよかったんじゃないか? 不自然だぞ」

「別にアタシの勝手じゃん」

「……まぁ、そうだな」

「…………大丈夫なの?」

「何が?」

「いやだって、昨日……あんな終わり方だったし、あの後連絡しても無反応だったし! メッセージ送っても既読すらつかないじゃん! ……そりゃ、心配くらい……するじゃん」


 言われて携帯端末を確認すると、確かに未読メッセージがいくつか残っていた。

 それだけじゃなく、着信まで数件。

 まぁ、こんだけ連絡して無反応なら、そりゃあ心配もするわ。


「悪い……。あのまま朝まで寝ちまってて、気付いてなかったわ。マジスマン、はは」

「まぁ、別に……元気そうだからいいんだけどさ。そんなことより!」


 ここからが本題だと言わんばかりに身を乗り出す千秋。


「やっぱり、アレ……レンレンなんだよね?」

「…………まぁ」

「ってことは、レンレンが……本物って、本物の『あの人』ってことなんだよね!? あの……伝説の……」

「……ぁ〜……ソレ、やめてくれないか? 確かに、昨日のアレはオレだが、お前らの言う『伝説の〜』って言うのとは、恐らく違う」

「いや、違わないじゃん! 数年前は第一線で戦ってた英雄なんでしょ!? しかも、その中でも最強の――」

「違う」


 オレは千秋の言葉を遮ってでも「違う」と言い放つ。

 確かに数年前、オレはあの6人+もう1人の合計8人パーティで、数年間『Re:GAME〈ゲート〉』をプレイしていた。

 周りのプレイヤーに比べれば、オレ達のシナリオ攻略スピードは遥かに早かった事だろう。アバターレベルもソレにみあった高レベルだった。


 …………だから?


 言ってしまえば、オレ達なんてその程度だ。

『誰でも出来ることをやった』

 それだけだ。


 『伝説』だの『英雄』だのと呼ばれる筋合いは全くない。


 だから、少なくともオレは……

 誰かの語る『伝説の英雄』なんかではない。


「……でも」

「なら逆に聞くが、お前らの語る『伝説のプレイヤー』とやらは、あんなトカゲ一匹から一方的にタコ殴りされるような雑魚野郎なわけ? ボコボコに殴られてヘラヘラしてるような凡平以下なのか?」

「違う。『ノワール』は……アタシの憧れたあの人は、そんなんじゃない! いくらレンレンでも、言っていいことと悪い事があるよ! あの人は、弱くなんてないもん!!」

「まるで実際に見てきたみたいな言いぐさだな……」

「レンレンは知らないかもだけど、あの人には確かに『伝説』があるんだよ! 『ノワール』を最強たらしめた『災厄のイベント』が!」

「……イベント……って、もしかして……」

「そう、いまだにアレを越える難度のイベントはないって言われてるほどの、激ムズイベント『冥王と英雄の神託』」

「……うぁあ……アレか〜」


 確かにあった。

 イベントの詳細はあまり覚えてないが、確かに覚えている事もある。

 あのイベントは……どんな時もエンジョイ勢を貫いてきたオレにしては珍しく、『やらかしてしまった』イベントなのだ。

 今、思い出すだけでも……悶絶して転げ回りたくなるくらいの黒歴史である。


「あの時の『ノワール』さまは――」

「ちょ、待った! その話題はマジで勘弁してくれ! ほんとに思い出したくないんだよ……」

「は? なんかあったの?」

「黒歴史だ。思い出すだけで死にたくなるレベル」


 あの時は……本当に、タイミングが悪かったのだ。

 ゲームバランスとか、イベントのシナリオとか、全部を台無しにした……しかも、ゲームなのに『楽しむこともなく』無理矢理……。

 あの時のオレは、ゲーマーではなかった。


 あの光景が全世界に流されていたと思うと……今でもゾッとする。


「レンレン? おーい、レンレーン……。レンレンさんやーい」

「あー、アレが原因か! アレのせいでなんか変な噂が一人歩きして、いつの間にかこんな大惨事になったわけか! いやでも、アイツらもちょっとはフォローを入れてくれるなりしてくれても……、いや、フォローした結果こうなった訳か!? ……うーわ、一気にやる気が失せていくわ〜。マジでクソゲーだクソゲー……」

「ちょ〜いちょいちょいちょい。レンレンってば何故に1人でガンガン落ち込んじゃってんのさ? もう言わないから戻ってこーい」

「……あぁ、すまん」

「つまり、レンレンは伝説の『ノワール』さまではないと?」

「あぁ、オレは伝説のプレイヤーなんかじゃない。ただの冒険者Aってやつだ。他の奴等とおんなじだって」

「……むぅ」

「信じろとは言わねえが、事実は事実だ」

「でも『ノワール』を悪く言ったのは許せん!」

「はっ! 途中でゲームから逃げ出した弱虫野郎だろ? あんなののドコにそんな憧れるような要素があるんだか……」

「レンレン!」

「……んだよ」

「その言葉は撤回を要求します! レンレンがどう思ってようとどうでもいいけど、……ソレを目標に頑張ってたプレイヤーだって少なくないんだし」

「うわ、目標ちっさ」

「レンレーン!」

「あぁ〜はいはい、悪かった。悪かったって……。偽者のオレがとやかく言うことじゃなかった」

「じゃあはい、撤回と謝罪」

「のわーるさまかっこい〜、すてき〜、けっこんしてほし〜…………おぇ」

「心こもってない上に、最後のなんだよ「おぇ」ってオイ!」

「はいはい、わかったわかった」


 これ以上、無駄に押し問答を続けても意味がないだろう。

 それに、そうこう言い合いしてる内に気付けば予鐘間近の遅刻ギリギリである。

 校門前で言い合いしてて遅刻しましたとか、笑い話も良いところだ。残念ながら、そんな生き恥をさらす気はさらさらない。


 というわけで、話を無理矢理切り上げ、オレは校門を潜る。


「ちょ、無視すんなよー」


 無視なんて人聞きが悪い。


「別に無視なんてしてないだろうが」


 数歩歩み、振り返って告げる。


「ほら、話なら歩きながらでも出来るだろ? 突っ立ってないでさっさと来いよ」

「なっ! もー、レンレンー」

「置いてくぞ〜」

「待ってよもー……にひひ」

「……なんだよ、いきなり笑って」

「いやいや、やっぱレンレンはレンレンなんだな〜ってね♪」

「なんだそりゃ……」

「だってさー、この2年くらいずっとレンレンとマブダチ続けてきたけど、一回だって……レンレンが『ノワール』だ〜、なんて話にはならなかった訳じゃん? ……正直さ、昨日までは……レンレンにその事隠されてたの、ちょっとショックでさ……。いつも、アタシの事……かげで笑ってたのかな、とかさ。……仲良いのはフリだけで、アタシの事『滑稽な初心者』みたいに見てたのかな……てね」

「うわ、感じわる! 誰だよそのクソ野郎」

「お前だよばーか♪」

「ないない。嘲笑うなんて余裕あるわけないだろうが」

「……なんでさ」

「お前の報告聞くたびに、……オレはまたやりたくなってウズウズしてたんだぞ? むしろ、自由に楽しそうにやってるお前が羨ましくて、……だからもっと楽しんで欲しくて、助力してたんだろうが。もしかして逆効果だったか?」

「……。……えへへ〜♪ やっぱレンレンだ♪」

「……は?」

「なんでもなーい♪ ほらほら、今日も憂鬱な学校だ! さっさと行こう♪」

「……、……はいはい」



 そう

 オレの日常は変わらない。


 たとえまた、ゲームを再開したとしても……。

 この日常は、きっと変わらない。


 学校に行けば、イケメンな蒼馬がオレに合わせてくれて。

 自称で友人を名乗る千里が話しかけてきたり、風紀委員長である瑠菜の手伝いをしたり。

 そんでやっぱり、自称ボッチな千秋は無駄にオレにベッタリで。


 そして家に帰れば、歌穂さんと美緒さん……優しい2人がいて。


 そんな日常だ。


 なにも変わらないし、変えさせはしない。


 大丈夫。

 今度こそ、上手くやる。



 今度こそ……もう失わない。


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