三話のつづき2
「そうか……。まぁ、ある程度は理解したよ。あとの細かい変化とかは実戦で覚える方が手っ取り早い。助かった。ありがとう」
「にひひ、いいってことよ♪」
「……つか、お前のソレ」
「ん?」
「その今使ってるアバターだよ」
金髪ツインテールの少女キャラクター。
初期装備に身を包んだ、誰が見ても明らかな初心者プレイヤー。
しかも、確か千秋のジョブは『大賢者』で……間違いなく魔術師系の役職である。
……なのに……、剣士系装備って……おかしくね?
「あぁ~、これね」
「もしかしてだけど、まさかお前までサブアカウント作ったのか?」
「いやいや違うって。わざわざレンレンのためだけにそんな無駄な努力するわけないじゃん♪ うぬぼれんなよ~♪ コレはれっきとしたホンアカだっての。レンレンのレベル帯のモンスターに、ガチジョブで挑んじゃ面白くないじゃん」
「……ほぅ、テメェなめプか……?」
「ちゃうてちゃうて! もちろんHP管理とかバフとかはアタシが責任持つってば♪ ソレだけなら汎用スキルで賄えるから剣士にジョブチェンしても問題ないっしょ~」
「じゃあ、なんで剣士なんだよ……」
「だってレンレン、3年もブランクあるんでしょ……?」
「……ふむ」
「他2人の片方は……アレだし。もう片方は前衛かどうかもわからん上にレベルも未知数、ときたぜダンナ!」
「……まぁ、なんとなく……お前の言いたい事は察した」
「壁役がゴミじゃ、後衛やるアタシの負担ヤバいじゃん! 全然楽しくないじゃん!!」
「察したっつっただろうが! わかりきってた事実をわざわざ言葉にしないでくれませんかねコノヤロウ!」
「やーい、レベル1~♪ 初心者~♪」
「……この、あぁクソっ」
ケラケラ笑う千秋に、何発か拳を見舞いたい衝動にかられたが……まぁ、ソコは大人の余裕ってやつで我慢だ。
オレってば煽り耐性は結構強い方なはず。
なめプやチーターにも、慌てず怒らず……いたぶって潰すくらいの心の広さは持ってたはずだ。
「……ふふ……」
「あ、なんかレンレンが不気味な笑みを浮かべ出した……。怖っ! 悪かったって! 他にも理由あるから!」
「言ってみろ……」
「アタシ、普段からほぼ後衛超特化型だから、ソロじゃあんま強くないし、詠唱時間が長い大型魔法使うってなると前衛必須になるわけじゃん? 無詠唱弱魔法じゃ手数は稼げても大ダメージは期待できないし……」
「まぁ、そうなるわな……。つっても、立回り次第では詠唱中の時間稼ぎくらい出来るだろ? 杖で殴るとか、ヘイト削って逃げまくるとか」
「だから、その立回りとやらを体に叩き込むために前衛でやってみるんだろうが。言わせんなよ」
「……なるほど」
確かに、近接戦の立回りを手っ取り早く身に付けたいなら、一度前衛職にジョブチェンするのも1つの手だろう。
「ちなみに、剣士のジョブレベルは?」
「…………いち」
「……ふんっ」
「てめぇ鼻で笑いやがったな童貞野郎! 最初はコレで様子見だけど、後半は本気でやっからな! 吠え面かくなよー」
まぁ、得手不得手は誰にでもあるものだ。
例えそれが……プレイヤーレベル800越えのくせに、剣士ジョブレベル1の前衛ビギナーでも……。
「……プッ……」
「よしテメェ上等だ表へ出やがれPKしてやらぁ!」
「悪かった、悪かったって。つか、蒼馬が後衛じゃなかったら全員前衛になるわけだが大丈夫か?」
「どうせ、受けるクエストはレンレンのレベルに合わせるんでしょ? そんな雑魚なら、全員前衛でも死にようがないって♪」
「それもそうか……」
千秋に連れてこられた喫茶店で紅茶を一口啜る。
さすが、レベル800越えの廃人プレイヤーが推すだけはあり、味も香りも上質だ。
千秋も口でフーフーと冷ましながらちょびちょび飲んでは、ほっこりとした表情を浮かべている。
設定で痛覚シンクロ率を下げれば、熱くもなんともないだろうに……。とは言わない。
もちろんオレもそうしない。
この熱さも含めての紅茶である。『熱々のまま』『冷ましながら』というのも醍醐味の一つだ。それを削ってまで楽をしたいとは思わないのがオレ達である。
「…………んだよぉ~、猫舌で悪いかよぉ~……」
「……いや、いいんじゃないか? 楽しみ方は人それぞれだ。急かす気はねぇからゆっくり飲め」
「……。……えへへ……、レンレンならそう言ってくれる気がした~」
「……はぁ?」
「アタシが昔所属してたギルドってさ、『エンジョイ勢』とか語っときながら……、紅茶飲んでる時から「クエスト行くから早く飲め~」って急かしてきてさ~……。他人との競争を楽しむなとは言わないけどさ、人のささやかな楽しみまで奪わないでほしいもんだよね~」
「んで脱退したのか……」
「うぃ♪ そんなに思い入れのあるギルドでもなかったしね~。つか聞いてよ! そのギルド、アタシが抜けた月から、月間ギルドランキングが落ちる一方でやんの♪ ザマァ」
「ギルドランキング?」
「あぁ、2年前くらいから実装された機能だからレンレンが知らないのも無理ないか。メニュー開いてプロフ画面の所属ギルド欄タップして、『現在のギルドランキング』ってところで見れるよ?」
千秋に言われたように開いてみると、確かにランキング画面が表示された。
オレは無所属なので『ランキング外』と表示されているが、他の各ギルドの勢力図やレベル、軽い説明文などが見れるらしい。
因みに、1位~6位は案の定……超大手の『英雄ギルド』様方が独占していらっしゃるようだ。
「ちなみに、ランキングに表示されてないけど、殿堂入りした最強ギルドが1つありまーす♪ さすがのレンレンでもこれくらいわかるよね~?」
「『零雪の箱庭』……か」
「ピンポンピンポーン♪ 今や伝説だよね~!」
ははは……笑えねぇ……。
オレは辺りを見渡す。
目をこらせば、『ノワール』の偽者はいくらでも見つかった。
見た目だけならキャラクターメイキングでいくらでも変えられる。アバター名を『ノワール』にし、他のステータスをすべて隠蔽すればあら不思議……誰でも簡単に英雄の真似事が出来ちゃうよ♪ってか?
……くだらねぇ。
「…………」
「すっげぇつまんなそうな顔してはるな~ダンナ? 安心しなって♪ 格好つけたいアホどもなんて無視してりゃいいんだって♪ けっこうガチプレイヤーとかも多いから、続けてりゃまた楽しくなるって~♪」
「……格好つけたい……な」
「そそそ♪ そりゃ、ノワールに憧れる気持ちはわからんでもないさ。強いしカッコいいし、何より強いし!」
「…………」
違う……。
「誰もが憧れる、まさに英雄さまよ♪」
違うっ……。
「必勝無敗の超絶最強プレイヤーっすよ? 憧れないわけがない♪」
…………違うんだ。
「でもだからって、見た目だけ寄せたってノワールにはなれないんだし……。きっとあの人は、このゲームのすべてを遊び尽くしちゃったから、やることなくなって引退しちゃったんだろうね~」
自分のことのように誇らしげに話す千秋から、オレは目をそらしてしまう。
後ろめたさとか、羨望とか、……それ以上に……辛かった。
都合よく事実を曲解し、あたかも伝説でも語るかのごとく……。
「レンレンも憧れたんじゃない? ノワール♪」
……イラっ
「ねぇよ……」
「……ありゃ? あー、レンレンは他の7人派か~♪ わかる! わかるよ~♪ ノワールに負けず劣らず、他のメンバーも絶大な人気で――」
「ねぇ、つってんだろ……」
「……え? あ、あれ……。どうしたの、いきなり……なんか……」
そこでふと、我にかえる。
オレの目の前で、動揺を隠そうともせず……ひどく顔を歪ませる少女がいた。
「いや……その、悪い。別にお前の価値観を否定する訳じゃないんだ! ただなんつーか……えっと……」
今から遊ぼうってのに、これ以上雰囲気をぶち壊す……ってのは、『あえて空気を読まない』で定評のある(気がする)オレでも避けたい事態だ。
考えろ……。適当なでっち上げでもいい!
違和感なく雰囲気を戻せる言葉を……。
『……マスター、お困りのようですね……?』
(『アウラ』? 何故このタイミングで!?)
『これはプライベート回線を利用した通信ですので、マスター以外にわたくしの声は聞こえておりません』
(いや、そういう問題じゃなくてだな……)
『そんなことよりも、時間は一刻を争います』
(えっ……あ、えっと……)
『わたくしの言葉をそのまま復唱してください』
(……はぁ?)
『リピートアフターミー』
何故かわからんが、助力を申し出た『アウラ』さん。鬼気迫る……とまではいかないが、なんか迫力がヤバいので従っておいたほうがいい気がする。
「……レンレン?」
「えっと……その……、どいつもコイツも、今はいない英雄さまとやらの話ばかりで……だから、なんつーか……面白くない」
「……え?」
「だから! お前が今一緒にゲームしてる相手は、オレだろ! どこぞやのプレイヤーの事なんて……今は、関係ないだろ……」
「…………」
……うん?
おい。おい、ちょっと待て!
『アウラ』に乗せられたまま何も考えずに口を動かしてしまったが……、ちょっとおかしいぞ?
いや、確かにオレの前で『ノワール』の話はしないでほしい。コレは事実だ。間違ってはいない。
けどなんか、言葉のニュアンス的に……なんか、違くないか?
つかおい千秋! お前もお前だ!
なんでそこで黙る!? なんでちょっと嬉しそう!? そして、そのニヤニヤした口元をどうにかしろ!!
『……確認……「だから! お前が今一緒にゲームしてる相手は、オレだろ! どこぞやのプレイヤーの事なんて……今は、関係ないだろ……」……確認完了。音声ファイルを『マスター名言集』ファイルへ保存。……完了しました。……ふふ』
(おまっ……はかりやがったな!?)
『失敬ですね。状況は好転したはずです。わたくしはただその副産物を、記録として大切に保存したに過ぎません』
ダメだこの機械。完全に壊れてやがる……。
やっぱり、最新機種に買い替えるしかないのかもな。
そして、数秒の沈黙を破ったのは、今の今までニヤニヤとコチラを見ていた千秋。
いや、現在進行形でニヤニヤしてるけど……。
「なーんだよ~♪ そういうことかよぉ~♪ なになに? 嫉妬しちゃったの? あの無愛想が服着て歩いてるみたいなレンレンが? ツンデレかよ~♪ やっぱアタシにラブいんじゃねぇか♪ ゾッコンなんじゃん♪ にひひ」
「だぁあああっ! クッソうぜぇええ!! ちげぇから! そういうんじゃねぇからな!!」
「隠すなよ照れんなよ~。ウブちゃんめ♪」
「……いいかげんその口塞がねぇとマジで一発ぶん殴るぞ?」
「マジギレすんなよ……。わかった。わかりました! 黙りますとも! ……えへへ」
「……たく」
ということがあり、その後も適当に駄弁っているとあっと言う間に集合時間になってしまった。
集合場所は、すべてのユーザーの溜まり場である『転移門前』。
モンスター退治をするにも、クエストを受けて金を稼ぐにも、フリークエストでマッピングを広げるにも、絶対に必要なプロセスの1つである転移。
このゲームの公式設定では、この『始まりの街』と通称名高い都市『グランティニヘリア』は、地上数十万メートルの孤立した巨大な浮遊島である。
島の眼下に広がるのは真っ白な雲の海。時々隙間から緑や青がチラチラと見え隠れするものの、飛び降りて無事でいられるような高さではない。
だから、地上に広がる広大な大地に降り立つ為には、この『転移門』を必ず通らなければならないのである。
クエストの受付嬢や、簡易なアイテム屋、武器屋、防具屋、果てには情報屋などのNPCもこの『転移門』付近に配置されていて、冒険に必要最低限の装備はこの場ですべて揃えられるのだ。
さて、そんなプレイヤーが多く行き交う人混みの中、見た目もわからぬリア友と合流する方法は……、大きく分けて2つある。
1つは、前もって細かな集合場所の指定や合言葉なんかの裏合わせ。
だがそれではあまり効率的ではない。
そもそも、こんなゲーム世界のアバターでは見た目を弄ってなんぼである。オレのすぐ横では、オッサンくさい言葉を垂れ流す少女がいるわけだが……。
「うへへへ~……あの美少女のスカート、中々際どいラインだね~♪ ニーソとの絶対領域が、んぅ~……たまらん! けしからん、実にけしからんよ~♪」
さて、コレをパッと見て、はたして何人の人達がコイツの中の人をオッサンと誤解することか……。
ようするに、見た目は宛にならないのである。
極論を言うならば、ここから半径20メートル以内に……何人の『ノワール』がいると思う?
15はくだらないぜ……?
他にも、似たような顔のアバターがところせましと集まっているのだ。この中から見た目で知人を探し出すのは不可能だろ……。
だから、今回使うのは2つ目。
それは……
(『アウラ』見つかったか?)
『……該当するアバターを検索したところ、適合率が9割を超えるプレイヤーは16人。各プレイヤーのアバタープロフィールなどの情報をもとにふるいにかけた結果……該当するプレイヤー……1名。まず間違いないかと思われます』
(よし、一応念のためにメッセージを送ってくれ。内容は『今朝のコーラは?』でいい)
『メッセージを送信中……。送信しました』
どのネットゲームにもついているであろう機能『フレンド検索』を使ったのだ。
しかも、『アウラ』の力を借りて最高速で迅速に……である。
こういう時、本当に『アウラ』の存在は役に立つ。
普通のナビゲーションAIには付いていない、独自進化を繰り返してきた『アウラ』だからこそ成せるワザである。
勝手にオレの使用する個人的な電子機器を同期させまくり、オレのリアルでのプライベートな時間でさえ勝手に記憶し学習する。
今日も携帯端末に入って、学校まで着いてきたのだ。……その際に、蒼馬や千里の声を音声データとして勝手に記憶していた。
言動や口調による性格審査やエトセトラエトセトラ……
ホント怖いわ……。
『……メッセージを受信しました。『美味しかったよ♪』とのことです』
(うし、ビンゴ。プライベート通信を繋いでくれ)
『了解しました』
効率的に探すってのはこういうことを言うのだよワトソン君♪
使えるものは使わないとね。