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第二章  頭痛

 ガタガタという音で目が覚めた。外はまだ嵐だ。光が入って来ない部屋は薄暗い。

 今、何時くらいなんだろう……。

 そう思ってはっと飛び起きた。

「……痛っ……」

 その瞬間、目の前が揺れるような気分とひどい頭痛がして私は再び枕に沈んだ。

 ……お酒だ……。

 そうだった。昨日の夜は意地を張ってお酒を飲んだのだ。でも、それからどうなったの?

 覚えてない……。

 私は天井を見つめて真っ青になった。まさか喧嘩したりしてないわよねと不安になり、どこにそんな相手がいるのよ、と冷静に自分に言い聞かせる。服も着替えないまま寝てしまったみたいだ。恥ずかしい事をしていたらみんなに合わせる顔がない。私はしばらくの間、ぐずぐずとベッドの上で悩んでから、頭痛を堪えて下に降りた。

「サーシャ!」

 よろよろと階段を降りた途端、アイリスの声がキーンと頭に響いた。

「しー、頭が痛いの」

 顔をしかめて情けなく小声で返す。私を見たアイリスははっと口を噤んだ。

「ごめんなさい。大丈夫?」

 そのまま一番近いリビングのソファーに腰を下ろした。そう言えば少し胸もむかむかする。

「はい、お水飲んで」

 静かに渡された水を飲む。幸い、男性二人はリビングにいなかった。

「サーシャ、おはよう!ご飯食べるでしょ?」

 食堂に繋がるドアから明るく顔を覗かせたマリーの声がまた頭にキーンと響いた。

 アイリスが苦笑いしたのが分かった。

「……ごめんなさい。いらないわ」

 こめかみを押さえて弱弱しく答えた私を見たマリーがやって来た。

「飲みすぎたの?情けないわねぇ」

 その通りだった。答える元気もない。

「初めて飲んだのよ。私たちも調子に乗って飲ませすぎたわ」

 代わりにアイリスが答えてくれた。マリーが呆れたように笑った。

「ご飯食べた方がいいわよ。食べやすいもの用意するわ」

 去っていくマリーを見て今のうちに聞いておかなくちゃと思う。

「ねぇ、私どうなったの?変なことしなかった?」

「覚えてないの?」

 アイリスが小声で驚いたように言う。

「全然。ねぇ、大丈夫だった?」

 それを聞いて何を思い出したのかアイリスがくすくす笑った。

「笑ってたわよ。何が面白かったのかしらないけど。で、それが落ち着いた後はそこの植木鉢としゃべっていたわ」

 彼女は窓のふちに置いてある小さな植木鉢を指差した。

 植木鉢……!?

 アイリスは目を見開いた私を確認してから更に続ける。

「それを見たジェラルドがもう寝ろって言ったんだけど、嫌だって駄々をこねて散々困らせた挙句、ソファーで寝たの」

「本当?」

 あぁ、消えてしまいたい……。

 私の悲痛な顔を見たアイリスは複雑な表情で頷いた。

「ジェラルドがベッドまで運んでくれたわよ」

 どんな顔をしてジェラルドに会えばいいの……。

 泣きそうになりながらアイリスに縋りつく。

「どうしよう……。アイリス、ジェラルド怒ってた?」

 すると何故かアイリスは笑いを堪えるような顔になった。

「困っていたわ」

 また迷惑をかけたんだ。私は本当に消えてしまいたいと思った。何があっても動揺しないジェラルドを困らせるなんてどんなに酷い事をしたのか。自分自身が恐ろしい。逆に覚えていなくてよかったのかもしれない。

 あぁ、今日、朝が来なければ良かったのに……。

 私はお酒を飲んだことを心から後悔した。もう二度と飲まない。

 そのままソファーにうずくまっているとマリーが呼びに来た。

「ちょっと、大丈夫?しっかりしなさいよ、早くご飯食べなさい」

 まるでおばあちゃんのような口調のマリーに言われるがまま、なんとか出されたものを口に入れる。でも、不思議な事に食べ終わると胸のムカつきは収まった。そしてアイリスに薬湯をもらったおかげで頭痛も徐々に楽になった。

すると今度はますます昨日の失態が思い出された。まだ会っていない二人の反応を想像するのが怖い。

 なんて言えばいいの……。

 マリーによるとまだ二人は降りてきていないみたいだった。こんなに遅いなんて初めてだ。私は早く起きる方だけど、ジェラルドの方が私よりも早い。彼は夜も一番遅いのにだ。

 それがまだ起きてこないなんて。疲れたのは私のせい?

 そう思うとまた消えてしまいたくなった。私は酔って騒いだにしては早く目が覚めたらしかった。アイリスもお酒を飲んだ次の日は逆に早く目が覚めるらしい。



 しばらくして落ち着いた私はリビングの窓際に立って植木鉢を見つめていた。

 ……昨日私とどんなお話をしたの?

 心の中で聞いても小さな植木鉢は答えてくれない。

「サーシャ?」

 その声にばっと振り向く。急に動いたせいでまた頭が微かに痛んだ。リビングの入り口にはいつの間にかロレンスが立っていた。ロレンスは軽く笑みを浮かべて近づいて来る。

「また話していたのか?」

 からかうような言い方に顔が赤くなるのが分かった。

「あの、迷惑かけてごめんなさい……」

 下を向いて謝る。恥ずかしくて合わせる顔がない。ロレンスはぽんと私の頭に手を置いた。

「調子に乗って飲ませた私たちも悪かったよ。頭痛くない?」

 もう大分収まった。私は顔を上げて首を振ってみせた。すると目が合ったロレンスはくすりと笑った。

「酔ったサーシャはなかなか可愛かったよ」

「……ご、ごめんなさい……」

 恥ずかしさのあまり涙目になった私はロレンスを直視できなくなり俯いた。そして何か言わなければと焦り、思わず謝ってしまったのだ。情けない私を見た彼は苦笑いして「ごめん、意地悪しすぎたね」と言って抱きしめてくれた。



「ジェラルドは?」

 しばらくしてロレンスの前でも落ち着きを取り戻した私は一番気になることを聞いた。

 恐ろしい事に、彼はまだ起きてこない。

「今日はゆっくりすると言ってたよ」

「起きているの?疲れているのは私のせい?」

 ロレンスは僅かに複雑な表情をみせた。

「もう起きていたよ。部屋にいるだけだ」

「ジェラルド、怒ってる?」

「何に?」

 今度は不思議そうな顔をした。

「私に。昨日私、ジェラルドに一番迷惑かけたんでしょう?」

「あぁ、そんな事を心配していたのか。怒ってないよ」

 会って来たら、と言われ私は恐々こわごわジェラルドのいる部屋に向かうことにした。

 そう、いつだって謝るのは早い方がいいもの……。




「サーシャです。今いい?」

 私はちゃんと謝る言葉を頭の中に準備して扉を叩いた。

 すぐにベッドの軋む音と床板を踏みしめる音が聞こえて、扉が開いた。

「どうした?」

 …………っ!!

「あ、ああ、あの……、その……」

 ジェラルドの姿を見て、私は頭に用意していた言葉がすべて飛んでなくなった。視線が定まらない私は挙動不審そのものだ。分かってはいても、恥ずかしくて顔を見上げられない。でも、目の前の胸も見れない。

 彼はしばらくして私の動揺している理由に気づいたらしかった。「ちょっと待っていろ」と言うと部屋の扉を閉めた。


 ……は、裸……。


 正確には上着に袖を通しただけ、だ。でも、男の人の体なんて初めて見た……。

赤くなっているはずの顔に手を当てて廊下の壁にもたれ掛かった。自分の心臓がすごい速さで動いているのが分かる。

 ……見てもよかったの……?

 ジェラルドは私に見られても平然としていた。結婚した男の人以外に裸を見られるのはダメだっておばあちゃんに言われていたのだ。私が見るのはいいの?

 それにしても、私とは全然違う……。

 その衝撃に今見てしまった体を忘れられそうになかった。硬そうで引き締まった胸とお腹。あれが、逞しいってこと……?後でマリーに聞いてみよう。きっと彼女なら教えてくれる。

 がちゃっという音がして扉が開く。私は慌てて姿勢を起こした。気づけばジェラルドの事ばかり考えている自分に気付いて、私は改めて恥ずかしくなった。

「悪かった」

 出てきたジェラルドはもう上着のボタンをすべて閉じていた。

 どうしてさっきは開いていたのよ……、と思うとなんだか泣きたい気分だった。

「なんだ?」

「あの、昨日の事で……」

 私は辛うじて彼の喉元まで顔を上げて話していた。でもダメだった。今は気まずくって目を見て話すなんて無理だ。

「あぁ……」

 そこまで聞くと彼は私の言いたいことが分かったようだった。

「下で話そう」

 さっと先に立って廊下を歩いていく。


 とんでもない事になってしまった。

 ジェラルドの後ろ姿を見て廊下を歩きながら、私はまだ落ち着かない胸を押さえて必死に落ち着くようにと言い聞かせた。




☆どうでもいい後書き☆


なんだかとんでもない事になってますね……(他人事)。

二人はどこに向かっているのやら(笑


それにしても、お酒→頭痛とくるサブタイトルのなんと捻りのないことか。本編読まなくても話の流れが分かるっていう……。



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