桜色
おかえりなさい
冷たい空気の渦をまとった人
その柔肌は冷たく白いけど
あたたかい舌使いが慰め
真夏の寝室で
きのう、
朝から夜まで
あの人を待ちつづけた私の深情けに
気づいてもらうの
ありがとう、と
いってもらうの
なぜ?
それが慰めだから?
どこにも
ガラスの椅子の破片はなく
ただきれいにまっぷたつに割れた
潔い透明の冷たさがキラリと光る
寝室の床に転がる
呼ばれる
遠い嘘まみれの愛の言葉で
いとしげな名の発音で
あの人のキスを思い出すから
空より近い空気の色は桜色というよ
凍る、こころ、ここまで、溶かして、駄目にして
女1匹、ここまで、駄目にしちゃ、駄目だよ
いろけとか
しんけんにもとめたこともあったけど
あれほどまねのできないものもない
舌でさくらんぼのへたを丸めることを
練習もせずにできた女の子を知っているよ
だから、なに?
あの、たしか、
氷の女王とあだなされていたあの人の、
あのキスがあたたかかった
少し、ぬるめだったか?
少しぬるめの斧にさえ
愛とせいぎを塗り込めて
人のこころと言葉をぶった斬ることができる
そんなサヨナラを
さいごの慰めとおもっていたのに
あの、女王とキスした日から
ただあの人を待ちわびる
寝室が私の人生そのものに
なってしまい
そう、
愛もせいぎもこころも言葉も
ただの過去の情婦のようなもんさと
口では軽口たたくのさ、
もはやこの人生に自傷のカミソリ傷ほどの
細い慰めも与えられはしないからと
そして、なにもなかった顔して
おかえりなさいを
あの人にいうわ




