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五話のつづき4


     ◇◇◇




 再び目を開いた時

 サングラス越しに、閉め忘れていたカーテンから射し込んだ朝日の眩しさを感じ、少し目を細める。

 照明を消し忘れた。

 ベッドではなく床で寝てしまった。

 体のあちこちが痛い。

 ほんの少し寒気がする。


 やってしまった……という後悔はいくらでも沸々とわき上がるが、ソレに構っていられる心の余裕がない。


「……うわっ……鼻血出てるし……」


 妙に頭が痛いわけだ。

 ログアウト時にどこかに頭をぶつけたか……、あるいは、あの戦闘の反動か……。

 あんなに無茶した戦闘は初めてだ。

 体感シンクロ率MAXで、巨大なドラゴンから一方的にタコ殴りにされたんだぜ? 怪我こそないが、筋肉痛にも似た激痛が全身に残ってる……気がする。


「……はは、やべぇ」


 まだ余韻が残ってる。

 今は、痛みよりも、後悔よりも……、ただ、アイツと……アルヴスと話が出来たことが嬉しくて……。

 また会えたことが、嬉しくて……。


「夢じゃ、ないんだよな……?」

『イエス。昨夜の戦闘は記録に保存しています。視点はわたくしのものとなりますが、視聴されますか?』

「アウラか……。いや、今はいい。時間は?」

『現在は同日の午前5時27分です』


 これまた随分と、早起きしてしまったみたいだ。

 2日連続で5時半起床とか、オレはどこの健康優良児だ?


『二度寝してはいかがですか? 7時になりましたら起こします。……昨夜の戦闘での疲労……まだとれていないでしょう?』

「アウラくん。それは非常に魅力的な提案だ。疲労感半端ないわ……」

『では』

「だが、断る! この御堂 煉斗が最も好きな……って冗談はさておき、二度寝はなしだ。つか無理。全身痛すぎて眠れる気がしない」

『そうですか……』

「心配すんなって、今日1日はちゃんと療養に回す。まぁ、学校には行くが……なるべく無理しないようにするから」

『……、……本当に、大丈夫ですか?』

「あぁ、問題ない」


 上体を起こす。

 鼻血は結構な量出てたみたいで、シャツの襟もとまで真っ赤に染まってカピカピになっていた。ちょっとどころかかなり引くレベル……。

 幸い、フローリングまで汚すことはなかったみたいだが……このシャツはもう使えないな。


「……まぁ、別に気に入ってたシャツって訳でもねぇし、コレは捨てるとして。……シャワーくらいは浴びないとな。つか、2人ともまだ寝てる、よな?」


 さすがに、こんな血まみれな状態で鉢合わせなんてしてしまったら、心配をかけてしまうし……、朝っぱらから病院直行ってのは勘弁願いたい。

 WDL端末を取り外し、適当にシャツやら下着やらと制服を抱え自室を出ようとドアノブを握ったオレは……その状態で止まってしまう。


 シャツは、脱いでから出た方がいいかな?


 一応、顔から首にかけての血痕は綺麗にしたが、シャツはどうにもならなかったし……

 万が一もあるかもしれない。


『マスター、そのお姿のままでは同居人の方々に無駄な誤解を与える可能性が高いかと。上着はこの場で脱衣し処分することをオススメします』


 机の上に放置した携帯端末の『アウラ』さんもこう言っていることだし、脱いでから出るか。

 つーわけで、脱衣完了。


 ――カシャッ


 ……ん?

 んん〜?

 今、「カシャッ」ってならなかった? なんつーか、何かが動いた音ってよりは……電子機器で写真を撮ったり、携帯ゲームでスクリーンショットを撮ったような……アレ。

 と言っても、この部屋にカメラなんてないし、カーテンも閉めたから外からの盗撮もありえない。他に、カメラ機能のある機器といえば……携帯端末、PC、WDLのグラサン…………。


「……『アウラ』さん?」

『なんでしょうか?』

「いや、今……変な音しなかった? ほら、「カシャッ」って……」

『なんのことでしょうか?』

「あれ、オレの聞き間違えかなぁ?」

『わたくしは存じ上げません』

「……そ、そうか」


 あれ?

 オレの空耳か?


『マスター、お手数ですがあと二歩右へ動いて頂いてもよろしいでしょうか?』

「……」

『それと少々、大胸筋と大腿二頭筋に意識して力を入れていただけると』

「……『アウラ』さんや」

『あぁ! 振り返り姿も大変味わい深い構図となっております。そのまま、腰の捻りを控えめに腹筋と背筋の力み加減を適度に――』

「盗撮は立派な犯罪だぞ……おい」

『問題ありません』

「どこがっ!?」

『現在撮影中の画像はすべて、自動でマスターのPCに保存されます。コピーも譲渡も転売も致しません。第3者から見れば、コレはただの『他観的自撮り』というものです』

「……お前なぁ……。その画像、後で消すからな」

『保存フォルダにロックをかけておきましょう。暗証番号は32桁の英数字ランダムです』

「…………お前、マジで壊れてるんじゃねえだろうな……」


 まぁ、ネット上に拡散される訳でもないし……ココはオレが折れるべきなのかね……?

 もう一々目くじらを立てるのもアホらしくなってきたんだけど。


「……ったく、悪用はすんなよ」

『……! ……よろしいのですか?』

「見るのがお前だけってんなら、別に恥ずかしくもねぇし。家族に裸を見られて恥ずかしがるほど繊細じゃねぇんだよ」

『…………そうですか』

「じゃあ、オレはシャワー浴びてくるけど、大人しくしてろよ?」


 無いとは思うが、歌穂さん達に『アウラ』の存在がバレる可能性もある。

 隠し続けるつもりはないが、まだ紹介するタイミングではない。


『…………家族、ふふふ……家族……ですか……ふふ』

「……?」


 聞き取れなかったが、なんかブツブツ言ってる。

 これは……無視でいいか。


 そのまま着替えを持って自室を出た。


「あっ、おはよー♪ 煉斗、く……ん……っ」

「えっ?」


 自室の扉を開けると……美緒さんが立っていた。

 その目は、オレの体を見たかと思えば気まずげに明後日の方へと向く。

 顔がほんのりと赤くなっている。


 そりゃあ、朝っぱらから男の半裸なんて見せられたら気まずくもなるだろう。

 だが安心してほしい。

 たぶん、オレの方が真っ赤になってる気がする。……何に安心しろというのか……。

 あぁダメだ。思考が纏まらない。パニクってるわ。


「……えっと……今日はいつもより早起きなんだね! また昨日みたいにランニングに出掛けるのかな……?」

「あっ……いえ、えっと今日はたまたま目が冴えちゃいまして、寝汗が酷かったんでシャワーでも……と思い、……その……」

「そ、そっか! そうだよね、シャワーに行くなら洋服脱がないとだもんね! うん、その……おかしくない。変じゃない……のかな」

「すいません! 普通におかしいです! こんな格好で家の中を彷徨(うろつ)くとか正気の沙汰じゃないです! ただその……色々ありまして……本当に申し訳ないんですけど」

「そうだよね、汗でベタベタするシャツをいつまでも着てたくないよね♪ 私、な、なんにも見てないから気にしないで!」

「ほんと……すいません」


 なんか、やってはいけないことをしているような罪悪感が……。

 美緒さんも恥ずかしさからか目を合わせてくれないし、超気まずい。


「あ、あのね……」

「……は、はいっ」

「その……私は平気だよ! 平気……なんだけど、その……、お母さんもいるしあまり、その……そんな格好で歩いてると……その、ね?」

「……本当に……本当に、申し訳ありませんっ!!」


 もう土下座したいくらいだ。

 でも、今の状況的に……可愛らしいパジャマ姿の美緒さんに、半裸で土下座するオレ……って、絵面がもうアウトだ。

 そういう行為の最中に、妻に見つかった浮気現場のクソ夫みたいな……。


 だから、土下座は我慢しろ、オレ。


「私はホントに気にしてないからね! そういう格好するってことは、この家での生活にも慣れてきたってことだろうし! リラックス出来てるなら喜ばしいことだと思うの♪」

「いやでも、早朝からこんなだらしない体見せられて、いい気はしないでしょ……。ホント、すいません」

「だらしなくなんてないよ! ふ、腹筋も割れてるし……男性らしい引き締まった体……だと、思うよ……あぅ」


 真面目な美緒さのことだ。話す時は相手の目をちゃんと見て話そうとしてくれているのだろうが、そのたびにオレの体が視界に入ってしまい、顔を赤くして視線をそらしてしまう。

 でも、やっぱり気になってはいるようで……チラチラと見てはいる。


 さてと

 どうやって切り抜けようか……?

 いやまぁ、わかってるよ?

 「それでは……」とか言って逃げるように浴室へ直行すれば、この場だけは収束するだろう。

 でも後々気まずくなっちゃいそうじゃないか? 目を合わせる度に、コレを思い出して美緒さんに避けられるとか……しんど過ぎる!

 ……かと言って、理想的な解決案が思い付いている訳もなく。



「……」

「…………あ……ぅ」


 気まずい!

 つか、今の状況って普通に「セクハラ」ってやつに該当されるんじゃ……。大丈夫? 大丈夫だよね!?


「あの、あのね……ちょっとだけ、ちょっとだけだよ! ちょっとだけ……触ってみても、いい?」

「……ふぇ? さ、触る、ですか!?」

「…………ん。あっ、無理しないで嫌なら言ってね! 煉斗くんがよければでいいから!」

「……は、はあ……。別に減るもんでもありませんし、触るくらいなら全然大丈夫ですけど……」

「ほ、ほんと!?」

「……はい」


 ん〜……?

 これは、どういう展開だ?

 触る? 美緒さんが? オレなんかのみすぼらしい体を!? 今!? ナウですかっ!?

 つーか、美緒さんからの滅多にないお願いに、つい反射的に了承しちまった! どうしよう! 腹筋くらいしとけばよかったか!?


「じゃあ……さ、触るね?」

「あ、はい!」


 なんてこった……。

 心臓がバクバクいって破裂しそうだ。

 堪えきれず目を瞑ってしまう。


 ピト……


 ビクッ!!


 右鎖骨の下辺りに、美緒さんのヒンヤリとした指が触れる。


「……わぁ」


 ちょんちょん


「わ、わぁ〜……」


 スリスリ


「……男の子って、こんななんだ〜」


 腕、胸、腹筋……と、何かを確認するように触れられる。その度にビクビク反応してしまって恥ずかしい上……なんか気が気でない。触れられた部分が妙に熱く感じる。

 精々20秒程度だが、美緒さんも満足したのか、離れた手に安堵したのも束の間――


「えいっ♪」


 ツー……


「うひゃあっ!!!」


 完全に油断していた背中に、指で背骨をなぞられるような思いもよらぬ追撃を受け、変な奇声が漏れてしまった。

 美緒さん、いつの間に背後に!?


「あ、お母さん!」

「えっ、歌穂さん!?」

「2人ともおはようございます♪ こんな朝早くから楽しそうなことしてらっしゃるようで、お母さんも交ぜてください♪」


 おぅふ……

 まさかの、親子からのダブルコンボだったわけか。一瞬、美緒さんが背後に瞬間移動したのかと思ったぜ。

 ……と言うどうでもいい冗談は置いておいて、まさかとは思いますが……まだ続くの?


 ……サワサワ


「あらあら……」


 ふにふに……


「……これは、なかなか……ふふ」


 なんか、スッゲェ背筋や腰付近をまさぐられてるっ!?


「ちょっと、お母さん! 煉斗くん困ってるでしょー!」

「あら、美緒だって触らせて貰っていたじゃない♪ お母さんだけ仲間外れは寂しいわ〜」

「わ、私はちゃんと「触っていーい?」って聞いて許可を貰ったから、いいんだもん」

「煉斗さん、私に触れられるのは……ご迷惑でしょうか?」


 うあ……

 あの歌穂さんからの上目使いで見上げられてしまった。

 断る? いやいやいやいや、不可能だろ!


 普段から気を使われてばかりで、こんなワガママみたいな頼み事をしてくる事なんて滅多にないお2人ですよ?

 しかも、甘える仕種が……凶悪だ。

 例えるなら、女神と天使である。……そんなお2人からの滅多にない「お願い」だぞ? 断るとか不可能だろ。つか、断る理由が皆無だろ!


「め、滅相もありません。別に触るくらいでしたらいくら構いませんよ。さっきも言いましたが減るもんでもありませんし♪ あ、でも……寝起きなんで汗臭いかもしれませんけど」

「……くんくん」

「っ! あの、進んで嗅がれると……恥ずかしいんですが」

「うふふ、全然臭くなんてありませんよ♪ むしろ……」


 突然、歌穂さんの手がスルリとオレの腰辺りを抱き締める。するとまぁ必然的に密着度も増し、たわわな2つの膨らみがふにゅりと背中に押し付けられるわけで……。

 それだけでも目茶苦茶ドキドキしてしまったわけだが、そんな緊張でガチガチに固まったオレに追い撃ちをかけるように……耳元に息を吹き掛けられた。


 ビクゥウウッ!!


 だが! オレは耐えた!

 膝から崩れ落ちそうになったが、オレは耐えたぞ! だから落ち着け心拍数!! 平常心だ。全力で平静を取り繕え!


「……男性らしい、素敵な香りだと思いますわ。……うふふ」


 あ、やめて!

 耳元で囁きかけないで!

 湯葉より脆いオレの仮面が剥がれちゃいますから!


「は、ははは……でしたら、よかったです」


 何がよかったというのだろうか……

 外面ではなんとか平静を装っているが、内心は大パニックだ。理性とか普通にどうにかなりそうなレベルである。

 そんなオレに救いの手が――


「もぉ、お母さん! 触るだけなら、そんなベッタリくっつく必要はないでしょー! 煉斗くん困ってるじゃない」


 オレ、変な顔でもしていたのだろうか?

 心配した美緒さんが、オレの腕を抱き締めて引っ張る。


 ……ふにゅん。


(ほぅわぁっ!?)


 思考が奇声をあげた。

 口からは出なかったが、奇声くらい出てしまうだろう!

 少なくともオレの主観では絶世の美女&美少女であるお2人が、不可抗力とはいえ……こんなに近くでオレにくっついて……。


 なぁ、理性よ……。

 もっと言えば、オレの中の『比較的マトモなオレ』よ……。


 なぜ、堪えなければなならないのだ?

 むしろ……ここまでされて無関心ってのは、逆にお2人に対して失礼なんじゃないのか?


 いや、わかっている。

 これはアプローチとか誘惑とかではない。お2人なりのちょっとしたスキンシップなのだ。

 家族だからこそ許されるスキンシップ! 下心なんて、あるわけがない!!

 ……けど、けどさ! だけどさっ!?

 オレだって男な訳でさ……。どうしても、2人に異性を意識してしまうわけでさ!


「あら、美緒だってそんなにくっついちゃって……。煉斗さんが困っちゃってるじゃない」


 むにゅむにゅ


「それはお母さんもでしょー! あまり煉斗くんを困らせないの! ごめんね、煉斗くん」


 ふにゅん


「美緒が放したら、お母さんも放す気になるかもしれないわね〜」

「もぉー。そんなこと言って、どうせ放さずに煉斗くんを困らせようとする気なんでしょ〜!」

「困らせるなんて人聞きの悪い……。私はただ、普段から助けていただいてる事に対するお礼の気持ちを、体で証明してるだけじゃない♪ ありがとうのハグです♪」

「そ、それなら私だっていっぱい助けてもらってるもん。この前だって、知らない男の人達から私を庇ってくれたし」

「じゃあ、美緒もお礼しないとね♪」

「……うん」


 ぎゅぎゅー


 あぁ……コレ、オレ死ぬな……。

 今日か明日辺りに、刺されて殺されるわ。


 なんなんだよ、この幸せ空間!

 心拍数とか下心とか、もうそういうの関係なく、ただただ幸せだよ!

 悟りとか、もうそういう域だよ!

 少なくとも、嬉しさが限界突破でぶっちぎってしまったおかげで、性欲とかどうでもよくなったわ!


 ……けど、ずっとこのままって訳にもいかない。

 大変、名残惜しい気もするが……ホントマジで……。

 このままでは、オレはたぶんダメ人間になりそうな気がする。


 それに、昨夜のことも整理する必要がある。

 これから何をするべきか、情報を整理して冷静に計画を練る必要が――


「細身ですのに、筋肉はしっかりついているんですのね♪」

「わわ、ホントだー。腹筋とか固ーい♪ ちょんちょん♪」

「あ……あの、もうそろそろ……」

「あっ、そうだよね! 煉斗くん、シャワー浴びようとしてたんだよね……。ごめんね、引き止めちゃって」

「あらあら、でしたら私がお背中をお流しして――」

「お母さん! 変なこと言わないの!」

「冗談よ♪」

「もぉー」

「はは、あはは……」


 乾いた笑いしか出ない。

 期待なんてしてないから!


 というわけで、ふにふに天国とも生殺し地獄とも言える数分からやっと解放されたオレは、一直線に風呂場へと向かった。

 これ以上、醜態をさらすわけにはいかない……。




     ◇◇◇


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