第二章 恐怖1
暗くなる前にお店に入り、食事をすることになった。
小さな食堂でテーブルは10卓ほどしかなく、私たちのテーブル以外もすべて埋まっている。
なんだか微笑ましい……。
実は反対側に見える席に若い恋人同士が座っているのだ。それがずっと気になっていた。可愛い感じの女の子は向かいに座る男の子を見てすごく楽しそうにおしゃべりしている。
彼が何かを言うたびにすごく幸せそうに、嬉しそうに笑うのだ。目がきらきらしていて、彼の事がすごく好きなんだなっていうのが分かる。
見ている私まで幸せな気分。
ああいうのにすごく憧れる。恋してみたいなぁ。どんな感じなんだろう。
それからふと、私たちって周りからはどう見えるんだろうかと考えた。
周りはまだ早い時間なせいか、恋人同士や子供連れの家族がほとんどだった。
男女が四人って珍しいのかも。しかも、私たちは見た目も雰囲気もばらばら。家族には見えないだろうし……。やっぱり旅の仲間……?
終わりそうにない考えは料理がやってきたことで中断された。
珍しい料理が次々とテーブルに並ぶ。揚げたパンと詰め物をした鶉のシチュー、トマトとチーズの載った綺麗な彩りのサラダにたくさんのフルーツ。すごいご馳走だ。
男性二人の前にはビンが置かれた。
「お酒?」
いつもみんなが飲んでいる葡萄酒じゃない。透明だ。
「見たことがない酒ね、なに?」
アイリスも初めて見るらしい。
「アラックだ。この辺りで有名な酒だ」
ジェラルドの答えにアイリスが興味を示した。
「ちょっともらっていい?」
「やめておけ。強いぞ」
そう言いながらもジェラルドはアイリスにグラスを渡している。
この中でお酒を飲まないのは私だけなのだ。アイリスも二人と一緒に飲んでいるのを見たことがある。
「ぐっ……っ!」
お酒を口にしたアイリスが変な声を出してグラスを離す。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
私は慌てて背中をさすった。
しばらく咳き込んだアイリスが涙目でジェラルドを睨んだ。
「……何よこれ、ひどい!」
「言っただろう。強いって」
笑いを堪えるような表情のジェラルド。
絶対、こうなるって分かっていてやったんだ……。
あまりの意外さに私は目をぱちぱちさせてアイリスとジェラルドを交互に見ていた。
「これは本当は水で割って飲むんだよ」
口元を押さえて、やっぱり笑いを堪えていたロレンスが言う。それを聞いて彼も分かっていたんだと知った。
なんてこと……!
「そうだと思ったわ!なんで二人はそのまま飲んでるのよ!?」
アイリスは怒りが収まらないらしかった。おかしいんじゃないの、とぶつぶつ言っている。
「水で割って飲むか?」
ジェラルドは微妙に質問をはぐらかした。水で割って飲むものをそのまま飲んでいるなんて、二人はどれだけ強いんだろう。
「いらないわ。お酒についてはもう絶対信じないんだから」
アイリスは完全に頭にきたみたいだ。
私はなんだか少し楽しそうな二人を見て驚きだった。こんな一面もあるなんて。今日は二人の新しい一面を見てばっかりだ。
それにしても……。
まだぶつぶつ怒っているアイリスを見て、私もお酒については二人を信用しないでおこうと決めた。
それからゆっくりと食事をした私たちは暗くなる前に宿に戻ろうと店を出た。
通りは店にはいる前よりも混雑していた。日暮れ時。家に帰る人が多いんだろう。
私は相変わらずジェラルドの頭を必死に追いかけていた。
その時、肩を叩かれたような気がして立ち止まった。振り返ると知らない男の人が私を見下ろしていた。
……なに?呼ばれたの?
その人は私を見たまま何も言わない。立ち止まったまま動かない私たちは明らかに他の通行人の邪魔だった。
……気のせい?
でも、その人は私を見ているし、まだ立ち止まったまま。聞いてみようと口を開きかけた時、突然、後ろから伸びてきた手が私の口を塞いだ。
……!?
突然の事で何が起こったのか分からない。腕はすごい力で私を後ろに引っ張り、頭が勢いよく固いものにぶつかった。一瞬、くらっと視界が歪んだ。
頭に当たったのは別の男の人の体だった。後ろから口を塞がれて体を抱え込まれたのだ。そのことに気づいた私は声を上げて抵抗しようとした。
「……んー…っ、んんー……!」
離れようと手を振り回しても腕はびくともしなかった。暴れる私を見てさっきまで私を見下ろしていた人がにやっと笑った。
この人も……?
それに気づいて目を見開く。必死の抵抗はなんの意味もなさなかった。私はものすごい力で抱え込まれたまま、引きずられるようにして近くの薄暗い路地へと連れ込まれた。
一日中建物の影で光の届かない袋小路。
そこに連れ込まれた私は放り投げられるように奥に突き飛ばされた。よろめき、奥の壁に手をついて体を支える。なんとか転ばずに済んだ。
男の人は三人だった。はっと振り返ると二人がニヤニヤしながら近づいて来る。
後ろは壁。逃げるには前しかない。
でも……。
近づいて来る二人を見た私は、今までに感じたことのない種類の恐怖を覚えた。
心臓をぎゅっと掴まれたような恐怖。体が凍りついたように寒気を感じ、足がすくんで動けそうにない。壁に後手をついてなんとか体を支えている状態だった。
口を塞がれているわけでもないのに、震える唇からは細い息を漏らすことしかできない。
「おとなしいな。こんなに怯えちまって、可哀想に」
そう言うと一人が顔に向かって手を伸ばしてきた。
……嫌っ……!!
とっさに顔を逸らしてぎゅっと目をつぶり、体を強張らせた。
でも、何も起きない。
恐る恐る目を開けるとその人は暴れたせいで解れた髪を手にとっていた。髪を太い指に絡ませて弄ぶ。
「へへっ」
男は目が合うとにやりと嫌らしく笑った。まるで私の反応を楽しんでいるかのように。
背筋にぞっと寒気が走った。
……何をされるの?
ふと、視界の端に男が腰にさげている大きな剣が飛び込んできた。さっき見た刃の鈍い輝きを思い出して更に恐怖する。あの短剣とは比べ物にならないくらい大きな半月刀……。
震えることしかできない私を見てもう片方の男が近づいてきて、腕を掴んだ。
「ちょっとくらい抵抗してもらわなきゃ面白くねぇな」
すごい力で引っ張られて奥から引きずり出された。そのまま遊ばれるように狭い路地を引きずり回される。
「や、嫌っ!!」
男に触れられた瞬間、嘘のように声が出て、体が動くようになった。掴まれた腕を外そうと必死に抵抗する。でも、相手はびくともしない。無駄な抵抗。男の思惑通りだった。
その時、がっという不気味な音が路地に響いた。
音が聞こえたのと同時に、私を引きずっていた男が動きを止めた。
私も男たちも一斉に音の方へ目を向けていた。
「ジェラルド……」
静寂の中、聞こえたのは自分の呟きだった。
私はその瞬間、彼の名前を呼ぶのは初めてだ、と場違いな事を思った。
☆どうでもいい後書き☆
(勝手にシリーズ化決定)
登場したお酒、アラックは実在します。アルコール度数は高いものになると50度を超えるものも。水で割ると白く濁る事で有名かもしれません。
二人が飲んでいたアラックの度数がどれほどかはご想像にお任せします(笑