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第二章  呪文

 

 微妙な空気の中での食事の後、結局アイリスが教えてくれることになった。

 もう、それだったら始めからあんな事言わないでよ……。

と心の中で思ったけど、教えてもらっている身でそんな事は言えない。

 彼女は魔法で一冊の本を取り出した。

「これが魔術の基本書よ」

 私との間に本が置かれる。薄いけれどすごく荘厳な作りの本だ。厚めの表紙は真っ黒で表紙の文字は金色。見るからに高価だというのが良く分かる。

 でも、その金の文字を見て自分の顔が強張るのが分かった。

 ……嘘でしょう……?

「これ……、何て書いてあるの?」

 アイリスは少し予想が外れたというような顔をした。

「あら、これは読めないの?」

 頷くと彼女は続けた。

「古代ピョーテル文字。昔から魔術の本に使われている文字よ。コナール文字の原型ね。今でも魔術書にはこの文字が使われているから、魔法を学ぶにはこの文字が読めるようにならないといけないの」

「じゃあ、文字が読めないと私が魔法を使えるかどうかも分からないの?」

 アイリスの言葉に愕然とする。

 もしかしてこれってものすごく時間がかかるの?

「ううん、魔法の才能があるかどうかを見るだけなら読めなくても大丈夫よ。実際に使う段階になって初めて必要になるの」

「良かった……」ほっと息をつく。「どうすればいいの?」

「この本の表紙には、特別な魔力が込められてるの。その人の持つ魔法の力に反応するように」

 そう言うと、彼女は本の表紙に右手を当てて、目を閉じて何かをつぶやきはじめた。お城でジェラルドの魔法を見たときよりもずっと長い呪文だ。

 呪文が途切れると同時に本が光を放ち始めた。

 柔らかな淡い黄色の光は徐々に強くなり、その光の色もどんどん濃くなった。最後に大きく鮮やかな緑色のまばゆい光を放つと突然ぱっと消えた。


 静寂が広がった。

 急に消えた光のせいで、さっきまでよりも周りが暗く感じられる。

 私は驚きから目を丸くして光の消えた本に眼をやっていた。

 赤い焚火の炎に照らされた本の表紙は先ほどまでの漆黒から鮮やかな緑に変わっている。

「色が変わってる……」

「そうよ、この色で属性が分かるの。緑は治癒の色ね。はい、あなたもやってみて」

 そう言うと突然、アイリスは立ち上がった。

 そのまま反対側に座っていたジェラルドの方へ歩み寄って本を手渡す。ジェラルドはアイリスを無言で見上げて本を受け取った。

 本はジェラルドの手に渡ると同時に元の真っ黒に戻った。

 ジェラルドが同じように呪文を唱えるとまた眩い光が溢れ、本は今度は透き通るような青に変わった。

 ……また色が変わった……。

「目と同じ色だわ」

 驚きとともに考えるよりも先に言葉が口をついで出た。

 ……そうだ、アイリスは緑でジェラルドは青い瞳だもの。

「あら、よく気づいたわね。大体、目の色と属性は一致するのよ。……そうじゃない場合もあるけど」

「紫はあるの?」

「紫はないわ。だからサーシャはどんな属性か予想ができないわね」

 アイリスは微笑んだ。

「ねぇ、ロレンスもあれやったの?」

 隣に座っているロレンスに聞いてみる。

「ああ、小さい頃に何度もやらされたよ」

 何を思い出したのか、うんざりした様子だ。

「何度もやるの?」

「そうよ、サーシャ」

 アイリスは再び私たちの方に戻って来た。

「すぐに反応する人は滅多にいないの。よっぽどの強い力を持っていないとすぐには反応しない。だから初めての人は、眠っている力を起こすために何度もやらなくちゃいけないの」

「でも、永遠に反応しないかもしれない」

 ロレンスが肩をすくめる。

「そうね。こればっかりはやってみないと分からないわ」

 アイリスはそう言うと真っ黒な本を私に手渡した。

「呪文は?」

 それを聞くと彼女は何故か含み笑いをした。

「表紙の次のページに書いてあるわ」

 どうしておかしそうなんだろう。疑問に思いながら本の表紙を開く。

 そこにはページの上半分にびっしりと読めない文章。下半分にはそれを訳したらしい、私にも読める文章があった。おそらく、コナール文字で書かれたもの。

 首をかしげる。

「これ?」

「そうよ、それ」

「えっ……、全部!?」

「そう、全部」

 私は目を見開いた。結構な量だ。本当にこれを全部覚えるの?

「頑張って覚えてね。少しでも間違えたら反応しないわよ。それに、つっかえたりしてもダメよ」

 アイリスの言葉を聞いたロレンスが突然、堪え切れなくなったかのように吹き出した。

「本当に大変だったんだよ、それ。サーシャ、頑張れよ」

「私も苦労したの!もう二度と嫌だわ!」

 唖然とする私を横目にアイリスもつられて笑い出した。

 本当に全部?しかも、一字一句間違えないように覚える。これは大変だわ……。

「本に手を当てて、呪文を唱えるだけでいいの?」

「えぇ。私には魔法の力があるんだって強く信じながらね」


 まだおかしそうな二人を見ながら、私は頑張ろうと決心した。


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