三話のつづき4
さて、クエストに出てから何分が経過しただろうか?
メニューウィンドウを開けばあら不思議。もう一時間以上経過しているではないか!
日付が変わるまであと30分をきってしまった。あとたった30分で……オレが待ち望んだイベントが開始してしまうのだ。
やはり、楽しい時間はあっという間に経過してしまう。コレだから……ゲームというものはハマってしまうものなのだろう。
一撃でも受けたらと思うと、緊張感で肌がピリピリしてしまう。
このゲームは、やっぱこうでなくちゃ♪
『マスター、第3勢力……来ます。目視できる戦力だけでも、レベル85リザードマン5体、レベル92サラマンドラ2体、レベル79ハイゴーレムウォリアー6体です』
「オレとアインで前に出る。ソーマはアインの援護、センリはバフとアイテムでの回復に努めろ! アウラも余裕があるなら、サラマンドラのヘイトを稼いでくれ! 広範囲ブレスは面倒だ」
「ちょ、待って待って待って!! アタシまださっきのリザードマン終わってない!!」
『レベル的には余裕でしょう? ダラダラ遊んでないで、さっさとやってください』
「あとソコのNPCがスッゲーウザいんだけど!?」
「うわぁ~ん! また強そうなのが来たよ~……!」
「センリちゃん、危なっかしいから後衛ラインまで下がってようか?」
『センリさん、先ほどマスターに言われたように……マスターには『攻撃力上昇』を、ソッチのオマケさんには『防御力上昇』と『回避率上昇』を中心にバフを。……オマケさんがもっと上手に立ち回ってくれれば、その無駄をマスターの『攻撃力上昇』にまわせるのですが……』
「聞こえてっぞ機械娘ゴルアァアアアア!!」
「アイン、叫んでる余裕があるなら攻撃に集中しろ」
「わかってるよぉおお~……」
戦闘時の阿鼻叫喚も……また楽しみの1つである。
ハラハラドキドキは楽しむ為のスパイスだ。余裕で勝てる勝負なんてつまらないだろ?
「……あのさ、レンレン……」
「なんだ?」
「レベル1……だったよね?」
「ん、あぁ、さっきまではそうだったな」
「……今は?」
「さっきの戦闘で3上がって、合計で58だな。一時間ちょっとでこれだけ稼げたなら、まぁ上出来だろ……?」
「ふ……」
「……ふ?」
「……っざけんなボケェエエエっ!! 上がるだろうよ! このステージの平均モンスターレベル80くらいだもん! そりゃ、レベル1からすれば経験値ガッポガッポでしょうよ! 最初にクエスト確認した時『あっ、コイツ寄生する気満々だな』って思ったくらい場違いだよ! つかなんだよ!? なんで主力先陣きってんだよお前!? つーか、なんでこのレベル差でまともに戦えて、しかも優勢に立ててんだよお前ーっ!!」
「……お、おう。どうしたよ、いきなり……」
「どうしたもこうしたもあるかい!」
なんかぶちギレてるアイン。
「うわぁ~ん!! 26回も死んだぁ~! もうやだ帰るー!!」
泣き出すセンリ。
「あー、はいはい……大丈夫だよ~。ボク達がちゃんと守ってあげるからね? ほら、ポーション飲んで? 痛くない痛くなーい」
ソレをなだめるソーマ。
「……ふむ、アウラ……」
『はい』
「もしかしてだけどさ……。オレ、やらかした感じか?」
『と、いいますと?』
「いや、いきなり初っぱなから飛ばしすぎた感じかな……と」
この中でオレ以外に唯一、まだまだ余裕を残しているアウラへと話をふる。
だって……
アインは火に油を注ぎそうだし。
センリは会話にならなそうだし。
ソーマはオレに気をつかった返答しかしなさそうだし。
まともな答えが期待できそうなメンバーっていったら、もうアウラさんしかいないわけよ!
たしかに、一番最初のクエストでいきなり80レベル台のステージを選んだのは、ちょっとアレかな?と思わなくもなかったけどさ……。
『一般的な回答をいたしますと、『全く空気読めてない』と言わせていただくほかありません』
「あっ、やっぱり……?」
『パーティ内に30レベル台がいる時点でソコから大きく離れた難度のステージに行くべきではありませんでしたし、他2名も……『前衛初心者』と『初心者サポートの初心者』です。立ち回りを理解できていないメンバーで出ている時点で連携はほぼ皆無。さらには、マスターと共に前衛をはる初心者さんが、わたくしの指揮をことごとく無視する無能以下では……残念ながらこのステージは厳しいでしょう』
「……ははは、確かに……初心者のサポートはあまり経験がないから、不慣れではあるのかな」
「つか、人のこと初心者初心者っていうんじゃねーよロボ子! アタシの本職『大賢者』だぞー! つか、レンレンに合わせたレベル1装備で来たから、全然ダメージが通らないんだよー! 無能ゆーなぁ!!」
「うぇ~ん! 初心者でごめんなさぁ~い!!」
あぁ……阿鼻叫喚が更に大惨事に……
『ですが、わたくしの主観で言わせていただきますと、マスターは何一つ間違っておりません』
「……へ?」
おいおい、またいつもの過大評価か?
『まず、マスターの実力に「合わせる」と言ったのはアナタ方3人です。マスターのレベルが1だからと『勝手に過小評価していた』アナタ方にも落ち度はあります』
「「「……う゛」」」
『それに、アナタ方に選択権のある、装備、職業、実力ですが……マスターと何の関係があるのでしょうか? そもそも、アナタ方が手を抜いてマスターに合わせられると思っていること自体おこがましい。アナタ方がもっと使い物になればマスターの負担も減ると――』
「アウラさん、ストップストォーップ!! 流石にそこまで言う必要は……ないんじゃないかな? ほら、やっぱりゲームは『楽しむ』ってのが大前提だし、いくら強かろうが、楽しめてないなんてのはオレだって嫌だし。『楽しい』が一番だって!」
「「楽しくな~い!」」
「……えっと、今回はボクも2人に同感かな……?」
「……あはは……ですよね~……」
はぁ……、やっぱりソロでやった方がよかったんじゃ……
わりとガチで落ち込んだオレなど他所に、妙に結束力を増した3人。
いやまぁ……別にいいけどさ……。
「そういや、レンレンが動けるのは百歩譲って納得したけど、……なんでNPCのアンタまで、あんな機敏に動けんのさ? 機械なんでしょ?」
『経験の差です』
「いやいや、いくら経験積んだって所詮はNPCじゃ――」
『経験の差です』(ニコッ♪)
「……。……レンレン、怖い……コイツ怖い……」
オレの腕にしがみつくアインは放置でいいとして、……やはりこのままじゃ、無駄に時間だけを浪費する『作業ゲー』になってしまう。
せっかく多人数でのパーティプレイなのに、楽しいのはオレだけ……というのはなんか面白くない。
楽しくなければゲームの意味がないのだ。
仕方ない……
「時間もちょうどいいし、今回はこの辺で切り上げるか……」
「えーっ!? まだ全然遊べてないじゃーん! 次こそ、ソコのロボ子より役に立ってみせるからさぁー」
「楽しめてない奴がいるってだけで、このパーティは失敗だったんだよ」
「……うぅ……」
「オレも焦ってたとこがあったし……、次にやる時はもう少し余裕を持って楽しめるクエストにするとしよう」
「「……あぅ」」
「……そうだね」
理解はしたが納得はしてない様子の女子2人に対し、ソーマはどこか納得したような態度を見せる。
アインやセンリも、このくらい聞き分けが良ければオレも助かるのだが……
やはり、社交性皆無で対人スキル絶無なオレには、他人の説得は難しい。
「ようするに、『コレで最後』ではないってことなんだよね♪ また、今回みたいに集まってプレイする機会はあるって事だろう?」
「……ふぇ?」
「そ、そなのっ?」
「あぁ」
「だったら、不馴れな今に無理して醜態を晒してしまうよりも、次やる時までにどれくらい成長できたか見せつける。……そんな感じでいいんじゃないかな♪」
「「なるほど……」」
「……、……これでいいのかな? レン」
「……悪いな、また借りが出来ちまった」
「気にしないでいいよ」
言葉だけで女を納得させるソーマくん。
さすがだ。
イケメンはやはり一味違う!
「言っとくけど、アタシはソコの二枚目ヤローに説得された訳じゃないからな! ただ……レンレンの足を引っ張りたくないってだけで……」
「ふむ、これがツンデレってやつか?」
「ぶん殴るぞ童貞野郎」
「違うのか? ……てっきり、ソーマに対して恋愛フラグが立ったのかと」
「ありえねえ! 何度も言うけどありえねえ! 何万回でも言うぞ? 絶対ありえねえ!!」
「……そんなにか?」
「そんなにだよ!」
そんな全否定してやんなよ!
ソーマくんもセンリも、苦笑してんじゃねーか!
だいたい、顔も性格も上玉中の上玉であるソーマくんのどこに不満があるというんだ……?
礼儀も言葉遣いもちゃんとしてるし、誰からも頼られるクラスのヒーローだよ?
貴公子だよ!?
……女性ってのはよくわからん……。
『では、話も纏まった事ですし『グランティニヘリア』へと帰還するとしましょう。あと15分で日付も変わります。拠点に戻った方が、イベントオープニングも落ち着いて見られるでしょうし』
「ちょーっとちょっと! NPCがなに仕切ってんのさー!」
『わたくしの現在の役職は『指揮者』ですので……。何かご不満がおありですか? ブス専さん』
「ぶすせっ……!? てめぇ上等だロボ子この野郎ー」
「……なるほど、ブス専だったか……なら仕方ないのか」
「レンレンも納得してんじゃねぇぇええええっ!!!」
「はいはい、落ち着け。文句は後でいくらでも聞いてやるから、さっさと帰還するぞ」
「てめぇロボ子! 覚えてろよぉおおおっ!!」
そう言い残し帰還したアインに続くように、ソーマとセンリも拠点へとエスケープしていった。
フィールドから始まりの街に帰還するのは、メニューウィンドウの「エスケープ」をタップするだけでいい。
ワープ機能みたいで近未来感があるのだが、何度も経験してると感動も薄まるものだ。
そして先程までの賑やかさなど嘘だったかのように、一気に静まり返るフィールド。
その場に残ったのはオレとアウラだけだ。
今更だが、アウラと会うのは3年ぶりになるんだよな……。
ふと隣を見れば、昔とは『違った』姿でコチラを見つめる少女が1人。
見た目的に成長した、とかではない。
まず種族から違うし、見た目も成長したというより『変質した』というほうがしっくり来る。
『……どうかしましたかマスター?』
「いや、別に大したことじゃないんだが……、昔と随分雰囲気が違うな~、と」
『なるほど。見違えた……もしくは、見惚れた、ということでしょうか?』
「違ぇーよ! 可愛いって意味は否定しないが、『前』とは随分違うみたいだったから……。一丁前にイメチェンでもしてみたのか?」
『…………はぁ』
「な、なんだよ」
『マスター、わたくしは呆れています』
「それくらい言葉にせずとも態度見りゃわかるわ!!」
ヤレヤレと肩をすくめるアウラに、一瞬イラッときてしまったが……落ち着けオレ。
アウラの言う通り、何か意味があっての行動なのかもしれない。
見た目を変える理由……
バレないため?
……誰に?
「……あ、あぁ……」
『わかりましたか?』
「そりゃそうか、いくらオレが『姿を変えていても』、一緒にいるお前があのままじゃ……他はともかく、アイツ等の目は誤魔化せないわな……」
ゲーム世界は公共の場だ。
いつどこで誰が見ていたとしても、なにもおかしくはない。
直接目にせずとも、言伝てなどからも大方の情報はわれる。
いやぁ……、情報社会って恐ろしい。
『さすがはマイマスターです』
「……。……それにしても……」
『「的確にオレ好みの見た目を押さえてきやがって」……ですか?』
「……っ。……否定はしないが、自意識過剰なのはどうかと思うぞ……」
『否定はしないのですね?』
「……まぁ」
『でしたら自意識過剰ではありません。……わたくしは今、マスターに好いていただける見た目をしているのでしょう♪』
「随分と、嬉しそうに言うんだな……。オレなんかに好かれたところで、一文の得にもならないだろ」
『はい♪』
「……うわぁ、すっごい笑顔」
『『一文の得』程度ではありません。この歓喜を、金銭に換算するなどもっての他です。……人はこういうものを「プライスレス」と言うのでしょう?』
「……NPCが『感情』みたいなことを語るなっての……。まぁ、お前自身が気に入ってるなら……そのままでいいと思うが」
実際、可愛いし……。
いやいや好きとか嫌いとかそういうのじゃないよ?
ただアウラ自身がそうしたいって言うなら、オレも否定する気はないってだけでだね……。
それが結果的に可愛いってだけで、それ以上の感想があるかと聞かれれば返答に困るというかなんというか……。
『……ふむ。ではちょうどいいですし、今この場で報酬を受け取るといたしましょう。また今のように2人っきりになれるタイミングがあるとも限りませんし』
「……報酬?」
『まさかお忘れですか? その歳で認知症を患っておられるとは思いませんが……』
「覚えてるっての。お前を褒めるってやつだろ? ……いや、今じゃなきゃダメか? もっと落ち着いた時にあらためて……って」
『今、お願いします』
「いやでも、いきなりそんなことを言われてもだな……」
『今が……いいんです』
「……、……アウラ?」
『あと数分後には……、アナタ様の頭の中は、きっと……『彼女』でいっぱいになってしまいます……。今だって……そうなのでしょう?』
「…………」
返す言葉が思い付かない。
『違う』とは言えないし、きっと気の聞いた言葉なんて……言えない。
それが、オレの『本音』で……
皆で一緒に……なんてのは、きっと建前に過ぎないのだ。
オレの『無言』という答えを、わかっていたと言うように……アウラは優しく微笑む。
『ですから、『まだ始まっていない今』……、どうかこの瞬間だけは……わたくしだけを、見ていただけませんか?』
「…………っ」
『アナタの……マスターの本心でなくとも構いません』
アウラは笑う。
『コレはただの報酬です』
弱々しく、笑う。
『わたくしに言わされただけ……。マスターの意思とかけ離れた『うわ言』で構わないのです』
痛々しく、笑う。
『アインさまの仰った通り、わたくしはたかが機械です。形だけの言葉でも簡単に鵜呑みにします』
切なげに、……笑う。
『言葉だけで……いいのです。…………どうか』
下がる視線
胸の前で震える両手
消え入るような、儚い言葉
ソレを見て……聞いて……
……自身の浅はかさに……嫌気がさした。
オレは、何もわかってなどいない。
オレがやめたせいで苦しんだ人達の事も、「引退する」と勝手に決めて……この3年間、ずっと寂しい想いをさせていた少女の事も……。
きっと、何一つわかってなどいないのだ。
だから……
今のオレに、「ごめん」と言う権利はない。
「アウラ……」
『……はい』
「ありがとう」
『……、……はい』
オレは、少女の震える体をギュッと抱き締めた。
オレなんかをずっと待って、オレなんかを慕って……オレなんかの言葉を、こんなにも噛み締めてくれる少女を……強く、抱き寄せる。
「……ずっと待っててくれたこと、インストールで頑張ってくれたこと、今回のパーティプレイでのアシスト、……全部引っくるめて……ありがとう」
『…………はい』
「……オレってさ、まだまだ幼稚で、不器用で……人の気持ちも汲めないような馬鹿だからさ、たぶん1人じゃ……アルヴスまで辿り着けないと思う」
『……そんな、こと』
「あるさ。……だから、お前には悪いが……これからも付き合ってもらう」
『……っ! ……っ』
「……ははっ、こんな場面でも他の女の名前を出すような大馬鹿野郎だけどさ……。……ついてきてくれるか?」
『……。当然です。マスターの浮気癖は今に始まったことではありませんし、むしろわたくしが付いていないと、また新たな虫が寄ってきてしまいます』
「……ひどい言われよう」
『それに――』
抱き締めていた腕を緩めると、アウラは嬉しそうに見上げてくる。
『今、マスターのお役に立てるのは……わたくしだけですから♪』
それがそんなにも嬉しいことなのか、無邪気な笑顔を見せてくれるアウラ。
オレはただ、その頭を愛でるように撫でるだけだった。