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第二章  雨:ジェラルド

 外は薄暗く、厚い雲からは雨が降り出していた。

 まだ彼女は起きて来てはいなかった。早くに目が覚めて先に朝食を済ませた俺はロレンスとアイリスが朝食を取る横で紅茶を飲みながら窓の外に目をやっていた。

 この季節にしては珍しい雨だった。この時期、この国ではほぼ晴れの日が続く。降るといえば夕方、それもたまに思い出したように激しいスコールが降る程度だ。

 彼女を泣かせたせいか……。

 しとしと降る雨を見ながら、俺らしくもないことを考える。

 朝の目覚めは最悪だった。女に泣かれるというのがこれほど後味の悪いものだとは知らなかった。しかも、俺にはその理由に見当もつかない。

 これほどの長期間を女と共に行動するのは初めての事だ。今までは、長くて一晩。浅く適当な付き合いしかしてこなかった。それに相手は全く過ごしてきた環境が違う町の娘だ。その心の中で何を考えているかなど、想像できるはずがない。

 それにしてもだ、突然泣き出されるとは思わなかった。

 俺はそんなに彼女につらく当たっていたのだろうか。普通に接していたつもりだった。いや、普通以上に気を使っていたはずだ。

 昨夜は目を離すなと言われた通り、外に出たまま戻ってこない娘を追いかけただけだった。村の中とはいえ暗くなると危ない。前のように魔物と睨み合って動けなくなっているかもしれないと心配した。

 確かに、機会があれば獣に語りかけたことについて聞こうと考えていた。だが、彼女は俺がまだ何も言わないうちに泣き出したのだ。

 視線を向けるといつも怯えたような表情で眼を泳がす娘。紫の瞳が逸らされずに最後まで話を終えた事など今までに一度もない。

 この罪悪感はなんだ……。

 俺はテーブルに肘をついたまま片手で両の目頭を押さえ、ため息をついていた。


「あ、朝からため息」

「どうした、目が疲れているのか」

 呑気に声をかけてきた二人に思わず問いかけていた。

「俺はそんなに恐ろしい目つきをしているか」

「……ぷっ…」

 アイリスが吹き出し、ロレンスは俺を見たまま固まった。その瞬間、自分の発言を後悔した。

「今のは忘れろ。聞かなかったことにしてくれ」

 まだ笑いを堪えた様子のアイリスが言い放った。

「サーシャね」

 さすがに鋭い。

「あぁ」

 息をついて呟く。すると、少し真面目な顔を作った彼女が続けた。

「あの子は私たちと違って町の普通の女の子なのよ。軍人の無愛想な態度とか言い方に慣れてないのよ。今まで町にあなたみたいな人はいなかったの。……何か言われたの?」

「……いいや」

 何も言われていない事は事実だ。昨晩の事は黙っておくことにした。女に泣かれたなど言える訳がない。

「君は特に目つきが鋭いと言われるからな。彼女も慣れないうちは戸惑うだろう。まあ、それが魅力的だというご令嬢もいたが」

 ロレンスはにやっと笑って付け加えた。

「その情報に感謝する、ロレンス」

 ロレンスを睨むと、アイリスは再び笑い出した。人の悩みを笑うとはいい度胸をした奴らだ。

 その時、娘が静かに食堂に入ってきた。

「おはよう」

 二人が答えるのを聞きながら、俺は立ち上がった。

 朝から昨日自分を泣かせた男の顔を見ながら食事をしたくはないだろう。

 俺は彼女と入れ違いに食堂を出た。


 朝からの雨は次第に強くなった。夕方になってもその雨が止む気配はない。

 昨日はあれから、部屋でも泣いていたのだろうか。娘の目はいつもより心なしか腫れているようだった。

 森を進む間、俺たちの間に会話は一切なく、視線が合うことも一度もなかった。前に立って歩きながら聞く彼女の声が今日はやけに耳に響いた。アイリスと話す時の明るく、楽しそうな声は俺と話をする彼女とは別人のようだった。

 その声が俺に向けられることはない。俺に対しては、いつも慎重に言葉を選んで話すか、戸惑ったように口ごもるかのどちらかだった。

「止まないな」

 隣を歩くロレンスが雨に濡れた髪をうっとおしそうにかき上げながら言う。

「ああ」

「今日は野宿だろう?」

「そうなるな。ついてない」

「彼女を泣かしたせいだ」

 俺は小さく呟かれた言葉にぎょっとして隣を見た。したり顔の男がこちらを向いていた。

「俺は何もしていない」

「おっ、彼女が泣いた事については否定しないな」

「…………」

 こういう話でこいつに太刀打ちできる奴がいるならば教えてほしい。俺たちは後ろを歩く二人には聞こえないように小声でぼそぼそと話していた。雨の音でいつもよりは後ろに声も届きにくいはずだった。俺は無駄な抵抗は諦め、首を振りながら聞いた。

「どうして分かった」

「そうなのか。いつもより目が腫れてるから、カマをかけてみただけだったんだが……」

 自分で墓穴を掘ったらしかった。くっと笑いながらロレンスは続けた。

「いや、何かがあったのは分かっていたんだ。今日の君たちは不自然すぎる。お互いを見ないのに痛いくらい意識し合っている。だが、女性を泣かすのは感心しないな」

「……あぁ、そうだ。どうせ俺が悪い」

 投げやりに言った俺をロレンスは珍しいものを見るかのような目で見た。

「君は無敵だと思っていたんだが、苦手なものがあったんだな」

 こいつは人をなんだと思っているのか。呆れて言い返す。

「あんな小娘が何を考えているかなんて分かるか」

「お互い慎重になりすぎてるんだ。彼女は君に嫌われているんじゃないかと思ってる」

 そうなのか。俺は思ってもみない言葉に内心、驚いていた。

「普通の町娘だ。俺は俺なりに気を使っていたつもりだったんだが」

 ロレンスは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

「サーシャはそれが自分によそよそしいと感じているみたいだ。普段と同じでいいんだよ」

 どうしてこの男には彼女の心の内が分かるのか。その方法も、その結果が正しいものかどうかも俺には判断できそうになかった。

 しかし、今まで良かれと思ってしていた事が逆効果であったならば……。間抜けな話だ。

「彼女は君が思っているよりも強いよ。君のその鋭い目つきにもすぐに慣れるさ」

 黙り込んだ俺に、ロレンスは冗談っぽく言って笑った。


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