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第二章  料理

 ベッドに座り込んだ私は頭を抱えていた。

 こんな事を男の人に注意されるなんて。恥ずかしい……。

 火照った顔を両手で押さえ、沈んだ心で言い訳を並べる。

 ……知らなかったんだもの、仕方ないじゃない。こんな豪華な服が寝るときだけのものだなんて思わなかった。

 山の家に住んでいたときは部屋着なんて明確な区別はなかったのだ。

 ジェラルドはなんで今まで言ってくれなかったの……。

 少し恨めしい気持ちになる。でも、これではっきり分かった。彼は私になんか何の興味もないって事が。ただの子供だとしか思われていないんだ。

 今までは同じ宿に一泊以上したことがなかったから、朝になれば必ず旅の服に着替えていたのだ。

 もし、ここが大きな宿だったら私はこの格好のまま食堂に出て行っていたかもしれない。同じ宿の中だから大丈夫だと思って。

 今日教えてもらってよかった……。

 そう、今日で良かったんだと思うことにしよう。必死に自分に言い聞かせる。そう思わないともう、リビングに戻れない。

 そんな事よりアイリスよ……。

 私は着替えるとアイリスにそっと近づいた。近づいてみると彼女はうっすら目を開けた。起きていたようだった。

「ねえ、何か食べられそう?食べたいものある?」

 なるべく静かに聞きながら、手を伸ばしておでこに触れる。熱はさっきより高いみたいだ。

「ごめんね、迷惑かけて」

 アイリスは掠れた声で囁いた。

「迷惑なんかじゃないわ。どうせしばらくはゆっくりできるんだから、気にしないで」

 笑ってそう言うと、アイリスも弱弱しく笑った。それから首を横に振った。

「今はあまり食欲がないわ」

「そう、後でお薬作るわね。今は休んで」

 アイリスは頷くと、目を閉じた。かなりしんどそうだ。しばらくのんびりできると聞いて、溜まっていた疲れが出たんだろう。ううん、昨日私が心配かけたのがいけなかったのかも。

 ごめんね……。

 私は心の中で謝った。

 

 戸を開けると二人が顔を向けた。

 なんとなく居心地が悪い。けれど今は気にしない振りをするしかない。頼まなくちゃいけないことがある。

 私がどう話を切り出すか考えているうちにロレンスが聞いてきた。

「アイリスはどう?」

「結構熱が高いわ。今日はどうするの?」

「初めから情報を集めるのは私たち二人でやるつもりだった。君たちが町をうろうろするのはあまり良くないからね。部屋にいるか、町で何か見たいのなら一緒に行くよ」

「情報を集めに行かないの?」

「それは夜だ」

 あぁ、それでジェラルドは昨日の夜出て行ったんだ、と頭の隅で納得する。

「じゃあ、アイリスも食べられそうなものを買いに行きたいの」

 二人は顔を見合わせた。お互い、真顔のまま何も言わない。

「俺が行こう」

 ジェラルドだけが私を見て言った。

 ジェラルドが付いてきてくれることになった事に内心驚く。あれだけで、二人の間では話し合いが成立したらしい。

 その後私たちは朝食を済ませ、まだ何もいらないというアイリスに熱冷ましの薬を飲んでもらってから部屋を出た。


 朝の市場は昨日ほど混雑してはいなかった。まだ開いていない店も多い。人でにぎわっているのは食料を売っている一角だけだった。そこには町のお母さんが多かった。半分以上が女の人。

 今は安全そう、とほっと息をつく。

 それに、ジェラルドも側にいるし……。そう思い、こっそり横目で確認する。今日は前じゃなくてすぐ横にいるのだ。ジェラルドはずっと何も言わずに私に合わせて歩いてくれていた。

 私にはやっぱり、彼が何を思っているのかは分からなかった。優しいのか、そうじゃないのかもなんだか曖昧。今朝の事を思い出すと昨日の感謝が薄らぎそうになってしまう罰当たりな自分に苦笑する。

 でも、今こんなふうに考え事をする余裕をもって歩けるのはジェラルドがいるお陰なのだという事は分かっている。

 私が果物売り場の一角で立ち止まると、彼も立ち止まった。

 売り場を見渡す。様々な形、色の果物が売られている。見たことがない物もたくさんある。

とりあえず近くの桃を手にとって眺めた。

 そういえばアイリスは何が好きなんだろう。嫌いなものはあったりするのかな。それにフルーツだけじゃ駄目よね。何か栄養のあるものも買って帰らないと……。

 そこでふと気づいた。

 今日の夕食はどうするんだろう?アイリスは外に食べに出られないだろうし……。私は立ち止まったまま動かずに考えてしまっていた。

「おい、買わないのか?」

 ジェラルドが怪訝そうに言った。

「夕食の分も買って帰ってもいい?」

「ああ、構わないが。……どうするんだ?」

「お部屋で作ろうと思って」

 食べに出られないなら部屋で作るしかないと思ったのだ。台所には器具も置いてあった。簡単なものならそれで十分だ。

「おまえが?」

 そりゃ、迷惑かけてばっかりで信用できないかもしれないけど、料理くらいはできるんだから。なんだか疑わしげな彼の顔を見上げて密かに不満を抱いた。

 ……別に、嫌なら無理に食べろとは言わないわ。私は何故か強気にそう思った。

「だって、アイリスは部屋から出られないでしょう?二人は外で食べてきて」

「お前たちを二人残して行くわけにはいかないだろう」

 あ、そっか……。

 私たちは顔を見合わせたまま沈黙した。

「俺たちの分も頼めるか?」

 意外な言葉に目を見張る。嫌だったんじゃないの?

 頼まれると、困ってしまう。今度は急に弱気になった。

「大したものは作れないんだけど……」

「何でもいい。助かる」

 ジェラルドはそう言うと僅かに口の両端を上げた。

 笑った……。

 それを見て嬉しくなった私は満面の笑みで笑い返した。



 その後、私たちは色々な売り場を周りたくさんの食材を買いこんだ。

 本当にたくさん。私がどっちを買うか迷っていたりするとジェラルドは両方買ってしまうのだ。あれば食べるだろうと言って。

 そして買ったものは全部彼が持ってくれている。買い物に行くと言い出したのは私なのに申し訳ないような、手ぶらでいるのが落ち着かないような気分だ。


 部屋に戻ると、思ったとおりロレンスに「多すぎるんじゃないか」と笑われた。ジェラルドは知らん顔だ。「今日は私のせいじゃないのよ」と言ってみても信じてくれない。

 でも……。

 初めてジェラルドに頼まれた。私だって少しは役に立てる。

 それが嬉しくて、私は旅が始まってから一番心が弾んでいた。



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