第二章 文字1:アイリス
昼間自分にも魔法が使えるかもしれないと聞いたサーシャは、夜までずっとそわそわしっ放しだった。
私はそれを分かりやすくて可愛いなと思う。
彼女は好奇心の塊でできているみたいだ。知らない事を見つけると嬉しそうにきらきらした眼で素直に聞く。知らない事で引け目を感じたりする様子はなかった。
それにあの笑顔。本当に無邪気に笑うのだ。黙っていれば近寄りがたいくらい綺麗な分、そのギャップは大きい。あの笑顔を向けられてくらっと来ない男はいないと思う。私だってそうだったもの。
事実、ロレンスはすっかりサーシャの虜のようだったし、宿の人も彼女が笑顔で「ごちそうさまでした」と言っただけで、次の日の食事にしなさいとパンや果物をくれたりしたくらいだ。
あ、でも一人だけ例外がいるわね……。
魔法で薪に火を付けようとしている男に眼を向ける。彼はあまり表情を表に出さない。それに口数も少ない。ロレンスの冗談に付き合っているところを見ると、話が下手なわけではないようだし、話すのが嫌いでもないみたい。聞けばすぐに答えてくれるし。
ただ無口なだけなんだろうけど、サーシャはすっかり参っているみたいだった。私が知らないだけで二人には何かあったのかもしれないけど、かなり苦手意識を持っている様子。
そしてどちらかというとジェラルドの方はそれに気づいていて、彼女に気を使っているらしかった。馬での移動の時には彼女の緊張状態を見ていられなくなったのか、ロレンスの馬に乗せることを提案したくらいだ。
あれには笑ってしまった。悪い男ではないのだ。多分、不器用なだけ。
「いっぱい取れたよー」
薪を集めて火を付けるのが仕事だった私たちが役目を終えて手持ち無沙汰で座っていると、果物を集めに行っていたロレンスとサーシャが戻ってきた。この時期の森には食べられる木の実や果実が多くある。
別にそんなに切り詰めて旅をする必要はないんだけど、サーシャが詳しいという事で行ってもらっていたのだ。乾燥させた果物よりは生のほうがおいしいだろうと言うことで。
サーシャはご機嫌だった。両手いっぱいに木苺やブルーベリーなどを抱えている。ロレンスの手にはキャンテロープが二つ。
私は思わず呆れてしまった。
「ちょっと、取って来すぎなんじゃない?」
「サーシャが男の人はいっぱい食べるでしょって聞かないんだよ」
ロレンスも苦笑いだ。ジェラルドまで鼻を鳴らす。
「もう火をつけてるの?」
私たち三人の反応を本人は全く気にしていないようだった。誰に聞くでもなく独り言のようにつぶやく。
「火があれば獣が近づかない。それに山の夜は冷えるだろう」
意外にもそれに答えたのはジェラルドだった。
サーシャも驚いたようで火の前に座る彼をちらっと見ると、そっか、とまたつぶやくように言った。
「さあ、食べよう」
ロレンスが座って私たちは全員火を囲んだ。今夜は初めての野宿だ。
「でも、やっぱりちょっと熱いわよね」
そう言う私に全員が無言で同意した。
食事の後、サーシャはまたそわそわし出した。彼女はすごく分かりやすい。絶対に魔法の事を考えている。
でも私はその前に聞いてみたいことがあった。
「ねぇ、サーシャはどこで薬学を学んだの?」
治癒の魔法を使えば外傷は治すことができるけど、病気は治せない。それには医学や薬学を学ばなければならない。私も薬学を勉強しているから彼女の知識に興味があった。
「薬草の知識は、本で覚えたの」
彼女は首をかしげながら答える。
「サーシャは文字が読めるの?」
「うん。私のおばあちゃんも文字が読めたから。おばあちゃんに教えてもらったの」
「それは珍しいな」
ロレンスが声を上げる。私も同感だった。イスニアの平民の識字率はそれほど高くはない。本を何の問題もなく読むことができれば相当知識がある者として扱われるはずだった。彼女の祖母の年で文字が読めるのは本当に珍しい。
「そう言えば、どうしてだろうね。聞いたことなかったわ」
サーシャはどこか遠くを見るようなぼんやりした眼をした。
「ねぇ、どんな本?」
彼女は自分の荷物の中をあさり、一冊の本を取り出した。
「これよ」
手を伸ばして受け取った本見て私は言葉を失った。
「これ……?」
その本の表紙に書かれてある文字。それは私には読めなかった。