七羽の雀・上
あるとき、あるところに、精力絶倫な男がおりました。
この男は仕事が的確で早く、上司や部下からの信頼厚い、有能な人物でありました。
ところが『英雄、色を好む』とでも申しましょうか。それに比例するかの如く、とても女にだらしない。三股、四股は当たり前。たびたび女性がもとで問題を起こしました。
ときには仕事場に女二人が押しかけて大喧嘩を始め、ときには女三人が家に侵入して男の帰りを待ち伏せる始末。それでも懲りず、女遊びが一向に収まらないのでございます。
ある休日の昼下がり。男は今日も今日とて、スクランブル交差点の近くでナンパに勤しんでおりました。
雑踏のなか、ふと男と目が合いましたのは、鳥籠を抱えた一人の女。道行けば誰もが振り返るような、息を呑むほどの美しさであります。
昔話における美女というものは、雪のような白い肌と儚げな印象の持ち主と相場が決まっておりますが、この女はまた違いました。薄い茶色の着物を凛と着こなし、整った顔立ちに据えられた鳶色の双眸は、ただの美貌というよりもむしろ野性を強く感じさせるものでありました。
たまには和服の女を脱がせてみるのも面白かろうと、男はすぐに動きます。
女は食事の誘いには素直に応じましたが、いざ人通りの少ない路地で、ホテルへ連れ込まれる段になると、難色を示しました。ただしそれは、男のことを嫌いだとか、他に本命がいるとか、そういった平凡な理由ではございません。
女は言いました。
「お前様に抱かれることを嫌だとは申しまへんし、お前様に非があるわけでもありまへん。ただ、遊びのつもりなら引き下がりなさいませ。うちは、夫婦の契りを結ぶ当ても無く身体を許すことは致しまへんのや」
すると今度は、逆に男が眉根をひそめました。自分は一人の女に縛られたくはないと、そう言い出すのでございます。この根性が諸問題の原因なのでありますが、ここではさて置きましょう。
ところが女の答えといったら、男の予想を一枚上ゆくものでありました。
「お前様。誰が、うちだけだと申しましたか? それにうちは、けちな人間の法とは関係あらしまへん。浮気も不倫も大いに結構。ただし……」
女は妖艶に微笑むと、自分の細指にふっと息を吹きかけ、抱えていた鳥籠の戸を引き上げました。中から羽ばたき出でましたるは、六羽の雀。
しかしこの雀、ただの雀ではございませんでした。雀たちはアスファルトの上に降り立つや、どこからともなく現われましたる緋色の煙に包まれて、見る見るうちに、なんと、粒揃いの美女へと姿を変えたのであります。
「ご覧の通り、うちらは物怪の輩。魂萌え雀の一族です。愛してくださるならばうち一羽だけと言わず、こちらの妹たち共々、七羽を等しく愛していただきまへんと困ります」
男もなかなか剛の者。目の前で起きた超常の是非を頭の隅に追いやり、すぐに女の提示した条件について考え始めます。
七人の美女が一度に自分のものになる。さらに浮気も構わない。
男にとっては破格の条件であります。ならば、相手が物の怪だろうと妖怪だろうと委細関係無しと判断致しました。
かくして、男は七羽の雀を妻として迎えたのでございます。
さて、人外の美女との結婚生活とは如何なものでありましたでしょうか。それを想像する助けになるかは分かりませんが、ここに七羽の物怪雀の特徴をそれぞれ並べておきましょう。
長女は和服の似合う、京風美人。はんなりとした優雅な佇まいに、一本芯の通った女であります。それでいて炊事や洗濯から夜伽まで、身の回りのあらゆることに通じた、名実ともに世話焼き女房と言えましょう。
次女はレザー衣装を着こなす、女王気質たっぷりのS女。彼女は虫けらを見るような冷たい眼差しと絶妙な言葉責めにより、通常のプレイではあり得ない悦楽をもたらします。
三女は、次女とは真逆のドMな文学才女。睦み事の際には丁寧なご奉仕と、豊富な語彙による嬌声で男を飽きさせません。
四女は紋切り型のツンデレ娘。床の上では始めのうち「べ、別にアンタと一緒にいられるのが嬉しいとかじゃ、ないんだからねっ!」などと言いながら目を逸らしつつも、一線を越えるとすぐに熱烈な甘えに入ります。
五女は元気なボクっ娘。四女に並ぶ甘え上手で、さらに体力もバツグン。ときには男が音を上げるほどであったとか。
六女は恥ずかしがり屋なメガネ少女。七羽の中では一番の無口でありますが、男を想う気持ちでは他の六羽に引けを取りません。長女と共に甲斐甲斐しく家事を行う姿には、得も言われぬ色気が漂うものです。
七女は、まだ毛も生え揃っていないようなロリータ風味。男を上目遣いに「お兄ちゃん」と呼び、一心に慕ってくる姿勢には独特の、そそられるものがありましょう。




