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第二章  突然の1

 私たちは小さな村に着いていた。

 やっぱり、こういう村の方が落ち着く……。

 果実畑が広がる村を眺めながら思う。

 今は一人ぶらぶらと畑の脇の小道を歩いているところだった。小さな村。みんなが一緒に畑仕事で生計を立てている家族のような温かい村だった。ここなら安全だろうと一人で宿の外に出るのを許されたのだ。それにまだ明るい。

 宿を探すのも簡単だった。私たちの姿を見た村の子供が家々を駆け回って聞いてくれたのだ。

 そして私はその子供たちのいる家に向かっていた。外から来た私たちが珍しいんだと思う。宿も探してくれたし、足に抱きつかれて「絶対に来てね!」と言われてしまった私は行かないわけにはいかなくなった。

 ……ここよね……?

 庭に鶏を飼っている家だって言ってた。裏庭に柵に囲まれた10羽ほどの鶏を見て確信を得た私は扉を叩いた。

「はーい、いるよ」

 いるよって言われても……私が勝手に入ってもいいの……?

 迷っていると中から戸が開けられた。出てきたのは私と同い年くらいの男の人だった。薄いアイビーグリーンの瞳に茶色の髪をした人の良さそうな印象の人。背はロレンスより少し低いくらい。

 彼は私を見て戸惑った。

「あ、えーっと、家に何か用かな?この村の子じゃないから……さっき来た旅の子?」

 彼の後ろに人の気配はない。

「えっと、さっきルークとリリーって子にここに来てって言われたんだけど……、この家じゃなかったかしら?」

「二人は僕の兄弟だけど……、今は外に出ているな。もしかして、遊びに来てって言われた?」

 頷くと、彼は少し困った顔をした。

「あいつらよくやるんだよ。もうすぐ帰って来ると思うけど、……中で待つ?」

 遊びに来てねと言ったのは単なる気まぐれだったのかも、と少し寂しい気分になった。本気だと思っていたのは私だけだったらなんだか複雑な気分だ。

「子供たちはいつもどこにいるの?私、探してみるわ」

「いつも同じ場所で遊んでるわけじゃないからな……。入って待っているといい」

「でも、お邪魔になるでしょう?」

 私が躊躇していると彼は軽く笑みを浮かべて大きく扉を開けた。

 入れということらしい。すっきりしない気分のまま、彼に続いて中に入る。

 これで子供たちが帰ってこなかったらどうしよう。子供たちに放って置かれるなんてことになったら本当に恥ずかしい。

 私は心の中で、早く帰ってきてくれますようにと祈った。




「あ、お姉ちゃんがいる!」

「本当だ」

 彼らが帰ってきたのは私がすっかり諦めた頃だった。

 それでもまだここに留まっていたのは思いの外、先ほどの彼と話が弾んでいたからだった。

 エリックは私と同い年だった。お互いの事を話しているうちになんとなく、畑仕事を手伝う事になり、そのままずるずると夕飯の支度まで手伝っている。

 お陰で家のお母さんとお父さんとも仲良くなってしまった。二人が帰ってきた頃には完全に本来の目的から遠のいていた。ううん、もう忘れかけていた。別に楽しかったからいいんだけど。

「お前達は本当に!誘ったのならどうして帰って来なかったんだ!」

 エリックに怒鳴られた二人は一気に縮こまった。

「だって、今まで来てくれた人いなかったんだもん……」

 私をちらちら見ながらそう答えたルーク。やっぱり本気じゃなかったんだと内心がっくりだ。

「ねえ、お姉ちゃん怒ってる?ごめんね、ごめんね」

 でもそう言われて二人にまた足に抱きつかれてしまえば、怒る気にもなれなかった。

 私は見上げている彼らの目線の高さまでしゃがんだ。

「怒ってないわよ。でも、一緒に遊べなくてちょっと残念だったわ」

 泣きそうな顔のリリーのほっぺをちょんと突くと彼女は涙を溜めた目でにこっと笑った。

 ……やっぱり可愛いもの。怒れない。

「ねえ、これから遊べる?」

 ルークが期待に満ちた目で聞いてくる。それを見て、どうしようと思った。やっぱり彼らが戻ってくる前に帰るべきだったと少し後悔する。

 外はもう薄暗い。宿に戻らないとみんな心配するだろうし、この家もそろそろ夕食の時間だ。私がこのまま留まっていても邪魔なだけだ。

「遊びたいんだけど、ルーク、お姉ちゃんも もう戻らなくちゃいけないの」

 そう言った私に声をかけてくれたのはお母さんだった。

「あら、夕飯食べてから行きなさいな」

「でも一緒に来た人たちが待ってるの。それに心配されるだろうし……」

「今夜泊まるのってリンネルさんのところだった?」

 聞いてきたエリックにそうだと答える。彼は少し考えてから言った。

「サーシャは夕飯、こっちで一緒に食べるって伝えてくるよ」

「え、でも……!」

 その意外な提案に驚く。

「大丈夫、後で送る」

 お母さんもそれがいいわ、と喜んだ。

 戸惑う私に笑みを残してからエリックは家を出て行った。

「やったぁ!お姉ちゃんこっち来て!こっち!」

 すっかり元気になった二人に引っ張られるように奥に連れて行かれながら、微かな不安が胸を過ぎる。

 勝手な事をして怒られたりしないかな……。

 やはりというか意外にもと言うべきか、頭に浮かんできたのはジェラルドの無表情だった。


 戻ってきたエリックにどうだった、と聞くと彼は苦笑いして大丈夫だよと言った。

 苦笑いがすごく気になったけど私は結局そのまま夕飯を頂いた。

 夜、村が完全に闇に包まれてから、また半泣きになってしまったルークとリリーに別れを告げて、エリックと私は家を出た。

 少しの間だけど親切にしてもらって、本当に楽しかった。

 私たちは畑の横を宿に向かって歩いていた。

「サーシャは結婚してるのか?」

 その唐突な質問に目を丸くしてエリックを見上げる。彼は手に持ったランプを少し掲げて私の顔を窺っていた。私はそれに首を振ってみせた。

「ううん、どうして?」

「いや、さっきリンネルさんの家で君の仲間を見て、どういう間柄なのかなって。……ほら、男女4人って珍しいじゃないか。みんな若かったし」

 付け加えられたような理由を聞いて、やっぱり珍しいんだ、と思ったけれど どんな間柄かと聞かれて一言で答えるのは難しかった。

「理由があって、一緒に旅をする事になったの。別に誰も夫婦とかじゃないわ」

「その前は?君の住んでいた町には恋人はいなかったの?」

 また驚いて横を見る。エリックは真面目な表情だった。色の薄いグリーンの瞳が私をじっと見下ろしている。

 それが何故かすごく恥ずかしいような気がして、私は口篭った。

「う、ううん。恋人はいなかったわ」

 どうして突然こんな話になったんだろう。

 そういえば、こんな話はまだアイリスともしたことがないかも、と思いつく。

 エリックはじっと私を見つめてから「そうか」と言った。

 その後エリックは話をしようとはせず、私たちは無言で歩いた。

 私は自分の足元に目を落として、歩く事に集中しようとした。昼間はとりとめのない話で盛り上がったのに、今は全然そんな雰囲気じゃない。隣で黙って前を向いて歩く横顔はなんとなく話しかけ辛くて、私は変わってしまった空気にただ困惑していた。



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