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第一章  町

出会いと別れは隣り合うもの。

私は迷いの中であなたと出逢った。




******************************




 夏の強い日差しが和らぎ、日が傾きかけた頃。私は町の中心部にある小さな広場の片隅のベンチにぼんやりと座っていた。

 しばらくは教会に置いてもらうことになった。でも、ずっと教会にお世話になるわけにもいかない。これから町でどうやって生活していくか、考えなければならない事はたくさんある。

 午後の広場は和やかな雰囲気だった。穏やかな風が頬をなで、見つめる先では幼い子供たちが歓声を上げて走り回っている。夕食の準備にはまだ少し早い時間。母親たちも子供たちの側で家事の合間の談笑に花を咲かせていた。

 私は町に出てきたはいいけれど、何から始めればいいのか見当がつかなかった。

 物知りな靴屋のおじいさんに聞いてみるとか、牧師さんに聞いてみるとかも考えた。でも、絶対に秘密にしてほしいと言っていた手紙の言葉を思い出すと精霊の力について聞く事もできないし、グーテンベルクという名前を出す事もためらってしまう。

 ……ああ、何かいい方法はないのかな。

 大きく息をつく。考えてみればこんな小さな町でこっそり調べるなんて不可能だった。変な事を聞いてしまえばその噂はきっとすぐに広まる。

 ……大きな町に行くことができればいいのに。ううん、せめて精霊についての本が手に入れば……。


 そこまで考えて、貸本屋の存在を思い出した。

 ……そうだわ、なんで思いつかなかったんだろう!

 私は思わず立ち上がっていた。

 貸本屋のおじさんになら自由に店の中を見せてもらえる。精霊についての本を置いてあるかは分からないけど。

 貸本屋のある場所は教会からそれほど遠くはない町の山側だ。

 ……こんな中心にまで来る必要なかったんだわ。

 悩みすぎていた自分に苦笑する。

 やるべきことが見つかり急に気分が軽くなった私は、来るときに通り過ぎたはずの貸本屋に向かって歩き出した。



 しばらくするといつもは気にならない人々のざわめきが気についた。

 ……なんだかいつもよりにぎやかなんじゃない……?

 すると、突然叫び声が上がった。

「魔物だ!魔物が現れたぞ!」

「こっちに向かってる!」

「逃げろ!でかいぞ!!」

 つられて次々に悲鳴が上がる。

 人々が一斉こちらへ向かって走り出すのが見えた。

 

 魔物は山から下りてきたみたいだった。

 山から下りて、そのまままっすぐ街の中心地へ向かっているらしい。その魔物が建物の影から姿を現した。

 ……うわぁ、大きい!

 思わず口をぽかんと開けて見上げてしまう。背丈は5Mほどもあるだろうか。岩のようにごつごつした茶褐色の肌をした巨人だった。歩くたびに頭や体から小石やこぶしくらいの大きさの岩のようなものをぱらぱら撒き散らしながら町の中心部に進んでくる。

 珍しいわ、と私は思った。山に住んでいてもあんなに大きな魔物にはまずお目にかかれない。ここは比較的魔物の少ない安全な国なのだ

 魔物は別に暴れているわけではないけれど、落ちてくる石や岩にあたれば怪我をしてしまう。それにこのまま町の中心に進んでくれば踏み潰される家も出てくるだろう。


 私も逃げなくちゃ、と体の向きを変えた時、建物の影に女の子がうずくまっているのに気がついた。さっきまで人がまばらだった通りは逃げようとする人々の波と魔物の退治に向かう自警団の人の波とで大混雑していた。それぞれに必死な人々は女の子の存在に注意を払う余裕がないようだった。

 私は慌てて駆け寄った。

「どうしたの、お母さんは?」

 うずくまる女の子の側にしゃがんで声をかけると女の子はしゃくりあげながら答えた。

「……分からないの、っ……はぐれちゃったの……」

 どこかで転んだようで足からは血が出ている。

「そう、大丈夫よ。きっとすぐ会えるわ、お名前は?」

「マギー」

「よし、マギー、しばらく私と一緒にいようね。とりあえずはここから離れましょう」

 私はマギーに笑いかけてから抱き上げた。その時、歓声が聞こえ魔物から逃げようと動いていた人々の波が急に穏やかになった。

 ……なに……?

 私もつられて歓声の先に目をやる。他の人も同じような反応だった。中には魔物がいた方へ戻ろうとする人までいる。

「イスニア国軍だ!」

「国軍だ、国軍が来たぞ!」

「魔術師もいるぞ!」

 誰かの叫ぶ声と同時に歓声が上がりそれを聞いた人々のざわめきが広がった。そして人々は魔物のいる方へ進みだした。

 ……どうしてここに国軍がいるの?

 私も気が付けば逃げるのを忘れて歓声の先に足を進めていた。


 それは本当に国軍だった。しかも本当に魔術師の姿まであった。

 ……魔法!すごい……、本で読んだことしかない……!

 私の知る限り、この小さな町に魔術師が来た事は一度もなかった。魔法を使えるのは限られたごく一部の人間だけなのだ。私は今の状況も忘れて初めて見る魔法に見とれてしまっていた。周りの人々も皆、同じような状態だ。

 魔術師の攻撃で魔物はみるみるうちに弱っていった。

 最後の大きな衝撃を受けてふらつく。悲鳴のような咆哮を上げると魔物は膝をついた。体からは岩がぼろぼろと崩れるようにこぼれ落ちる。人々はその様子に興奮の声を響かせた。誰もが、魔物の最後を確信した。

 


 ……嘘……っ!!


 その時、魔物は倒れ込む直前に爆発を起こした。膝をついた後、上半身が大きな音を立ててはじけ飛んだのだ。初めはこすれるような小さな音が続き、次第に大きな爆発へ。はじけ飛んだ岩の塊が広範囲に広がり降ってくる。辺りは一気にパニックに陥った。

 人々は再び一斉に街の中心部へ向かって走り出した。魔物と近い距離にいた兵士たちも魔物と距離をとろうと離れだす。魔術師が空に掲げた手からは光があふれ出し、広がっていく……

 混乱の中、私も逃げ出そうとした。するとその時、今までで最も大きな爆発音が響いた。振り返ると岩が四方に飛び散るのが見えた。

 ……ダメ……、このままじゃみんなが岩に当たってしまう……。

 周りは逃げ惑う人々の悲鳴と喚声で混乱していた。

「岩が来るぞ!しゃがめ!」

「頭を守れ!」

「助けて!!」


 私はとっさにしゃがみ込み、イブを呼び出した。

「イブ!」

 声は喧騒の中に吸い込まれた。

 イブが現れる。すると同時に風が巻き起こり、周りに降り注ごうとしていた岩々は再び空に吹き戻され、魔物の下半分だった岩の塊が散乱している所まで飛ばされた。


「……」


 急に辺りに静けさが広がる。人々が恐る恐る頭を上げる中、私も抱え込んでいたマギーの無事を確認し、周りを見渡した。周りは町の人ばかりで不自然な風の正体には何の疑問も抱いていないようだった。人々は口々に助かった、魔術師のおかげだ、と喜び合っている。

 ……よかった。気づかれなかったみたい。

 まだ空に浮かんだままこちらを見下ろすイブに目で合図を送る。

 彼女はすーっと空に吸い込まれるように消えていった。


「あっ、ママだ!ママー!」

「マギー!ああ、無事でよかった!」

 腕の中の女の子が叫んだ。母親が見つかったようだった。私はお礼を言って走り出した女の子に笑顔で手を振り返す。

 あぁ、なんだか少し寂しい気分。私も貸本屋は明日にして、今日はもう教会へ帰ろうかな。

 そんな事を思ったとき、私は強い視線を感じたような気がしてふと魔術師たちがいる方へ目をやった。

 「……」

 多くの兵士たちの中、真っ直ぐにこちらを見つめる馬に乗った男の人と視線がぶつかった。


 ……何?……もしかして、見られてた?

 そう思って慌てて目を逸らす。



 でも視線を外した瞬間に、私は彼から目を逸らしたことを後悔した――――。






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