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蛭語学事始(ひるごがくことはじめ)

3話をかなり改稿してます。

混乱させて申し訳ないですがそちらからお読みください。

 突然だが、君はタヌキと一緒に語学の勉強をしたことがあるか?


 俺はある。というか今まさにタヌキと勉強の真っ最中だ。いや、そもそも普通の人間はタヌキなんて魔獣は知らないか。俺もつい最近まで知らなかった。この茶色い毛むくじゃらのやつがそうだ。


 人語を解し、魔術を操る獣。人間社会にもいちおう居場所を許されているが、大きな顔をして生きていけるわけでもない。魔獣ってのはそんな連中だ。人型はまた違う扱いをされていて……ってそんなことはどうでもいい。問題なのはタヌキだ


「うわあ!読むだけで蛭語(ひるご)がどんどん頭に入ってくる!なんて素晴らしい教科書なんだあ!」


「まあ……いちおう天才の書いた教科書だからな」


 こいつの名前は小十郎(こじゅうろう)。俺の奴隷にして、わけあって蛭語を学ぶまだ若いタヌキだ。タヌキというのは東方のあるちっぽけな島国にしかいない超超超超々マイナーな魔獣で、魔力はたいしたことないものの、「月光木の葉変化の術」という珍奇な変身能力を使うことができる……らしい。


「著者はまさに当世第一流の人物ですよ!よほどの切れ者じゃないとこんな明晰な解説はできませんよ!」


 こんな得体の知れない魔獣に、一族の命運を賭けた計画の成否がかかっていると思うと涙が出てくるが、決めたからにはやるしかない。さいわい、文字の読み書きはできるようだから、まずは蛭語をなんとか形にしてもらわないとな。


「頭を使ったらお腹が空いてきました。おうどんなんか食べたいですねえ」


「おうどん?なんだその食べ物は。魔獣用の食い物なら地下(ここ)にもいくらか備蓄があるぞ」


「うどんを知らないなんて、西方世界って意外と田舎なんだなあ」


 東方の人外魔境で産まれた木っ端魔獣がなにをえらそうなことを。しかも妙に楽しそうにしてやがるなこいつ。こっちは古典の授業で神聖語やらされて以来の語学にうんざりだぞ。


「アルベルトさんは語学の才能ありませんよ。こんなすごい教科書使ってるのに」


「お前読むの早すぎるんだよ、ほら、2ページ戻せ」


 ミヒャエルおじの書いたこの蛭語のハンドブックは、扱っている単語は初歩的なものが多いとはいえ、文法と発音機序は詳細に説明されている。はっきり言って初心者向けとは言えない難解な教科書だと思うが、このタヌキはガンガン読み飛ばす。


「それで、行けるのか?」


「まかせてくださいよ。僕を誰だと思ってるんです。フタナノシマのコンピラ国始まって以来の秀才にして未来の大学者、サエキの小十郎ですよ」


 大丈夫かなあ。調子のいいこと言ってるが、魔獣は口だけは上手いタイプも多いからな。一度ヒルミかおじと喋らせてみるか。さすがにそれは無謀か。


「僕は一度受けた恩は忘れないタイプです。それに蛭語はなんというか……実に興味深い!」


『実に興味深い』ね……ミヒャエルおじもよく使う言い回しである。不安にさせてくれるじゃないか。


 さて、今さらながらオークションの結果を報告すると、俺はドッペルゲンガーの入手には失敗した。あのオークションハウスは俺などが手を出していい世界ではなかったのだ。


 ドッペルゲンガーの落札価格は80万ガスティオ金貨。そこそこの荘園が一つ買える値である。ドッペルゲンガーなんて各国の諜報機関くらいしか手が出せないって話はマジだったんだな。俺の用意した額なんて今となっては情けなくて口にも出せないぜ。


 身の程を思い知らされた俺だが、もちろんセカンドプランは用意してあった。レンタルだ。裏社会のコネをかなり使わなければならないので気が重いなあと思っていた時である。


「それでは出品ナンバー22!東洋の神秘!幻の変身魔獣タヌキでございます」


 そう司会者が声を上げたのだ。オークションは普通客に品物を直接見せるのだが、物が生き物の場合はそうしない場合も多い。危険だとかまあ色々理由はあるらしいが、この時もそうだった。


「変身魔獣」の一言に俺は反応せざるをえなかった。俺は実物も見ずに、反射的に入札のサインを出してしまったのだ。で、俺は競りに勝ってコイツを入手したというわけ。


 いくらで買ったかって?正直に値を申し上げると、ゼロ。一銭も払っていない。


 俺も後から知ったのだが、あそこのオークションにはなぜか昔から「愚か者の宝」という習慣があって、何の価値もない冗談商品が出品されることがあるのだが、これに入札してしまうのは貴族連中の間では末代までの恥になってしまうらしい。


 「愚か者の宝」だと思われた小十郎には俺の他の入札はなく、見事ゼロ値で突っ込んだ俺が落札してしまったというわけだ。


 いやー、あの静寂は辛かった。え?なに?俺なにかまずいことした?みたいな気持ちになってたとこにクスクス笑いが起きたもんだから気まずいことこの上なかったぞ。貴族って性格悪いな―。俺は平民だからタダで買い物できて嬉しいけどな。悔しくなんてない!


「それで、一応参考までに聞いておきたいんですけど、アルベルトさんは僕にいくら払ったんですか?」


 お、小十郎くんもそこは気になるよな。奴隷としては当然の質問だわな。だが、ここで真実を伝えたところで俺には何の得もないだろう。


「47万ガスティオ金貨だ……」


 あまりにも盛りすぎかとも思ったが47万という数字には妙なリアリティがあるな。こういう時のとっさの嘘は俺は上手いのだ。


「えーっ!」


 まあ驚くだろうな。自分の身柄を買い戻すのに、目安としてもそれくらい必要だと思うと絶望だろう。かわいそうだがどうせこいつがいきさつを知ることもないだろうし、とりあえずこっちの言い値で行かせてもらおう。


「安すぎですよ!僕を誰だと思ってるんです。フタナノシマのコンピラ国始まって以来の秀才にして未来の大学者、サエキの小十郎ですよ!」


 若さってすごい。自分にそこまでの価値があると何の根拠もなく信じ込めるその勇気、眩しすぎて俺には直視できない。まあ、たしかにこの作戦が上手くいけば47万なんて大した金ではないのでそれくらいの値打ちはある……と言えるのかどうか。


「まったく、アルベルトさんは買い物上手です!あいつら今ごろ歯噛みしてるんじゃないかなあ」


 小十郎は意思の疎通に難はなさそうなのでその点は運が良かった。ただ、いくらなんでもドッペルゲンガーほどの知力や演技力は望めないだろう。


「ここに来るまでにはずいぶんひどい扱いをされましたよ。話のできるものを檻にいれることはないじゃないですか」


「そりゃ奴隷ってのはそうしたものだからな」


「今思えば酒場で同席したあの男が悪いやつだったんだな。ひどいことするやつがいるなあ」


 富国強兵のために西方世界の知識を学びに故郷を出た小十郎であったが、初めて飲んだ酒で泥酔し、目を覚ますとそこは暗い船室の檻の中、もちろん一族歴伝の小太刀も腰にはなく、悔しさで枕を濡らしているうちに、流れ流れて俺のところまで来たのだという。よくある話だ。世間の恐ろしさをしらないやつめ。


 そういや一番重要なことをまだ確認していないのだ。こいつが本当に変身能力を使えるのかどうか、という問題である。


「お前、本当に変身魔術できるんだろうな」


「月の巡り合せがいい晩しか化けられないんですよ。今晩はたぶん行ける日だから大丈夫です」


 小十郎がダメならドッペルゲンガーのレンタルの話を進めるだけではある。ただ、こいつが変身を使えるとなると、これは思わぬ拾い物だったことになるわけで、そっちの方がずっと望ましい。


 俺の計画には、変身能力と蛭語を同時に使える魔物が絶対に必要だったのだ。それを満たすのはドッペルゲンガーだったのだが、まずはこいつを試すことにしよう。何よりタダだしな。資金には余裕を作りたい。


 ここまで言えば俺の計画についてはだいたいお察しだろう。そう。おれは小十郎をヒルミに化けさせてミヒャエルおじを振らせるつもりなのである。極論すれば重要なのは変身能力であって、蛭語は「あなたなんて嫌い。もう顔も見たくない」くらい喋れればいいのかもしれないが、振るにしても色々事前の導入が必要だし、状況がどう転ぶかわからないので、語学力は高いに越したことはない。


 あと、魔物の変身能力は一般に見破るのはかなり困難で、ミヒャエルおじでも相当準備や注意が必要だろうから、正体の即バレは心配していない。「月光木の葉変化の術」とやらがヘボ魔法な可能性は十分あるけどな。


 うむ。これで最大の難関は通り抜けられたのかもしれない。次は最初のテストと行こうか。小十郎の出番はその後だ。ミヒャエルおじには散財してもらおう。超一流の品物と超一流のお値段がおじを待っている。この世にただ一人しかいない女には、それくらいやってもらわないとな。ヒルミを贈り物の山に埋めてやれば、俺だって金の山に埋まっていることだろう。

 

 なに、まずは簡単なところから手を付けるのだ。これが失敗するようならば俺にはビッグマネーを手にする資格はない。大胆にやってみようではないか。


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