第二章 小人
眠れなかった不安はルークとリリーが一緒に来ていたことで杞憂に終わったのだった。私は見送りに来てくれたエリックに驚くほど普通にお別れを言うことができた。彼も私を好きだと言ったことには触れなかった。
……はぁ……。
疑問だけが残った。どうして、好きだって言ったの。すぐに離れ離れになると知っていたのに、どうして。それは日常のふとした瞬間に胸を過ぎった。気にする必要なんてないはずなのに何故か不意に思い出す。あの時のエリックの切なげな目とどこか悲しそうな表情を思い出すたびに、理由の分からないわずかな罪悪感が込み上げるのだった。
恋って難しい……。
私は夏草が勢いよく生い茂る足元を見て、密かにため息をついた。
あれからもう二週間ほどが経ち、4つか5つの村を越えていた。
お昼前ごろ、森の奥の方で何かが動いたような気がして私は目を凝らした。そして、少し近寄ってその正体を知った私は興奮を抑え切れなかった。
……小人が…歩いてる……!!
三人の小人が一列に並んで森の奥へ入っていくところだった。
私は驚きと感動に目を丸くした。遠くからだからはっきりは言えないけど、背丈は私の膝ぐらいしかないと思う。お揃いの赤いズボンに茶色の上着を着て黄色い帽子をかぶっている。それぞれ手に籠のようなものを持っていた。
休憩しているみんなから離れて、こっそり追いかけようとした私は思ったとおり、ジェラルドに気付かれてしまった。
「どこへ行くんだ?」
近づいて来た彼は呆れたように半分目を伏せている。
「しー、小人がいるの」
指をさして、相手に気づかれないように囁く。
「小人?それがどうした?」
私の横に立ったジェラルドは指差す先を見て怪訝そうな顔をした。
それがどうしたって……。
彼は全然興味がなさそうだった。
「小人よ?」しつこく訴えてみる。「どこに行くのか気にならない?」
そう言っている間にも小人たちは森の奥へ入っていく。私の訴えを聞いたジェラルドはなんだかめんどくさそうな顔をした。
初めて本物の小人を見たのだ。子供の頃のおとぎ話の登場人物。まさか本当にいるなんて。彼らについて行ったら本物の小人のお家を見ることが出来るかもしれない。本当におとぎ話の通りなんだろうか。こんな機会はもう、ないかもしれない。
このままじゃ見失っちゃう……。
ジェラルドが何も言わないのをいいことに、私は小人たちの後にこっそり着いて後を追い始めた。ジェラルドが後ろから渋々ついて来ているらしいのが分かった。
どれくらい進んだんだろう。
森に突如として現れたのはすごい大木だった。町の建物のように太くて大きな木。その木の洞に、小人は家を作っているみたいだった。上のほうには窓のようなものもある。
三人の小人は木の幹に取り付けられた赤い小さな扉を開いて、並んで中へ消えて行った。
……すごい。木の中に住んでいるんだ……。
疑問が解決した私は大満足だった。感心の溜息と共に彼らの家を目に焼き付ける。
おとぎ話の中では小人たちは木の家に住んでいた。そして私も小人はそういうものなんだと信じていた。こんな事、きっと誰も知らないはず。小さい頃、小人のお話をしてくれた牧師さんに言ったらどんな顔をするだろう。町のみんなは?それを想像するだけでわくわくした。
「もういいか?」
さっきまでの呆れた様子は諦めに変わっていた。
これを見て何とも思わないなんて。
「すごいね?」
ジェラルドの顔を見上げて同意を求めてみると、彼はちょっと首を傾げて「ああ」と返事をした。
本当にそう思っているのか怪しい……。
私はその曖昧な返事に密かに眉をしかめた。
「いいな。二度と一人でうろうろするな」
帰り道、私は諦めも通り越したジェラルドに無表情で注意されることになった。
「……はい。ごめんなさい……」
彼の言う通りだった。ぐうの音も出ない。
ジェラルドがついてきてくれて本当に良かったのだ。小人について行くのに必死で周りを見ていなかった私は、自分の位置が分からなくなっていたから。きっと、一人だったら完全な迷子になっていた。
「二人で居なくなったと思ったらそんなことしてたの!?なーんだ、がっかりだわ」
二人の元に戻って興奮気味に今までの出来事を報告した私に、アイリスが期待はずれだという顔をした。アイリスも小人には興味がないみたいだった。
それにしても、がっかりだなんてひどい。
「ロレンスは知りたくない?小人よ?見たことある?」
何も言わないロレンスに同意を求めてみる。
「見たことはないけど……、何がそんなに楽しかったの?」
彼は明らかに笑いを堪えていた。
それが少し気になりながらも、やっと小人について聞かれた私は意気込んで答えた。
「すごく大きな木だったの!その中に住んでいるのよ。それに小人もすごく小さくて可愛いの。これくらいしかないの」
言いながら、膝の高さくらいを手で示す。
すると隣で呆れたような声がした。
「ただの木の洞だろう。それに顔はじいさんだったじゃないか」
冷めた口調。やっぱり、さっきすごいって言ったのは嘘だったんだ!
「そんな言い方、あんまりだわ!」
わざわざ付き合ってくれたという事が頭から綺麗に消えた私は、思わず、キッとジェラルドを睨みつけて叫んでいた。すると突然、我慢できなくなったらしいロレンスが弾けるように笑い出した。アイリスも一緒に大笑いしている。
そして、睨みつけたはずのジェラルドにまでくっと笑われ、顔を背けられたのだ。後姿しか見えないけど、口元を手で押さえて笑いを堪えている様子。これが私に止めを刺した。
かっと顔が熱を持つ。
……ひ、ひどい……っ!
頭の中で、何かが音を立てて切れた。
☆どうでもいい後書き☆
サーシャ、キレる(笑
彼女の興味のツボや好奇心の対象として何を持ってくるのかは、なかなか悩まされます。
シリアスなはずなのにまったりのんびりになっている第二章。二章前編の終わりくらいまではこんな感じになりそうです。
シリアスを期待されている方、ごめんなさい。でもきっとシリアスな時はどうしようもなくシリアスです。きっと。