四話のつづき4
◇◇◇
「頼んだ」なんて言葉を残し1人単身で突き進むノワールを、誰も止めることはなかった。
どれだけ言葉を選んだところで、きっと彼が止まることはないと知っていたから。
「期待してる……だってさ」
帯刀した剣を抜くアリス。
「……ったく、自分勝手なことばっか言いやがってよ……あの野郎」
肩をならし、構えをとるバレッド。
「ホント……歯の浮くようなセリフを残して、自分はいつだってやりたいことに全力で……」
カバンから一冊の魔導書を取り出すロイ。
「いつだってそうです。付き合わされるコチラの気も知らないで……」
身の丈を超える杖を抱くリィリア。
「まったくよ。……でもまぁ、結局……それに付き合っちゃう私たちも、人のことは言えないのかも知れないわね」
召喚魔法にて、禍々しく巨大な戦斧を喚装するランカ。
「仕方ないさ。……ソレを『楽しい』と思ってしまった。……アイツの身勝手に惚れ込んでしまった俺たちの負けだ」
腰にさした刀を抜くユーリ。
それぞれに愚痴を溢すその顔は、この数年内でおそらく一番……いい顔をしていた。
それは、喜びからくる感情。
『怒り』も、当然ある。
あの時、何も言わず……勝手にいなくなったノワールに対し、言いたい事ならば山ほどあるのだ。
本来ならば、イベントなんてすべて無視して、溜め込んだこの『想い』を全力でぶつけてしまいたい。
大手ギルドのギルマスなんて身分も、世間体なんかも、全部放り捨てて……昂る感情のままに、あの男にぶつけてしまいたかった。
だが、そうしない。
少なくとも、ここにいる6人は……ノワールを知っていたから。
『今しか出来ない『楽しみ』がすぐソコにあるのに、全力で楽しまないでどうする?』
きっと、彼はそう言う。
『後になって後悔するくらいなら、たとえ無謀でも『今』やるんだ』
いつもそう言って、6人を振り回してきたあの人に……見損なわれたくない。
なにより……
彼と共に戦うのは、三年ぶりなのだ。
前線に立ち、周りのしがらみなんかを気にすることもなく、全力でぶつかれる『楽しい戦闘』は……アレ以来なのだ。
ワクワクしないはずがない!
「あの……、アタシ、確実に邪魔ですよね〜……? あっ、アタシの事なんて全然気にしなくていいんで! 皆さまの足を引っ張るくらいなら下がって大人しくしときますんで! どうかご自由に――」
「あら、アイン。……何を甘ったれたことをぬかしているのかしら♪ 黙ってアンタも参加すんのよ」
「ここで逃げるのは反則だぜ〜。第一、オレらの仕事はお嬢ちゃんの護衛だぜ?」
「……は、はぃ」
「わざわざこれだけの面子で、お前を守るって言っているんだ。お前も少しくらい協力してみせろ」
「バフや回復だけで構いませんので♪」
「お嬢さん、ボクらのサポートお願いね♪」
「……っ……は、はいっ!」
彼に押し付けられた少女も、こんな状況で『逃げない』を選択した唯一のプレイヤーである。
実力云々を抜きにしても、十分勇敢な勇者だ。
英雄が背中を預けるには十分過ぎる。
『……さて、おしゃべりは終わりましたか?』
「なんだ……わざわざ待っていたのか?」
『相も変わらずグズで無能な弱者であるアナタ達には、互いのキズを舐めあって士気を上げる時間が必要不可欠だと存じておりますので』
「……うはぁ……、相変わらず口悪いな〜、お前。毒舌フィルターでもプログラミングされてんじゃねえの?」
『こばえの羽音がうるさいですね。マスターの足を引っ張るくらいしか能のないアナタ方に対し、優しく接するメリットが何かおありで?』
「……ちっ……ムカつくから口を開かないで手だけ動かしてくれる? アンタの人工ボイス聞いてるとストレスが溜まってしかたないの」
『それはいい情報を聞きました。そのまま胃に穴でも開けていればいいのではないですか? 食欲も落ちれば、その無駄な駄肉も少しは落ちてスッキリされるのではないでしょうか』
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて! こんな状況で言い争っている場合では――」
『インテリ気取りの万年チェリーさんのおっしゃる通りです。わたくしのソロならば何の問題もありませんが、お荷物だらけの現状では余裕などあるはずもありません。主にアナタ方に』
「ちぇり……っ! ……コホン、彼女の言う通りです。敵は複数である上に最上位種ばかり……。ここはちゃんと協力すべきです。……それと、バレッドさんは笑い転げるのを今すぐやめてください早急に」
「……ひぃ、ひぃ……だってお前、NPCに言い当てられてやがんじゃねえか。だはははっ! ひぃ、ひぃ!」
「放っておいてください」
『とにかく、このわたくしがわざわざマスターの元を離れ、アナタ方有象無象に力を貸すと言っているのです。苦戦など許されませんよ?』
「ホンット、コイツムカつく!! そこまで言うんだったらアンタ1人で――」
『おや、よろしいので? せっかくの見せ場をわたくしの独り占めにしてしまっても……』
「……うぐっ」
苦虫を噛み潰したような顔で少女を睨み付けるランカは、諦めたようにため息を溢す。
「……アンタの場合、本当にやりかねないから嫌なのよ……。わかったわ。今回は……協力する」
『他に異論のある方はいらっしゃいますか?』
「「「……ありません」」」
プレイヤー内でもトップクラスの英雄6人を言いくるめてしまう、召喚NPC。
端から見ればとんでもない絵面なのだが、ソレに異を唱える者は存在しなかった。
一人を除いて……
「えっ、ちょ、ちょ、ちょっ! えぇっ!? なんでNPC程度に言いくるめられちゃってんですか!? つか、ノワールの召喚獣だからって偉そうにし過ぎじゃない!? 今どういう力関係になってるんスか!」
空気を読まないアイン。
「アイン……、別に私達は言いくるめられた訳じゃないわ。今は無駄な口論をしてる余裕がないってだけよ」
「いやそれでも、NPCに従うっておかしいでしょ!」
『…………』
「つか、アンタもアンタだよっ! なぁーにアタシのことガン無視してくれちゃってんのさぁ!! ちょっとはコッチ見ろやロボ子! てか名乗れ! ふぁっつゆあねーむ!!」
『…………』
(NPCってのはどいつもコイツもこんなんなのかねぇ……!)
数十分前まで一緒にいたNPCを思い出し、ちょっとイライラが蒸し返してきたアイン。
やれやれといった風にランカが仲介に入る。
「はいはい、言い争ってる余裕はないの。……アンタも自己紹介くらいはしたらどうなの、『アウラ』?」
「……ふぇ? あ、う……ら?」
『…………はぁ』
「アウラって……レンレンの……。いや、名前が同じってだけで中身は違うってパターンも……。……でも、こんなムカつくNPCが2体もいるなんて考えたくないっつーか……、まさか……いやまさか〜」
「なにブツブツ言ってんのよ……」
「あいえ、コイツと同じ名前でにたようなNPCを見たことあるような〜って思っちゃいまして、他人のそら似ってやつですよね〜! あはは」
『メスゴリラさんも、ブス専さんも、マスターのお役に立ちたいのであれば、口よりまず手を動かすことをオススメいたします』
「メスゴリ……」
「テメェやっぱりロボ子じゃねーか!! レンレンとこの毒舌ロボ子じゃねーか!!」
「……あら、知り合いだったの?」
『いいえ』
「嘘ついてくれてんじゃねぇーよ! このロボ子、さっきまでアタシと一緒に……、……。てことは……えっ、ウソ! まさか、えっ! もしかして、ノワールって……っ」
でも、それなら……合点がいく事もある。
妙に詳しすぎるゲーム知識、レベル差を感じさせないような身のこなし、『ノワール』の偽者を見て嫌な顔してたり、チュートリアル後にいきなり落ち込んでたり……。
やめた時期も重なるし、アルヴスたんに過剰な反応を見せてたのも……。
「でも、そんな……レンレンが……ノワールだなんて」
そういえば、さっきノワールさま……アタシのこと「友達だ」って。
いや、ゲーム内なら形だけの友人なんていくらでもいるし……、でも――。
『さて、どうやらもう無駄話をしている暇は無いようですよ。つもる話は後です。前方正面より『麒麟』の突進……来ます』
「リィリア、ロイ、アイン! 私に防御系のバフかけて。どうせ一番固い私が壁役をやるしかないんでしょ」
「はい♪」
「了解です」
「え、あっ……わかりました!」
あの神獣級を相手にしているのだ。考え事をしてる余裕なんてあるはずがない。
言いたいことはめちゃくちゃあるけど、今は戦闘に集中することにした。
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