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第五話『Revenge Match』




 屋根伝いに翔る足が、どこか軽く感じる。

 現実世界に慣れすぎたからか、使用しているアバターの性能によるものも確かにあると思う。

 筋力補正は外しているとはいえ、この肉体はレベル1500クラスの第一級冒険者のアバターなのだ。

 少なからず影響はあるだろう。


 だが、コレは……きっとそれだけではない。


 例えるなら、誕生日に学校から家に帰る時の高揚感や、遠足当日の登校中なんかとよく似ている。

 『楽しみ』に向かってまっすぐに進む足は、やはり普段よりも軽く感じるし、そのドキドキやワクワクが……体の疲労感を麻痺させてしまう。

 浮き足立つというのが、きっと的を射た言葉なのだろう。


 オレは今、浮き足立っている。

 そして同時に……


「…………っ」


 殺気立ってもいた。

 イラつくとか、ムカつくとか、なんかそんな類いの負の感情が同時に押し寄せてグチャグチャになっている。

 胸の内に広がる感情は、期待と不安。

 会えて嬉しいはずの少女がソコにいるのに、……会いたくないと感じている自分もいる。

 いっぱい、話したいことがあるはずなのに……、伝えたい言葉があるはずなのに……うまく伝えられる気がしない。


 昂った心の中で、矛盾する感情。

 感情のコントロールも上手く出来ず、上手く言葉を紡げるかも不明瞭だ。


 だから、一度……この感情を無視する事にした。


『考える余裕があるなら行動しろ』

 現役時代に何度も口にした言葉だ。

 今は、ソレだ。


 アイツに……アルヴスに語りかける言葉を選ぶ前に、まずは『会わなくてはならない』。

 その為には、邪魔になる明確な『敵』がいるわけだ。


「……まずは、あのトカゲをなんとかするのが先だな」


 アルヴスを閉じ込める鳥籠のような檻を、身を呈して庇うように佇む……漆黒の竜。

 艶のある黒鱗の一枚一枚が光沢をなし、黒一色のくせにどこか神々しさが滲み出ている気すらする。

 唯一、黒以外の色があるとすれば、アルヴスと似たような深紅の瞳だけだ。

 それすらもオレへの当て付けとでも言いたげな気がするのは、さすがに被害妄想が過ぎるだろうか?


 ノワールの黒


 アルヴスの深紅の瞳


 それらをない交ぜにしたような竜が、オレの邪魔をしようとしている。


 単なる偶然か?

 もし、必然的に……こうなるように仕組んだヤツがいるとするなら、……それはもう、とんでもなく性格の歪んだクソ野郎なのだろう。


「虫酸が走るな……」


 数十秒もすれば、竜の前へとたどり着いた。

 距離にして十数メートル程度。


 もう……目と鼻の先に、ヤツがいる。

 あと数歩という距離に、彼女がいる。

 きっとここが正念場だ。


 誰も見たこともないモンスター、『ヴァルガレギオス』。

 マップ攻略はおろか、正規シナリオやこれまでのイベントにすら、一度も姿を見せることのなかった煉獄竜。

 オレは……ずっとお前を探していた。

 お前の情報を少しでも集められないかと躍起になっていたほどさ。


 誰も知らない『初見モンスター』?


 違うな。

 少なくとも……オレはお前を知ってる。


「よう……クソトカゲ……。久しぶりじゃねえか……」


 見たこともある。

 会ったこともある。


 そして……戦ったことも、ある。


 むしろ、オレの始まりは……コイツなのだ。

 コイツさえいなければ……『ノワール』なんて存在しなかった。


「あの時から……ずっとお前を探してたんだ」


 あの時、もっとオレが強ければ……


「ずっとだ……。一瞬だって忘れたことなんてねぇ」


 あの時、護り通すことが出来ていれば……


「……オレから、大切なモノを奪っておいて……今の今まで、どこに引き込もってやがったんだ……?」



 ……アルヴスを、奪われなければ……。


「ソイツはオレのもんだ……。さっさと返せよっ!!」



 こうはならなかったかもしれない。

 他のプレイヤー同様に……いや、きっと一般プレイヤーほど強くなることもなかっただろう。

 純粋な『エンジョイ勢』として……アルヴスと2人で、ゆっくり楽しむことに没頭出来たはずだ。


 ……やめよう。

 「もしも」なんて話は、語るだけ不毛だ。

 存在するのは、すでに決した『今』だけ……。


 この場に立つオレと、さらわれたアルヴスと……オレの邪魔をする漆黒の巨竜。

 玉座に座り瞳を閉じたままの少女に……、ここからでは、きっと声も届かない。

 状況だけで見るなら、ありきたりなおとぎ話のワンシーンみたいだな……。


「……はぁ……。さて……と、今すぐソコのクソトカゲをぶっ飛ばして、お前のところまで行きたいところなんだが……、話はそう単純じゃないんだろ?」


 こんな時……。

 これまで、過去にあったレイドイベントや、正規シナリオのボス戦といった『一大戦闘』を前にした時、……舞い上がる闘争本能とは裏腹に、オレは不気味なほどに冷静になる。

 それは切羽詰まった危機的状況や、宝箱やレアアイテムを前にした時もそうだ。


 『何かある』前提で、『何がある?』と瞬間的に警戒と思考を巡らせる。

 長くこのゲームを続けていると自然と身に付く危機管理能力……と言えなくもないが、オレの場合は少しだけ特殊だ。


 『予測』は、あえてしない。

 警戒はするが、敵の動きや技への予備動作にではなく、ソレ以外。

 何かが違う。

 何かが潜んでいる。

 それらに対する『もしも』の警戒のみ。それ以外はいらない。邪魔になるだけだ。


 あとは……すべてアドリブでいい。


「たしか……内容としては、お前等を手っ取り早く片付けるには、アルヴスを仕留めればいい……だったか? ……ずいぶんと、オレにケンカ売るようなイベント内容じゃねぇか……。もちろん却下。オレがソレを許さねえ!」


 ならばどうする?

 敵側の共通の弱点を突かずに戦うとなると、必然的に『一匹残さず直接ぶん殴る』以外の選択肢がなくなるわけだが……。

 果たしてそう上手くいくだろうか?


「……まぁ、やってみて無理そうなら、その時にまた考えるか」


 ナメ腐っているのか、これだけの距離まで来たというのに『ヴァルガレギオス』は一歩たりとも動かない。

 あぁん? ナメプか?


 いやまぁ、そうじゃないってことは承知の上だよ?

 でもさ……、ちょっと距離があるとはいったってたかが十数メートル程度だよ? 確実に、ヤツの視界には入ってるわけよ?

 なのに無視ですよ……。

 「お前なんて気にする価値もありません」ってか? ぶっ飛ばすぞテメェ!


『おやおや、もうこんな場所まで辿り着くプレイヤーが現れるとは驚きだね♪ まるで……かつての英雄を思わせる……。君もそうは思わないかい?』

「……」


 なるほど、コイツがアインの言っていた『声』ってやつか。


「誰だ?」

『ボクはこのゲームの生みの親であり、運営者であり、『観測者』である。いわゆるゲームマスターってやつだ♪』

「それは仲間から聞いたよ。……オレが知りたいのは、アンタが『誰か』だ。長ったらしい肩書きなんざ知るか」

『……ふむ。すまないね。それは数ある機密事項の中でもトップシークレットに部類される事柄なんだ。だから答えることは出来ない。……だが、このイベントをクリアする方法なら教えてあげる事も出来る。このイベント中に限り、ボクのことは都合のいいナビゲーターとでも認識してくれ』

「……はぁ……わかった。だが、アンタの指示通りに動いてやる気はないからな」

『それで構わない。君は仮にも冒険者なんだ。自由でなくちゃね♪』


 胡散臭い男の声が癪にさわる。

 人工的に作られた声なのだろう。言葉として理解する事は出来ても、音や語調に違和感がありすぎて気持ち悪い。

 聞いてるだけでストレスを感じる声というのも珍しい。


「要点だけまとめて簡潔に説明してくれ。……正直、アンタの声は気持ち悪くてあまり聞きたくない」

『遠慮ないね……。昔からずっと君は……』

「……は?」

『いいや、なんでもない。では君の要望通り簡潔に説明するとしよう。……このイベントオープニングをパスする条件は大きくわけて2つ。勝つか、負けるか、だ』

「だろうな……」

『勝利条件は先程も説明したように――』

「アルヴスの討伐だろ? そんなクソみたいな答えが聞きたいわけじゃねぇんだよ……。他にはないのか……?」

『おいおい。何を勘違いしているんだい? ボクは先程確かに……「彼女の討伐が最終目標」と提示してみせたが……、ソレが『このオープニングの』なんて一度だって言った覚えはないよ?』

「……どういう意味だ」


 最終目標と言うからには、ソレを達した時がイベントのクリアとなるはずだ。

 何が言いたいんだコイツは?


『彼女の討伐なんて、出来るはずがないんだ。……何せ、体力設定もダメージカウントプログラムも組み込んでいない。例えるならば、『破壊不能ギミック』みたいなものだね。ステージ上の地形ギミック同様に、彼女にダメージを与える方法なんて存在しないんだ。……今は、ね』

「……なら、どうすればいい?」

『今回の勝利条件は……とても難しいよ?』

「問答はいいから、さっさと言え!」

『勝利条件……それは、『彼女から、あるものを授かること』だ。奪うじゃ駄目。さらには、彼女がソレをくれるかもわからない。……とても気分屋な少女なんだ。ほとんど不可能に近いまさに死にイベントだ。……まぁ、それでも……君はやると言うんだろう? 止めはしないさ♪』

「…………」

『敗北条件は……言うまでもなく、HPゲージを0にされたら、だ。単純だろう? さてさて、それでは最後に『ヴァルガレギオス』戦のルールを説明しよう。簡潔に言うなら『時限制サークル内デスゲーム』だ。鳥籠を中心とした一定距離内での戦闘で、その範囲内に入ったら、もう出ることは出来ず――』

「……、……説明が無駄に長い」


 要するに、一定距離まで近付けば強制的に戦闘が始まるんだろ?

 そんでもって、タイムカウントもある、と。


 それだけわかってれば、あとはやりながら覚えた方が早い。

 というわけで、ナビゲーターの説明を無視して前進した。


『ちょっとちょっと! まだ説明は終わってな――』

「オレはオレで勝手に始めてますので、説明したいなら勝手にやっててください」

『うわぁ……急に他人行儀……』


 そして、一定距離とやらに足を踏み入れたのだろう。

 足元が一瞬光ったかと思えば、急に体が重たくなった。

 この感覚は、重力操作の類いではない。

 重くなった、というよりも、急に力が抜けた、という感覚に近い。

 そして急に効力を失う、装備。

 まさかと思い、画面右上……というか、視界の右端にある簡易ステータスアイコンを確認してみたら……。


 ……レベル1ですって。

 ……ははは、ウケる……。


 要するに、レベルが初期値になって、装備の着用に必要なレベルも満たせず、さらにはステータスも初期値と……。


「笑わせてくれるな、おい……」


 コレで、あのトカゲに挑めって?

 確かにコレなら、初心者でも関係なく挑めるだろうが……――


『グギャアァアアアアアアッ!!!!』


 凡プレイヤーにアレの相手は、普通に考えて無理だって!

 もっと常識的に考えろよ!

 難易度設定おかし過ぎるだろ!


『あぁ、ちなみに……サークル内では、アイテム使用不可、魔法使用不可、装備特殊効果無効、ステータス強化無効、アビリティ&スキルの使用不可……と、至れり尽くせりなデバフ盛り付きだ。しかも、サークル内にいる間は永続的に続く』

「…………うわぁ……」


 マジで初期値かよ……。


 そんな事に目を奪われてる余裕もなく、今度は視界の左上でタイムカウントが始まった。

 時間は60秒。通常のステータス環境下での戦闘ならば、現実的な数字。




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