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第二章  小さな違和感



 朝だ……。

 そっと目を開けると燃え尽きた焚火が目に入ってきた。それを見た瞬間に昨日の夜の出来事が頭の中に蘇る。焚火の炎の向こう側で私を見ていたジェラルドの真剣な眼差し。

 可愛いって……言われた。

 思い出した瞬間にまた顔が赤くなるのを感じて私は慌てて目を閉じた。誰にも気付かれないように眠っているふりをする。昨日も結局どう返したいいのか分からなくてとりあえず膝を抱えて顔を隠すように下を向いていたらそのまま眠ってしまったらしかった。座ったままのはずだったのにいつの間にかちゃんと横になってローブに包まっている。

 どうしてあんな事言ったんだろう……。

 しばらくそのままの状態で、起きてからどんな顔をすればいいのかを考える。

 誰かが遠ざかるような足音で再び目を開けた。このままずっと寝たふりをしてるわけにもいかない。体を起こして音の先に目をやるとロレンスの後姿が遠ざかっていくのが見えた。多分用を足しに行くのだと思って目を戻す。するとジェラルドとばっちり目が合った。

「……おはよう」

 言ってから、普通に話しかけた自分に驚く。習慣ってありがたい。

「ああ」

 いつもどおりの素っ気ない返事が返ってきて、座っていた彼は立ち上がった。そのまま焚火のところへ行って燃え跡を足で踏みつける。

 その音でアイリスも目を覚ましたらしかった。もぞもぞと動いてから体を起こすと立っているジェラルドを見上げてから私を見た。

「おはよう」

「うん、おはよう」

 ……いつもと同じだ……。

 ほっとしているとロレンスが戻ってきた。

「すぐ向こうに小川があった。水を汲みに行くついでに朝食は向こうで取ろう」

 その言葉に私とアイリスはのっそり起き上がり、ローブの汚れを払う。今日は珍しく曇り空だ。風も少し強め。厚い灰色の雲に覆われて空気もかなり湿っている。

 雨が降りそう……。

 先に立って歩き出したロレンスの後姿を見て、焚火の跡を消しているジェラルドを振り返った。私の視線を感じたらしい彼は顔を上げる。

「先に行っていいぞ」

 それを聞いて私は歩き出した。

 やっぱりいつも通りだ。きっと、可愛いって言ったのは怒っていた私をなだめるためか冗談だったんだ。悩むことなんてなかったじゃない。それに気付いて急に気分が晴れた私は足取り軽くロレンスとアイリスを追って駆け出した。



 久しぶりの雨だった。

 歩き始めてしばらくしてぽつぽつと降り始めた雨はどんどん強くなっていった。風も強くなる一方だった。雨に降られると夏でも肌寒い。私とアイリスは頭からすっぽりローブを被っていた。髪が濡れるとややこしいからだ。

 夕方には大雨になり、ちょうどその頃私たちは村に着いていた。小さな村だけれど一軒だけ宿屋があった。

「ひどい天気ね。大変だったでしょう?」

 宿に入るとそこの娘さんらしい私と同じ年くらいの女の子が迎えてくれた。私たちは全身ずぶ濡れだった。

「ほんと、暑いのも困るけどこれも困るわ」

 アイリスがローブのフードを脱ぎながら愚痴を言う。そんなアイリスの後ろに立ったロレンスは何も言わずにローブを外すのを手伝っている。当然のような慣れた手つき。

 それを見て、やっぱりロレンスは王子様なのかもしれないと改めて思う。ロレンスはまだ顔も髪も雨に濡れたままだ。

「脱がないのか?」

 私はその声で我に返った。私はまだフードも被って突っ立ったままだった。フードを脱いで前の革紐を解くと後ろからジェラルドがローブを取ってくれた。ずぶ濡れの外側が私の着ている中の服に当たらないように。彼も手馴れている。

 ……ジェラルドも王子様だったの……?

 なんだか思考が混乱していると思った。自分でも何を考えているのかよく分からなくなってぼうっと見ているとジェラルドは手にした濡れたローブをそのまま器用に折り畳んで自分の腕にかけた。ジェラルドの短い黒髪もまだ雨に濡れていて落ちた水滴が頬や首筋を伝う。

 なんだか、いつもと違う人みたい……。

「なんだ?」

 怪訝そうな顔を向けられて、ジェラルドを見つめていた自分に気づいた私は慌てた。目を逸らして、なんでもないと首を振る。

「ありがとう」

「タオル使って」

 宿の娘さんの差し出したタオルで顔と髪を軽く拭いたジェラルドとロレンスは自分でさっとマントを外した。

「部屋は二つでいいかしら?」

「ああ」

「こっちよ」

 ジェラルドはいつものように先に立って歩き出す。

「ねぇ、私のローブは?」

 彼が持って行ってしまったのだ。隣のアイリスに聞く。

「宿の人に預けるんでしょ」

 アイリスもローブを持っていない。前を歩くロレンスが自分のマントと一緒に腕にかけていた。

 ……あ、そうか。乾かしてもらうため。

 そこでようやくその事に気付く。いつも宿に泊まったらそこで洗濯等もしてもらっている。

「なによ?大丈夫?」

「うん……」

 何かがおかしい。でも、どうおかしいのかはよく分からない。自分でも説明できない小さな違和感が胸の中に生まれていた。



「どうぞ」

 目の前にお茶が置かれる。見ると宿の娘さんが笑顔で隣に座った。

「ありがとう」

 私も微笑み返す。一度部屋に案内されてから私は一人食堂に下りてきていた。なんとなくだ。みんなはまだ部屋にいる。

「どこから来たの?」

 同い年くらいの彼女は私に興味を持ったらしかった。

「エルンよ」

 もう何度も答えた答えだった。

「遠くから来たのね。南の方の大きな町よね?私はマリーヌよ。マリーって呼んで。ここの一人娘なの」

 はきはきしたしゃべり方で親しみの持てる笑顔。仲良くなれそう。

「私はサーシャよ。短い間だけどよろしくね」

「ずっとここで色々な人を見ているけど、あなたみたいな人が来るのって珍しいわ。町の人でしょう?やっぱりどこか雰囲気が違うわね。あなたも綺麗だけど、あなたの旦那さんもすごく素敵ね」

 マリーは私を感心したように見ると納得したかのように何度か頷いた。

「えっ?私のなに?」

 本当はエルンの生まれじゃないんだけど、と思いながら聞いていた私は最後の言葉に驚き、聞き違いかと確認した。

「あなたの旦那さんよ。素敵な人ね」

 彼女は悪意のない笑顔でにっこりした。

「わ、私、結婚してないわよ!」

 慌てて否定しながら、前にも言われたなと頭の隅で思う。

「そうなの?てっきり夫婦なんだと思ったわ。ごめんなさい」

「私と誰がそう見えたの?」

 何故か怖いもの見たさの心境だった。恐る恐る聞いた私にマリーはあっさり答えた。

「あの背の高い黒髪の人よ」

 ジェラルド……。

 今、自分はどんな顔をしているんだろう。すごく複雑に思っている自分がいた。周りにはそんなふうに思われているなんて。

 妙に恥ずかしいような、かゆいような……?なんて言ったらいいのか分からない。

「どうして?」

「そうね……、あの金髪の綺麗な人ともう一人の女の人の雰囲気がどことなく似ているからかしら。四人だし、だったらあなたたちもそうなのかなって思って」

 それって、なんとなくって事?それを聞いてますます複雑な気分になる。

 でも、ロレンスが綺麗な人って言われた事がなんだか可笑しい。

「二人も夫婦じゃないわよ」

 笑いながら言うとマリーは驚いた顔をした。

「そうなの?じゃあ、みんな特に関係がないのに旅をしてるのね。ますます珍しいわ」

 そう言われるとどう返していいのか分からない。でもマリーは返事がないことを気にしていないみたいだった。

「あの黒髪の人、なんていう名前なの?」

「ジェラルドよ」

「彼は結婚してるの?」

「……えっ?」

 意外な質問にたじろぐ。

 そうだ。私は結婚していないし、私とジェラルドも結婚していない。

 でも、もしかしたらジェラルドは結婚しているかもしれない。それにロレンスも。

どうして今までその事に気付かなかったんだろう。お城には奥さんがいるかもしれないのだ。彼だってとっくに結婚していてもおかしくはない年齢だ。

 そしてそこまで考えてまた気付いた。

 ……年齢って……、ジェラルドって何歳……?

 こんなにも一緒に居るのに私は彼の事を何も知らない……。

「ごめんなさい。知らないわ」

 急に落ち込んだ私に驚いたのか、マリーは少し慌てた。

「嫌だ、私何かいけない事を聞いたかしら?」

 それを聞いて私はますます落ち込んだ。自分が悪いのにマリーを慌てさせるなんて。

「ううん、ごめんなさい。なんでもないの。どうして気になるの?」

「あなたは気にならないの!?彼すごく素敵じゃない!」

 マリーはきらきらした目だ。私はそれにびっくりして思わず聞いてしまっていた。

「素敵?怖くないの?」

 聞いてしまってから、ジェラルドに失礼だわと心の中で彼に謝った。なんだか今日の私はぼやっとし過ぎている。

「一緒に旅してるのに彼が怖いの?私はいろいろな旅の人を見てきてるけど、もっと怖い人なんていくらでもいるわよ」

「い、今は怖いと思ってるわけじゃないけど……」

 私はもごもごと言い訳した。

「ねぇ、どこが素敵なの?」

 さっきからずっと気になっていたことだ。ジェラルドを見て素敵だと言い切るマリーはすごいと思う。

 彼女は明るく笑った。

「あなたは全然そうは思ってないって感じね。ええっと、そうね……、落ち着いてて大人の男って感じがするわ。それに逞しいじゃない?腕とか胸とか。すごく強そう。あと、ちょっと鋭い目も男らしいし。鋭いけどすごく綺麗な青い目よね」

 うっとりと話すマリーを私はぽかんと口を開けて見ていた。やっぱりマリーってすごい。彼女にしてみればジェラルドの目はちょっと鋭いだけなんだ。

 でも確かに、ジェラルドの瞳はすごく綺麗な明るい青色だと思う。眼が合うたびにそう思っていた。今まで旅する中で多くの人を見てきたけど、彼ほど綺麗なブルーの目の人にはまだ会ったことがない。

 ……そ、そうじゃなくて!

 なんだか自分がとんでもなく恥ずかしい事を考えていたような気がして、思わず頭を振ってその考えを追い払う。

「まあ、お茶入れましょうか?」

 マリーの明るい声でふと目を上げる。食堂に入ってきていたのはジェラルドだった。

 ……わ……っ!!

 気付けば、私は隣で立ち上がったマリーと一緒に立ち上がっていた。

「あら、どうしたの?」

 マリーに不思議そうな目を向けられて、私はゆっくりと腰を下ろした。

 私が立ち上がる必要なんてないじゃない……。

「ううん、何でも」

 誤魔化すように言って笑うとマリーは「ふーん」と言って軽く笑みを浮かべて二、三度頷いた。




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