第一章 日常の終わり2
日常はその最後まで日常のまま、突然に終わりを告げる。
突然の終わりを知るためにはどうすれば良かったの?
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「おじさん!おひさしぶりです、こんにちは」
私がまず寄ったのは貸本屋のおじさんの所。
「やあ、サーシャ。そろそろ来る頃だと思ってたよ。元気にしてたかい?それにしても相変わらずの美人だねぇ」
思わず笑ってしまう。おじさんが私のことを美人だというのは挨拶の代わりなのだ。
「ありがとう。私はすごく元気よ。おじさんは、腰の具合はどう?」
おじさんは重い本の上げ下ろしのせいで腰痛持ちだった。
「大分良くなってるよ。サーシャの薬草は良く効くって評判だよ」
「本当に?それは良かったわ。これ新しい薬草ね、これからの季節はエルダーの葉。今と同じで湿布にして使ってね」
エルダーを手渡す。お金を受け取った後は色々な話をした。これも町に下りて来るときの楽しみの一つ。最近の町での出来事を聞くのだ。
おじさんと別れてからも私は家々を回って薬草を届けた。久しぶりに会う人ばかりだからつい、話が長くなってしまう。だからいつも街に下りる時は一日仕事になる。絶対に薬草を売るよりも立ち話している時間のほうが長いはずだ。
夕方、薄暗くなる前に町を出て家に戻った。
森に入ったらいつものようにイブが現れる。私はさっき聞いたことをイブに話しながら家に急いだ。
「おばあちゃん、ただいま!」
ドアを開けて声をかける。
……あれ?おかしいな……。
いつもなら夕飯の支度をしている時間のはずなのにかまどに火が入っていない。
「おばあちゃん?いないの?」
もう一度声をかけて台所を覗き込む。
おばあちゃんはいた。
台所の床に倒れて……。
……っ!!
一気に体中の体温が下がったような気がした。それなのに心臓はやけに激しく高鳴っている――――。
手に持っていたかばんが落ちる音で私は我に返った。口からついて出たのは悲鳴だった。
「おばあちゃん!!どうしたの、しっかりして!!」
おばあちゃんは返事をしなかった。
私は動かないおばあちゃんを必死にベッドまで運んだ。
待っててね、みんなを呼んでくるから。と声をかけたような気がする。でもそれも定かかどうかは分からない。頭の中は真っ白で何も考えられなかった。ただ早く、早く誰かを呼んで来なければ。それだけだった。それだけを思いながら私は必死で山を駆け下りた。
……でも本当は気づいていた……。
ベッドに運んだとき、おばあちゃんの体が冷たかったことに。おばあちゃんの魂はもう、おばあちゃんの体を離れてしまったんだってことに……。
私はそのまま教会へ駆け込み、何事かと驚く神父さんに蒼白な顔でおばあちゃんが、と訴えた。
その後の事はあまり覚えていない。
葬儀は町の知り合いと牧師さんの手で行なわれた。すべては私を置いて滞りなく進められたようだった。気が抜けてしまった私は呆然としている事しかできなかった。街の人たちの温かい励ましの言葉も、お悔やみの言葉も一つも頭に残らなかった。
まるでぽっかり開いた空間の中に落ちて、そこから出られなくなってしまったみたいに。私の周りは半透明な膜で覆われて、日常はその膜の向こう側で進んでいた。
……もう、おばあちゃんがいないなんて……。
あまりに突然すぎて全然実感がわかない。
涙なんて少しも出ない……。
それからしばらく、私は教会に泊めてもらった。
私がやっと自分を取り戻したのは葬儀から3,4日が過ぎてからだった。
牧師さんは一人になってしまった私のことを本当に心配してくれて、このまま町に留まることを何度も勧めてくれた。でも私はとりあえず家に戻ることにした。家にはすべてを置いて来てしまっているから。
牧師さんと町の皆に感謝を述べて、私は一人、細い山道を戻った。