五話のつづき1
「おいおい……たった1分程度で、あのデカブツトカゲを仕留めろってか?」
『違うよ。別に倒す必要はない。カウントが終わるまで生き延びればいい』
「なんだ……1分間逃げればいいだけか」
『いや、1分じゃ――』
「戦闘の邪魔だから話しかけんな!」
『……ちゃんと最後まで人の話を聞きなよ……』
ナビゲーターの声なんて無視だ。
天高く咆哮をあげていた黒竜が、ついに行動を開始したのである。他に気を向ける余裕なんてない。
まずは挨拶代わりと言わんばかりの、右腕での物理攻撃。
『麒麟』ほどのスピードは無いものの、強靭な鱗に覆われた巨大な腕が力任せに降り下ろされる。
単純な質量的な破壊力だけでも……もはや計り知れない。
オレは足腰を屈め、万全の体制で両腕を用いたジャストガードを試みるも……
アッサリと吹っ飛ばされた。
大型トラックのアクセル全開な衝突でも、まだ生温いと感じるほどの衝撃に横殴りにされ、オレの体は宙を舞う。
どこまで飛ばされるか……なんて思う間もなく、サークルの外枠に叩き付けられた。
透明な壁、といえば聞こえはいいが、どれだけの力で殴っても変形1つしない上、衝突時の衝撃吸収すらしてくれない無機質な壁は、もはや一種の凶器だ。
鋼鉄製の方がまだマシ。
(……ヤバい。……一撃で、既に死にそう……)
現に、一瞬意識が飛んだ。
走馬灯こそ見えなかったものの、全身を駆け巡る激痛はシャレにならない。
「……HPは……っ」
一目盛りも減っていない。
……よし。
これなら、まだやれる。
脚は震えてるし、全身は痛い。
あぁクソ。こんなことになるなら、体感シンクロ率……少しは下げとくべきだったかな?
ムチャクチャ痛ぇ……。
しかも、オレの今の職業。昔、魔術師縛りでやったときから変えてなかったから、……防御力の低い『魔術師』職なんだよな……。装備もローブ系の布切れだけだし本格的にヤバいな。
オレに休ませる暇を与える気がないのか、二撃目が襲い来る。
今度は極太の尾っぽでの横凪ぎ。
なんとかジャンプで避けることに成功したものの、今のオレではかすり傷すら一撃死だ。微塵も油断することは許されない。
(現実の肉体だったら……全身複雑骨折で即死だな……こりゃ)
そんな状況でも……
……オレは、笑う。
続けざまに襲い来る攻撃も、全てを避けきるなんて出来るわけもなくて、やはりジャストガードに頼る他ない。
防ぐ度に、全身が悲鳴をあげる。
重機にぶん殴られるような衝撃の数々。
破壊力は、やはり『神獣級』の中でもトップクラスだ。ダメージ比率はわからないが、衝撃だけなら『深緑の巨像』の一撃といい勝負かもしれない。
それに、『ヴァルガレギオス』は、デカい図体のわりに機動力やスピードもバカにならない。しかも今回は安地などあるはずもない『サークルの中』での戦闘だ。
あぁクソ……、このヒリヒリする緊張感、ヤバいな。
……楽しい。
こんな事を思ってしまうオレは、やっぱり少し変なのかもしれない。
あと何秒だ?
何秒耐えれば……アイツに会える?
タイムカウントは10秒を切った。
……9
黒竜の一撃を避け、その背後へと飛び込む。
……8
飛び込んだ先で、黒竜の尾が襲い来るがジャストガードでダメージはなし。
……7
尾っぽに吹き飛ばされるままにサークルの外枠に叩き付けられるが、まだ立てる。
……6
フラフラと立ち上がったはいいが、続けざまに来る左腕を避ける余裕もなく、これもジャストガードで耐える。
……5
全身の筋肉が悲鳴をあげているような錯覚をおぼえるが、今は無視だ。
……4
まるで、こどものオモチャのように、あっちこっちに投げ飛ばされ、殴り飛ばされ、蹴り飛ばされ、叩き飛ばされ……いい加減嫌気がさすな……。
……3
サークルの外枠にもたれ掛かり、黒竜の動向に気を張りつつも……オレの視線はカウントへと向いていた。
……2
そこで、『もしも』が脳裏をよぎる。
本当に……これだけか?
果たして、この程度で……終わりなのか?
まだ何か、あるんじゃないのか?
……1
こういうときの『もしも』ってやつは、嫌になるくらい……『当たってしまう』
そして、カウントが0に変わった瞬間――
――……ピシッ、パリンッ!
ガラスの割れるような音と共に、……鳥籠を構成する、荊の格子の『1本』が砕けた。
そう、たった1本だけ……。
そして、視界端のタイムカウントは……60に戻り、またカウントを始めていた。
『先入観だけで物事を判断するのは子供の悪いところだね。ボクは言ったよ? 「カウントが終わるまで生き延びればいい」と。だが、1分程度でカウントが終わる……なんて、一言も言っていない』
「…………はは」
『話はちゃんと聞くべきだ。……そして、勘のいいキミのことだ。もう既に気付いたとは思うが説明させてもらうよ』
ナビゲーターが言うには、1分ごとに1本、アルヴスを閉じ込める檻の格子が消滅するらしい。
織を構成する格子の数は、全部で13。つまり、アルヴスと話をするには……13分もの間、この暴威に堪えきらなくてはならない、ということだ。
なにこのマゾゲー……。
それで手に入るのは、アルヴスと話すわずかな時間だけ、って……オレ以外に誰がやりたがるんだよコレ!
(あと12分か……。キッツいなぁ)
『……おいおい。どう考えても、心が折れる馬鹿馬鹿しい内容じゃないか……?』
オレは立ち上がる。
『普通、もう諦めるだろう……』
装備すら出来ない棒切れを杖代わりに、フラフラする体を支える。
『なのに、なんで――』
掠れかけた意識を、両手で頬を張って覚醒させる。
『……なんで、まだ笑っていられるんだい?』
……笑う?
そうか、『まだ』オレは笑えてたのか……。
なら、まだ大丈夫だ。
笑えてるってことは、まだ楽しめてるってことだ。
『楽しい』なら、やめる理由も諦める選択もありはしない。
「やるさ……」
ゲームの設定だとしても、自身を勇者などと揶揄するほど自惚れてはいないつもりだ。
だが、何かの為に強大な敵へ挑む者を『勇者』と呼ぶのならば、オレは今……この一瞬だけは、勇者になる覚悟を決めた。
◇◇◇
激戦に次ぐ激戦に、もはや自分がプレイヤーであることを忘れ、ただの観戦客となりはて……呆然と戦場に目を奪われる群衆の中。
各個人の目は……
成体へと成った神獣級を相手に、苦戦を強いられながらも必然的なまでに優勢に立つ……最強の英雄達でも、舞うが如く……巨像を軽くあしらう戦姫でもなく――
たった1人……。
たった1人の……ボロボロの青年プレイヤーへと、集まっていた。
黒の青年。
かつて最強と語られた『ノワール』を真似て作られた、「なりすまし」はいくらでもいる。
彼も、きっとソレと同じなのだ。
かつての英雄は、もういない。
彼も周りと同様に『見せ掛けだけの偽者』なのだ。……そのはず、なのだ。
皆、頭ではそう理解している。
本物ならば、きっと苦戦するはずがない。
本物ならば、もっと強いはずだ。
本物ならば、簡単に絶望を覆してみせるに違いない。
本物ならば、本物ならば、本物……ならば……?
そう……本物なんて……どこにもいないのだ。
『誰か』の語る『理想のノワール』なんて、…………どこにも、存在しないのだ。
彼を知らない誰かの妄想が勝手に作り出した『理想のノワール』なんて、存在するわけがないのだ。
『きっと出来る』なんて言葉で軽々しく語れる理想など、……現実には存在するはずがないのだ。
『だが』なのか……?
『だから』なのか……?
この瞬間、剣を握ることすら忘れたプレイヤー達は……
彼に目を奪われてしまったのだ。
普通ならば痛みすら感じないはずの、『たかがゲーム』の世界で……たった1人。リアルに……もがき、足掻き、汚れ、廃れ、不格好に体を引きずる……ズタボロの少年に……――
この場に集まった観衆は、己を忘れ……目を離せずにいた。
一方的になぶられても、少年は必ず……フラフラとした足取りで立ち上がるのだ。
強い誰かではなく、弱い少年に……
善戦ではなく、苦戦に……
希望的なチャンスではなく、絶望的なピンチに……
彼の顔を見て、大多数の誰かは思ってしまった。
『なんて楽しそうに、戦っているのだろう……』と
募る想いは言葉と成りかけて……、だが、その言葉が音になることはなかった。
何と言うつもりだ……?
「頑張れ」?
「諦めるな」?
「負けるな」?
そんな無責任な言葉で、彼を追い詰める気か? それは、あまりにも残酷だろう……。
既に彼はこれ以上なく、頑張っているし、諦めていないし……負けていない。それ以上を望む『他人のエゴ』を彼に押し付けるなんて、……少なくとも、この場に立つ比較的多数の『誰か』には、出来るはずもなかった。
『他人』では、ダメなのだ。
「ノォオワァアアアアアアーールゥウウウゥウ!!」
そう……
他人じゃダメ
「こんなところで負けやがったら! 明日! コレをネタに、一日中煽ってやるからなぁああああっ!!!!」
重っ苦しい、通夜みたいな空気の中、アタシだけは……空気も読まずに叫ぶ。
彼は、きっと……そんなのを望んでいないから。
あの馬鹿は、同情とか、応援とか、期待とか、……そんなんでパワーアップするような単細胞じゃないから!
今だって、『何か』あるんでしょ……?
なんか隠して、あえてぶん殴られてるんでしょ……?
そんななりして、『楽しんでる』んでしょ?
だから、アタシは心配しないし同情もしない!
だから、アンタは……
「だから……――」
「だから! クリアして、ドヤ顔してみせてよっ! こんのゲーム馬鹿ぁああああっ!!!!」
アタシは、アンタに気なんか使ってやんないし、空気を読んだ対応なんてしてやんない!
だって……レンレンは、レンレンだもん。
ノワールしか知らない奴らと違って、アタシは……レンレンを知ってるもん。
「勝って……帰ってきてよ。…………ばか」
そしてまぁ、こんな時に空気を読まないはアタシだけではないわけで……。
ん?
見間違えかな?
なんか……犬、鳥、巨像のヘイトがアタシに集中しているような……。
ちょっ!
いきなりアタシに向かって集まってきたっ!?
アレか? マジでモテ期かアタシ!? 嬉しくねぇっ!!
「たく……」
「中々言うね〜、お嬢さん♪」
犬の進行を食い止めてくれたのは、ユーリさまとアリスさま。
すかさず、バレッドさまがアタシを抱えて少し下がる。
「あんま目立つ行動して無駄に注意を引くのは得策じゃねぇぜ?」
「……あ、……ごめんなさい」
「けどまぁ、今のはファインプレーってとこだろ。オレは嫌いじゃねえ♪」
あ、れ?
みんな、笑って……
回り込んできた鳥を、ロイさまが止めリィリアさまの魔法で弾き飛ばす。
「あはは、馬鹿ですか。あの人にそんなこと言う人、ボク等以外にいたんですね♪」
「まったくです。……アインさん、わたくし達の分ももっと言って差し上げてください♪」
この人達も、笑ってる?
あ……そっか
馬鹿は、レンレンだけじゃないんだ。
「あはは、皆さんこそ……類友ッスね♪」
「あぁ……、お前もな」
「はい!」
明らかに、アタシお荷物なのに……
なんでかな、レンレン?
今、スッゴく楽しいよ……。
◇◇◇




