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第二章  仲直り:ロレンス

「ちょっとサーシャ、そんなに怒らなくてもいいじゃない」

「別に、怒ってないわ」

「笑ったのは君が面白かったからじゃないんだ」

「いいのよ、本当に」

「もういい加減に機嫌直して?謝ってるじゃない」

 私とアイリスは歩きながら、サーシャをなだめるのに必死だった。

 彼女は完全に怒っていた。笑わないし、目を合わせようともしない。全員に笑われたがよっぽど堪えたらしい。笑いが治まらない私たちに向かって「そんなに笑わなくてもいいじゃない!」と怒ったように言ったのが最後だった。

 あれが昼前だったからもう結構前になる。空はもう夕焼けから薄い闇色に変わろうとしていた。

 本当にサーシャが面白くて笑ったわけではないのだ。あのジェラルドの発言だ。あれで、好奇心で目をきらきらさせたサーシャとその後を嫌々ついて行くジェラルドの姿が頭に浮かんだのだ。

 この男が娘の言いなりとは、な……。

 旅を始めるまではこの男のこんな一面を知ることになるとは夢にも思わなかった。軍の男たちがこれを知ったらどう思うだろうか、と考えればまた笑いが込み上げて来そうになる。

 しかし、笑っている場合ではない。今はサーシャの機嫌を直す事が先だった。

 サーシャが怒ったのは初めてだった。ずっと素っ気ない態度の彼女は見ていて楽しくない。4人の空気がどうしても沈んでしまうのだ。

 それにどうも、彼女も怒ってしまった手前、引っ込みがつかなくなってしまったらしい。謝り続けている私たちがいけないのかもしれないが、許すタイミングを見失ってしまったようだった。やや困惑しだしたのが窺える。


「今日はここで休む」

 その言葉にとりあえず、私たちは野宿の準備を始める事にした。なんとなく決まったことだが、焚火の準備はジェラルドとアイリス。食事の準備はサーシャと私だった。これはチャンスだ。

「サーシャ、果物を集めに行くだろう?」

 普通に問いかけた私に彼女は少しほっとしたような表情をみせた。

「ねぇ、私も行くわ」

 ジェラルドに焚火の準備を委ねたらしいアイリスが近づいて来る。彼女も許してもらう機会を探しているらしい。

 私たちはジェラルドを残しその場を離れた。探し始めてすぐにブラックベリーとグミを見つけ、しばらくの間、それぞれが目に見える距離に散らばって黙って実を集めていた。

 私はそっとサーシャに近づき、後ろから声をかけた。

「サーシャ、そろそろ許してくれないか?」

 振り向いた彼女は気まずそうな顔をした。何を言おうか少し迷うように瞳を揺らしてから口を開く。

「……どうしてみんな笑ったの?」

「君の言葉とジェラルドの印象の違いが面白かったんだ。君が可笑しかったからじゃない。アイリスも同じだと思うよ」

「そう……。でも、本当に可愛かったのよ」

 サーシャは真剣な表情で再び小人の可愛さを訴える。彼女は小人が好きで仕方がないらしい。その子供のような無邪気さに頬が緩んだ。

「見れなくて残念だったよ。今度出遭ったら教えてくれる?」

「うん」

 嬉しそうにはにかんだ彼女を見て、君の方がよっぽど可愛いよ、と思う。

「サーシャ」

 アイリスも珍しく神妙な顔をしている。

「ごめんね?」

 サーシャはそれに首を振りながら答えた。

「もういいわよ。私も、ずっと怒っててごめんなさい」

「よかった」

 近づいて来たアイリスとサーシャは軽く抱き合った。



「ねぇ、じゃあどうしてジェラルドは笑ったの?」

 帰り道、突然サーシャが思いついたように言った。

「さあ、どうしてだろうな」

 私はあえてとぼけて見せた。もちろん、理由は分かっている。怒ったサーシャが可愛かったからだ。だが、彼は今まで一度も謝っていない。ずっと自分には関係ないという顔をして一番前を歩いていたのだ。

 あの男が自分で蒔いた種だ。私が世話してやる必要はどこにもない。

 私の言葉を聞いたサーシャは困惑した顔で考え出した。それを見て、私の意図に気づいたらしいアイリスが呆れたように見上げてくる。

 私はそれに肩をすくめてみせた。生憎、男に優しくする精神は持ち合わせていない。

 果たして、あの不器用な男がどのように謝るのか。これは見物だなと思った。


 案の定、サーシャのジェラルドに対する態度はどこかぎこちなかった。彼もその事に気づいてはいるらしいが触れられないようだった。私たちに対する態度が元に戻っているせいでなお更だろう。

 さすがにこの空気では謝りにくいか……。

 少し気の毒な気分なっている自分に気付いて心の中で苦笑する。どうも完全に高みの見物とはいかない性格らしい。

「このままでいいのか?」

 ジェラルドに何気なく近寄り小声で話しかける。女性二人は焚火を挟んだ反対側にいた。薬草について熱心に話し合っている。

「いいわけあるか」

「謝らないと許してもらえないぞ」

「…………」

 沈黙の後、森の闇に視線をやったジェラルドは大きな溜息をついた。

「悪かった」

 考え込んだのかと思ったら、突然、焚火に向かって声をかけた。よく通る低い声が静かに響く。

 もっとスマートな方法はなかったのか……。

 一瞬呆れたがすぐに思い直した。

 ……いや、この方がこの男らしいか。

 サーシャはぽかんとこちらを見て、しばらくしてからようやく自分に対しての言葉だと気づいたようだ。戸惑ったような表情でゆっくりと口を開いた。

「ジェラルドはどうして笑ったの?」

 すると、サーシャの側のアイリスが笑いを堪えるような表情になった。ジェラルドには予想外の質問らしかった。僅かに目を見開いた後、口元に手を当てた。いつも冷静な受け答えのこの男が必死に言葉を探している。

 ……これは珍しい。

 私も密かに笑っていた。


「サーシャが可愛かったからじゃない?」

 しばらくの沈黙の後、アイリスが中途半端な救いの手を差し伸べた。まるっきり他人事のような口調。さすが、彼女だ。

「可愛いから笑うなんて、そんな事あるわけないでしょう!」

 サーシャはそれはおかしいという横目でアイリスを見ている。確かに、なかなか説明し辛いかもしれないなと思う。サーシャには分からないだろう。

「いいや、アイリスの言うとおりだ。可愛かったから笑った」

 突然放たれた言葉に驚き、隣を見て更に愕然とする。彼の表情は真剣そのものだった。

 四人の間を沈黙が支配した。ジェラルドが乗ってくるとは思っていなかったのだろう。アイリスまで驚いた表情のまま男を見て動きを止めた。

 焚き木のはぜる音だけがやけに鮮明に聞こえている。

 まさか、ここまではっきり口にするとは……。

 開き直ったのか。焚火を挟んで顔を見合わせた私とアイリスは呆れるしかなかった。


「可愛かったから笑ったんだ。許してくれるか?」

 何を思ったか、しばらく待っても返事がないと知ったジェラルドは再び可愛いを繰り返した。しかし、甘い言葉とは裏腹に言ってサーシャを見るその表情は真面目なまま。側で聞いているこちらの方が恥ずかしい気分になる。

 全く、この男は……。

 思わず息をついて髪をかき上げる。このきっかけを作り出した自分を呪いたいような気分だった。

 追い詰められた可哀想なサーシャは赤い顔で頷くのがやっと。こんな言われ方をされて許さないと言えるわけがない。だが、これでは想いを告げたのと同じようなものだった。

 仲直りどころか、これで明日からも普通どおりやって行ける方がどうかしている……。

 気まずい沈黙が支配する中、私は二人の明日を心配した。





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