表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

ぼくのおじさん

昔の人は蛭に血を吸わせて病気を治そうとしたそうです。




某所で話題になった「ヒールでヒール」ネタです

 ずるっ…ずちゅ…ずちゅ…ずろっ


 黒くて、ぬめぬめしてて、ゼリーみたいなかわいいやつらが、俺の壺にはたくさん入ってる。なめくじじゃないぜ。あんなキモいのと一緒にしないでくれ。(ひる)だよ蛭。この世界でもっとも役に立つ生き物さ。まあ、塩をかけると死んじまうのはなめくじと同じだが……


 俺は蛭魔術師だ。おっと、その怯えた顔、やめてくれないかな。誤解しないでほしいんだが蛭魔術はれっきとした白魔術で、魔導ギルドのリストにもちゃんと俺の名前がある。昔は迫害されることも多くて、爺さんの代には審問官にずいぶん追い回されたって話だが、今はまったく事情が違う。蛭魔術は医療魔法の花形なんだ。


 今日もうちの施術院は大繁盛さ。患者だけじゃないぜ。王都の医学アカデミー、善き魔女の会、鴉面衆(あめんしゅう)と、権威と金のある連中が蛭魔術のことを少しでも知りたくて毎日押し寄せて来てるんだ。応接室はいつも混んでいて、毎月のお茶代も馬鹿にならないが、教授料でぼったくった儲けにくらべれば屁でもない。


「奥さん……溜まってますねえ、悪い血。これはいけません」


 毎日の診療も楽しくてしかたねえぜ。男と婆さんの患者は弟子にまかせて俺と蛭は美女の柔肌にべったりって寸法さ。いや、若い女性の肌は繊細ですからな。知識と経験を備えた名医でなければ蛭を用いること到底あたわんのです。


 え?なに?世の中ナメてる?否定はしないぜ。ただしナメるにはナメるだけの根拠ってもんがあるからな俺の場合。そう、参入障壁さ。蛭魔法は血筋なんだよ血筋。我がアルベンクラッテ家は蛭に愛された一族なんだ。


 つまりかわいい蛭たちは俺の血を吸わないとないと死んじまうんだ。治癒能力を持った魔蛭を養えるのはアルベンクラッテ家の血だけ。広い世界だから他にもそういう一族はあるかもしれねえが、俺は寡聞にして知らねえな。


 おっと。今日もステーキの時間だ。蛭たちに血を供給するためになによりも必要なのは日々の肉食!これだよ!大麦のポタージュをすすって露命をつないでる貧農の諸君には悪いが、これが俺の労働なんでねえ……あ、いつもどおりレアで頼むぞスティーブ。


 ココココーン!


 おや、来客のようだ。この特徴的なドアノック、ミヒャエルおじさんだな。また金の無心でもされたらたまらんが……開いてますよ―!


「甥よ!わしはついにやったぞ!」


 テンション高いなあ。紹介しよう。この全身黒づくめのスーツ姿できめた初老のおっさんはミヒャエル・アルベンクラッテ。我が父の弟にして一族史上最高の天才蛭魔術師……のはずなんだが、研究と称して山師みたいなことばっかやってる、どこの家にも一人はいるタイプのダメ人間である。


「こんにちはおじさん。今日も蛭スーツがステキですね」


「おかげで今日も健康だよ!毎日ワインが美味い!」


 ミヒャエルおじは蛭を服に擬態させる魔術を18歳で開発し、それ以来このダンディなダブルのスーツで通しているのだ。蛭でできたスーツだから蛭スーツ。シルクを超える蛭の光沢は洒落好みの王侯貴族を嫉妬させることしきりだとか。


「ザキフ沼だ!ザキフ沼だよアルベルト!」


 もぐもぐ。ステーキうま。これはあれかなー。アルベンクラッテ以外の血でも育つ治癒蛭を養殖する方法を見つけたとか、これまでにも何度かあったパターンかな。資金提供するふりして潰すの面倒なんだが。わが一族が豊かな生活を送るためには、技術には進歩してもらっては困るのである。


「幻の蛭文明だ!蛭の行政官の書いた徴税記録が出土したんだ!」


 ついに紙一重を超えてしまった天才の姿がそこにはあった。哀れよのう。亡き祖父も泉下でさぞお嘆きだろう。


「蛭は言語を持っている!ずっと暖めてきた仮説は正しかった!」


 いや、感情はありますよ、蛭。長いことつきあってるからそれはわかる。でも言葉はどうかなー。まして文明となると人前で言わないほうがいいと思いますよー。


「ついては探検隊を組織することにしたから、冒険者ギルドで達人クラスを5人ほど頼む」


「おじさん、肉が足りないようですね。そういう脳の症状はステーキを食べればよくなります。おいスティーブもう一枚頼む」


 もぐもぐもぐもぐ。なんだかんだ言って伯父貴もステーキは好きだ。何か問題があればあいつには肉食わせとけとは父の遺言だ。じっさいミヒャエルおじは無言で食べている。


「アルベルト、俺はマジだぜ」


 こういう若者口調の時の伯父貴が一番ヤバいのは経験上よくわかっている。ミヒャエルおじは蛭魔術だけではなく殺傷力抜群の爆裂魔法も使えるバリバリの黒魔術師なので、機嫌を損ねて暴走させると聖王庁の退魔騎士団がお出ます事態になりかねない。


「危ない橋だけは渡らないでくださいよ」


「とりあえず蛭語の辞典を作りたい」


 まあ、魔術関連ではたまーにある話ではある。古ドラゴン語とかな。ただしそういうのはあくまで神話級の連中の話であり、かわいくひ弱い蛭たちに関係のあることではない。


「仮にそんなものがあるとして、悪魔語研究みたいに黒魔術扱いになったらこっちも困りますよ」


「それならチューリップシンジケートからの融資の話の方を進めよう」


 うげ!そう来たか。チューリップシンジケートは表向きはただの花屋の親睦会だが、その実態は東方に起源を持つ毒呪術師たちの地下結社である。一族があそこから金を借りたとなると俺もタダではすまなくなる可能性は高い。


 東方系結社には絶対に金を借りるなというのは父の遺言でもある。斬った殺した拷問したという話には事欠かない世界なのだ。


「勘弁してくださいよおじさん。それでなくても黒魔術師が親戚にいると色々トラブルが多いんですから」


「ハンスの話か?あの子には素晴らしい才能があるのに!」


 伯父貴が黒魔術師なのはこの町では公然の秘密ではある。俺がもみ消してやっているからいいものの、素質のある子どもをたぶらかして闇の魔法を教えようとするのだけは本当にやめてほしい。


「とにかく、そんなことにはお金は出せませんよ。あと、チューリップに借りるならその前に勘当ですからね」


 おじの表情が不自然な真顔に変わっている。これはアレだろう。もはや定番となったミヒャエルおじの必殺交渉術だ。


「アルベルト、ご禁制の邪眼蛭、地下に3匹いるよな」


 脅迫である。曽祖父の代から受け継がれている邪眼蛭は、血と引き換えに強力な黒い魔力を提供してくれる恐るべき魔法生物で、飼っていることがバレたら火刑間違いなしのステキな代物だ。しかも粗略に扱うと呪われるので始末に困っている。


 地下には邪眼蛭以外にも見られては困るものが山ほど保管されている。賄賂だ偽装工作だでごまかせないこともないが、そうなればせっかく築き上げた蛭魔術の地位は危うくなり、医者商売の先行きも暗くなるだろう。


 まあしかし実際問題として探検隊を雇うくらいのカネなら、ある。亡き父はミヒャエルおじ対策として生前から色々手当てをしてくれていたのだ。伯父貴がへそを曲げたら何が起こるかわからないから、これは本当にありがたいことだ。父の残してくれた金とコネのおかげで、俺も何とかこの怪人と付き合っていけるのである。


「おじさんの生命保険の解約とギルド株の一部売却でなんとかしましょう。本当にこれっきりですよ」


 間違いなく事件か事故で早死にすると思われていたミヒャエルおじには若い頃から高額の生命保険がかけられていて、長い間の積立金が結構な額になっているはずだ。ギルドの株も買い手はすぐ見つかるだろう。


「話は決まったな!探検隊の隊長はお前だアルベルト!一族の名を歴史に残す時が来たぞ!老兵は去るのみ、これからは若いものの時代だ!」


 何を高らかに宣言してるんだこの伯父は。俺にやらせる意味がわからない。あれだけ興奮していた蛭文明とやらだろう。それにそういうのは当主じゃなくて鉄砲玉の次男三男のやることだ。家産のある長男は危うきには近づかないのだ。


「いつもの口座でいいですね。僕は探検なんてガラじゃありませんよ」


 とにかく金だけは出してこの話は終わりだ。


「モルガン研究室の話をしようか」


 脅迫第二弾とは恐れ入る。今日はとにかくしつこい。まさかモルガン研究室の件まで持ち出すとは思わなかった。このレベルの食い下がりは今まで経験したことがないぞ。


 ミヒャエルおじはアルベンクラッテ家の闇の歴史を知り尽くした男だ。当主としては絶対に明かされてほしくない秘密を山ほど握っている。その中でもモルガン研究室は本当に秘中の秘と言っていい。冷や汗ものだ。ここは対応を考えなければならない。


「どうしたんですか熱くなって。サキュバス詐欺で懲りたんじゃなかったんですか」


 そっちがその気ならこっちもというわけである。過去の大失敗を突かれると、伯父貴は恥ずかしそうに顔を染める。サキュバス詐欺の顛末は親父から聞いておいてよかったと心から思えるミヒャエルおじのトラウマエピソードだ。


「そ、その話はまあいいとして、ザキフ沼のあるあたりの王とは昔揉めててな。顔を見せると討伐される可能性が高いんだ……」


 つまり自分じゃ行けないから、甥をパシリに使おうとしていたわけか。


「施術院を休むわけにはいきませんよ。貴族の予約も詰まってるんですから」


「そっちは私がやろう。なに、昔取った杵柄だ」


 昔取った杵柄どころではない。ミヒャエルおじは伝説の蛭魔術師だ。今は遊び呆けているが、数々の不治の病に打ち勝った西大陸いちの名医なのだ。


 だが、それが問題というわけだ。俺の蛭魔術の腕は伯父貴ほどではない。当主の上を行く達者に陣取られては下克上のおそれがある。メンツが潰れる。


「最近はノーハイム伯の縁者も客に多いんです。おじさんが出るとまずいことになると思いますけど」


 嘘だけどな。ノーハイム伯の奥方に岡惚れしたミヒャエル伯父が悪い。


「そうか……蛭学の知識があるのはお前だけだから行ってもらいたかったんだが」


 どうもサキュバス詐欺からのノーハイム伯のコンボが効いたらしいな。色恋沙汰の失敗を槍玉に挙げられるのには弱いのか伯父貴は。


 すごすごと引き下がる伯父貴。うーむ、このあしらい、俺も当主としての貫目が備わってきたじゃないか。ステーキが美味い。叙爵も近いぜ……


 とか考えてたのが一週間前。俺は今、ザキフ沼にいる。え?何で?って本当に何でなんだろうな。でもザキフ沼にいるのだ。装備も人員も自分で揃えたし、各種の交渉事も手早く片付けた俺だ。


「隊長!あそこが遺跡です!」


 ギルドで雇ったガイドはいい仕事をしてくれている。さすが金にあかせて超一流の人材ばかり集めただけはある。


 でもなんで来たんだ俺……ザキフ沼……ミヒャエルおじ……考えると頭が……


「あっ!」


 これって精神操作系の呪術じゃん?まったく行く気のなかった沼に来てるのもそうだし、動機について深く考えられなくなってるのもそう。いま呪われてるのに気づけたのは有効時間か距離の問題か。


「ちょっと解呪お願いしていいですか?」


 パーティーのエンチャント担当のおばちゃんもマスタークラスである。呪術ならお手の物だぜ。


「ギャアアアアアアアアアーッ!」


 解呪を始めたおばちゃんは悶絶してぶっ倒れてしまった。攻性防壁か。これほどまでの呪い、しおおせるのはただ一人。伯父貴……盛ったな。


 そうとわかれば義理立てする必要はない。さっさと帰って探検隊は解散だ。ギャラの払い戻しできるかな。


 と、算盤を弾き始めた時だった!我々探検隊は超古代のおそるべき遺物と対面することになる!熱光学砲を備えた飛行円盤か!オリハルコン製のノーブルゴーレムか!それとも神の真の名を記した創世のカバラか!一介の蛭魔術師である俺が成し遂げた世紀の大発見とは!次回蛭でヒール第2話『蛭と人』こうご期待!



続く


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ