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第二章  力:アイリス

 夜、いつもなら朝まで起きないのに、不意に目が覚めた。すぐにいつもと何かが違う事に気づく。少し離れたところで、すでに起きていたロレンスとジェラルドが方膝をついて姿勢を低くしたまま剣を構えているのだ。

 なにかいる……?

 私は気配を感じて体を起こした。

「静かに」

 ロレンスが私を見て囁いた。サーシャはまだ眠ったままだった。でも、二人とも声をかけようとはしない。

 もしかして私も起きなければ、起こさないつもりだったの?それってどうなのよ、と呆れ半分でそう思いながら私は一応、サーシャを起こすことにした。

「ん……まだ…暗いよ?」

 寝起きのサーシャは目を瞬いてぼそぼそとしゃべった。

「しっ……なにかに囲まれているの」

 言うとサーシャの顔が引きつった。一度に覚醒したらしかった。彼女も慌てて体を起こす。

 闇に目を凝らすと確かに何かがいる。赤く光る眼らしきものが動くのだ。

 徐々に近づいてきて、姿を現した相手は狼のような見た目だった。20匹くらいいる群れのみたいだった。暗いせいで魔物なのかそうじゃないのかはまだ分からない。まあ、明るい所で見ても姿を見ただけでは魔物かどうか分からない事もあるから、暗いところで見て分からないのは仕方がないことだ。

 

 その中の一匹が飛び掛ってきたと思った瞬間、ジェラルドが結界を張った。私たちを覆う半球状の光の膜に勢いよく弾かれた魔物が地面に転がり、そのまま灰のようなものに変わる。それを見たジェラルドは立ち上がった。

「魔物ね」

 私も彼に続いて立ち上がりながら、地面の灰を見て呟いた。

「大したことはないな」

 余裕な口調のジェラルドの言葉に思わずふっと笑ってしまう。頼もしい限りだ。まあ確かに、この程度の結界で勢いよく弾かれる魔物なら大したことはない、と私も思っていたけど。 これはごく弱い結界で、それほど強い力があるわけじゃない。結界にも色々な種類があるのだ。

 私は呪文を唱えてジェラルドの結界のより少し外側に同じ結界を張った。あえて、一回り大きくした。そして私を見た彼に『どうぞ』という顔をして見せるとふんと鼻で笑ったジェラルドは自分の結界を消した。

 絶好の機会だと思っていた。今まで魔法を使うジェラルドを見た事がない。強いと言われているこの男の力がどれほどのものなのかやっと確認できる。結界をあえて外側に張ったのには軽い挑発と彼の度量を見る意味があった。

 ジェラルドは一人、結界の外に出た。

「えっ!?」

 サーシャが驚きの声を上げる。さっきからこの魔物に怯えているのはサーシャだけだ。

「寝ててもいいよ」

 ロレンスがのんびりした口調で言う。彼は完全にジェラルドに任せたようだった。あくびでもしそうな雰囲気だ。

「そんなこと……!」

 サーシャはジェラルドが心配で彼から目が離せないようだった。ちらっとロレンスを見て中途半端に答えると、すぐにジェラルドに視線を戻した。

 でも、サーシャの心配は杞憂に終わった。ジェラルドは一人であっという間に20匹ほどの魔物を無に帰した。


 私はそれを冷静に観察していた。

 無駄のない身のこなしだった。使った魔法は彼の属性の水の魔法。基本的な水の放出に変形とスピードを加える初級といえる程度の魔術だった。次々と襲い掛かってくる魔物を剣で交わしつつ、的確に魔法で攻撃する。水にだって物を切る力がある。使いようによっては殺傷能力の高い武器になるのだ。

 ジェラルドは大きな魔法を使わずに基本的な魔法使った。これは戦う上で大事なことだった。いかに自分の体力を使わずに相手を倒すか。魔術師は先に体力を失った方が負けるのだ。

 でも、私だったら自分を結界で守りながら大きな魔法を使って一度に攻撃するしかなかった。私には彼のように魔物の攻撃を避けるだけの剣の腕と、俊敏さがないから。

 ……やっぱりかなり強いのかも……。

 魔術師には剣術の訓練を怠ける者が多い。魔術に比べると地味だからだろう。それら両方の腕を磨いてきたジェラルドが、他の者より飛び抜けて強いのは当たり前なのかもしれない。私はそう思いながら結界を消した。

「大丈夫?怪我してない?」

 戻ってきたジェラルドにサーシャが心配そうに寄って行く。

 女の子はこうあるべきよね。こんなふうに客観的に分析している私ってなんて可愛くないんだろう、と私は内心、苦笑した。

 でも、これは私の癖だった。男社会の軍の中で上手くやっていくために身に着けた自分を守る術だ。

 軍で集団生活をしていると女であるという事は不便な事が多かった。女であるだけで見くびられる、馬鹿にされる。そんな事は日常茶飯事だった。初めは驚いて悲しんだり、必死に食って掛かったりもした。今もう慣れたし今更何とも思わない。逆に、心の中でその男を軽蔑する余裕がある。そんな男に限って魔術の力で女である私に負けたりなんかすれば、嫌がらせをしてきたりするのだ。

 だから私は出会ったらなるべく早いうちに相手の性格と力を見極める力をつけた。どの男なら頼りになるか、全力でぶつかっても後腐れがないか、何をすればプライドが傷つくのか。訓練の時に相手を負かしたりして面倒な事になるのはごめんだった。変な噂を立てられたりすればもっと困る。私は反対する親、兄弟を説き伏せてやっとの思いで軍の魔術師になったのだ。問題を起こしたら家に連れ戻されるに決まっている。

 そんな面倒な事になるくらいなら自分の力を偽って相手を勝たせる事なんてなんともないことだった。そんな些細な事で私のプライドは傷ついたりしない。心の中では思いっきり相手を馬鹿にしてはいるけれど。

 本当はお世辞やおべっか、上辺だけの作り笑いが誰よりも苦手な子供だった。そのせいで社交界にも馴染めなかった。だからできるだけ社交界から遠ざかりたくて軍に入ったのだ。

 でも、可笑しなことに、何よりも苦手だと感じでいたポーカフェイスやお世辞、遠まわしな言い方に皮肉。それらを同じ魔術師らと付き合うようになって学ぶことになった。魔術師には貴族の出身の者が多いのだ。

 人生ってなにがあるか分からない。今では相手の心を読み取って、自分の胸の内を隠すことが日常になってしまっているのだから。

 人付き合いをひどく苦手としていた小さな私はもういない。



「アイリス、どうした?」

「ううん、なんでもないわ」

 気付けばみんなは焚火の周りに腰を下ろそうとしていた。私も適当に座る。眠気はすっかり飛んで行ってしまっていた。サーシャも同じらしかった。ジェラルドの無事を確認して安心した彼女は魔法について熱心に質問している。

 村を出てから、サーシャは魔法の練習を始めていた。と言ってもまずは文字を覚えることを始めたに過ぎないのだけれど。

 サーシャに魔法の才能があるなんて、本当に驚きだった。町の人にもそれなりに魔法の才能は備わっているのかもしれないと言う事なのだ。ただ、その事を知らないだけで。

 それにしても、魔術師でもあまり数が多くない治癒の属性。サーシャには驚かされてばっかりよね……。

 そんな事を思いながら、私はぼうっと焚火を見つめていた。私にはこの四人の空気が心地よかった。お互い変に気を遣いすぎるという事がない。ここでは作り笑いをしたりお世辞を言う必要がないのだ。サーシャとはもう遠慮の必要ない仲だし、男二人は頼りになる。

 ジェラルドはどちらかと言えば顔や態度に出るほうだと思う。さっき確認したことだけど、彼より大きな結界を張っても鼻で笑っただけで嫌な感じはしなかった。どうしようもない男の中にはそれに腹を立てたり、余計な事をするなと憤る者もいる。

 ジェラルドがどんな環境で育ち、どんな教育を受けてきたのかは分からない。貴族以外の者が子供の頃にどんな教育を受けるのかは私も知らないし。でもこれで、少なくとも、ジェラルドが女を見下すような男ではないということだけははっきりと分かった。

 ロレンスのことは昔から知っている。彼は誰とでも上手くやっていける人だ。そういう意味では、彼は私よりもずっと上手うわてだった。ロレンスだけは、あの笑顔の裏で何を考えているのか読めないのだ。昔からずっと誰よりも完璧な『貴族』をしている彼には私のここ数年の努力なんかじゃ到底、太刀打ちできない。

「疲れなかったか?」

「ううん、私結界魔法は得意なの。平気よ」

 私は攻撃魔法より防御の魔法の方が得意なのだ。

「それは頼もしいな」

 ロレンスは軽く笑った。

「ねぇ」

 私はさっきロレンスがジェラルドに全く力を貸そうとしなかったのを少し不思議に思っていた。ロレンスなら手を貸そうか、くらい言うはずだと思っていたのに。たとえ断られると分かっていたとしても。

「あなたとジェラルドって知り合ってどれくらいになるの?」

「やっと私たちに興味を持ってくれるようになったか。アイリス、遅すぎるよ」

 いつもの調子だった。

 でも、こんな事を言いながら自分の事をほとんど語ろうとしないのはロレンスの方なのだ。だから私も今まで聞こうとしなかった。

「冗談言ってないで。教えてくれないの?」

「いいや、知り合ったのは私が18の時だ」

 8年も前だ。

「結構昔なのね。ジェラルドは昔から一人で戦うのが好きなの?」

 これでロレンスは私の聞きたいことが分かったらしかった。なるほど、という顔をしてから首を横に振った。

「私は軍を指揮している姿しか見たことがないから本当のところは分からないが。ジェラルドは昔から誰よりも強かった。さっきの魔物くらいなら剣でも倒せたが、わざわざ私が出て行かなくても十分だろうと思って任せたんだ」

 ロレンスが誰よりも強いというのなら、ジェラルドの力は相当なものだ、と私は改めて思った。ロレンスは冗談で大げさな言い方をするけど、大事な事は誤魔化したりしない。

「そう。ジェラルドは昔からずっとあんな感じなの?」

 私は焚火の反対側で、何が分からないのかぽかんとした顔をしたサーシャに本を指差して説明しているジェラルドを顔で示した。

「いや、出会った頃は私がよくからかわれていたよ」

「本当?今とは逆だったの?」

「あぁ、18の時だろう。私はまだ世間知らずなお坊ちゃんだったんだ。だが、彼はもう軍の指揮官で多くの部下がいた。……彼は女性の扱いも下手ではなかったはずだよ」

 そう言うとロレンスは内緒話を打ち明ける子供のような目つきで私を見た。

 なんだか意外すぎて信じられない。

「嘘でしょう?じゃあ、今はどうなってるの?」

 するとロレンスは笑い顔になった。

「さぁね、少し調子が狂っているんじゃないか」

 私は、あぁ、サーシャってすごいわと心の中で感心してしまった。私が答えないと分かったらしいロレンスは続ける。

「あの男が元の調子を取り戻したら厄介だぞ」

 そのロレンスの本気で嫌そうにしかめられた顔を見て、私は呆れ笑った。

「おい、人の前で堂々と噂をするのは止めたらどうだ」

 笑っていた私たちをジェラルドがいい加減にしろという顔をして見ていた。

「聞こえてたの?」

「自分の名前は嫌でも聞こえてくる」

「褒めてたんだよ」

 ロレンスが適当に丸め込もうとする。

「そうよ」

「どうだかな……」

 ジェラルドは続けて何かを言おうとして、横のサーシャが持っていた本で口元を隠しあくびをかみ殺しているのに気付き、言うのを止めた。そして、サーシャを覗き込んだ。

「もう寝ろ。続きは明日だ」

「えっ、私まだ大丈夫よ」

「いつもならとっくに寝ている時間だろう。明日に響くぞ」

「でも……」

「でも、じゃない」

 なんだか子供とそれを寝かそうとする父親のような会話だ。でも、私も笑っている場合じゃないと気づく。今が夜中だという事をすっかり忘れかけていた。

 ジェラルドに逆らえないサーシャは渋々といった様子で本を袋にしまい込んでいる。

「おやすみなさい」

 そう言ってから、彼女はローブに包まって横になった。

「私も寝るわ」

 ロレンスに告げて少し距離を取る。

 別に特別に意識しているわけじゃないけれど、寝顔を見られるのは恥ずかしい。

「おやすみ」

 静かに言ったロレンスに返事をしてから私もローブに包まって横になった。ローブの中に隠れるように小さくなる。大きく揺らいだ炎の影を見て、背を向けた焚火にどちらかが薪をくべたのが分かった。

 野宿の時、ロレンスとジェラルドが座ったまま寝ているのを知っている。きっと、他の男と旅をしていたなら、私も座って寝る事を選んだだろう。でも、この二人なら大丈夫。私は何故か初めから根拠もなくそう信じられた。

 この四人なら、何があっても大丈夫だ。

 そう思い目を閉じると、じんわりとした暖かさが胸に広がっていくような気がした。






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