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第二章  距離1


 馬の旅は7日間続いた。

 その間はあまり変化がなかった。昼間は馬で進み、夜は宿に泊まる。この国ではグーテンベルク一族に関する情報を私たちが捜す必要はないらしかった。

その昼、ようやく北の国境に到着した私たちは馬を降りた。

 これでやっとお尻の痛みから解放される。

私はほっと安堵した。


 移動する間、馬が近づき過ぎないようにそれぞれ少し距離を保って進んでいた私たちは馬から下りて休憩する時以外に会話はほとんどしなかった。

 もちろん、同じ馬に乗っている私とジェラルドは話そうと思えば普通に話す事ができた。でも予想していた通り、会話は全くなかった。

 ううん。本当は聞かなかったことにしたい会話が一つだけあった。

 ジェラルドは4日目に突然「ロレンスの方に乗るか」と言ったのだ。

目の前が暗くなるほどのショックだった。

気まずい空気に、彼は私を乗せるのが嫌になったに違いなかった。

私はあまりの事に狼狽し、答えることができなかった。

 その時、私たちを見ていたらしいロレンスが「よろしければどうぞ、お姫様」とにっこり言ってくれた。ロレンスがそう言ってくれなかったらどうなっていたのか。私は想像するのも怖くて考えないことにした。

 それでその日から今日まで、私はロレンスの馬に乗って来たのだった。


 どうして上手く行かないんだろう。

馬を預けに行くジェラルドの後ろ姿を見ながら悲しく思う。

 乗せてもらっている間、ロレンスとは色々話しをした。

 ロレンスは王子様みたいな見た目だけど、実はちょっと皮肉屋さんだって事も分かった。私みたいな子は珍しいって私が何を言ってもおかしそうに笑うのだ。でも一緒にいるのはすごく楽しい。

 出会ってから少ししか経っていないロレンスのことは分かるようになってきたのに、ジェラルドのことは何も分からないまま。私に向けられる鋭い目つきが和らぐ事もない。出会った時から全く縮まらない距離に戸惑う事しかできないままだ。

 どうすればいいのか私には分からない。


 歩く道は細い森の中の道だった。小道があるようなところもあるし、ないところもある。

 この大陸はほとんどが森で覆われていて、まるで森に浮かぶように町が点在するのだそうだ。町から町へ移動するには必ず深い森を越えることになる。

山で暮らしていた私はそれが少し嬉しかった。

 国の外でも森の植物は同じなのかな。今まで見たことのない花や薬草が見られるかもしれない。私は期待に心躍らせていた。


 薬草を探して道の両端をきょろきょろと見回しながら進む。

 振り返って私を見ていたロレンスと眼が合うと彼はおかしそうに言った。

「サーシャは山の中に住んでいたんだろう?何がそんなに珍しいんだ?」

「もう国の外だし、今までとは違う薬草が見つかるんじゃないかなと思って」

 驚いたように私を見たのはアイリスだった。

「サーシャって薬学の知識があるの?」

「薬学かは分からないけど、私薬草を売って生活していたの」

 そう言いながらその事がなんだかすごく昔のことに思えた。普通の毎日を懐かしく思う日が来るなんて。あの頃は考えた事もなかった。

「それは驚いたな」

 感心したように言われてなんだか嬉しくなる。

「あ、ちょっとは私のこと見直した?」

「そうだね」

 ロレンスは鼻を鳴らして笑った。


「ねぇ、アイリスは魔法が使えるんでしょう?治癒の魔法ってどんなの?」

 そうだわ、と言いながら思う。今までちゃんと聞いたことはなかった。

「怪我を治すことができるのよ」

「それって珍しいの?私今までそんな魔法があるなんて知らなかった」

 昔読んだ事のある本に紹介されていた魔法は攻撃に使われるようなものばかりだった。

 アイリスは少し考えてから口を開いた。

「そうね。魔術師にはそれぞれ自分の得意な分野があるのよ。風の魔法だったり、火の魔法だったり。それを属性っていうんだけど、……ジェラルドは何なの?」

 突然前に声をかける。

「水だ」

 彼は聞いていたらしく前を向いたまま普通に答えた。それに密かに驚く。

「そうなんだ。あ、でも属性があるっていっても、それだけしか使えないわけじゃないのよ。他の分野の魔法も使えるの。一番得意なものが属性って言われるだけ。ただ治癒の魔法はそれが自分の属性じゃないと使えないの。あと雷もそうね」

「じゃあ、アイリスはすごいのね」

「すごいかどうかは分からないけど……生まれつきのものだし」

 感心して言うと彼女は少し困ったようだった。

「魔法って生まれつき使えないと使えるようにはならないの?」

 これも聞きたかったことだ。

 もしかしたら私も使えたりしないのかな。そんな期待を目に込めてアイリスを見つめる。

「才能によるわ。それと訓練」

 アイリスは断言した。

「使えるかどうかは生まれつきの才能に左右されるの。才能がなければ使えるようにはならないわ。でも厄介な事にその才能がどれくらいあるかは訓練してみないと分からないのよ」

「じゃあ私も才能があるかもしれない?」

 わくわくしながら聞くとアイリスは笑った。

「ほとんどの場合、才能って遺伝なのよ。突然の場合は赤ん坊の頃に力が暴発してしまったりするくらい強い力を持って生まれるから気づかれるの」

「気づかれないくらいの力を突然持って生まれたりしないの?」

 諦めきれなくて食い下がってみる。アイリスははっとしたような顔をした。

「平民に生まれたら、魔法の訓練なんてしないでしょ?だから気づかれないまま結局使えないって事になるんじゃないかしら。……あ、ジェラルドはどうだったの?」

 また前に声をかける。

 ジェラルドは一度私たちを振り向いてから前を向いた。少し考えているようだった。

「覚えてないな。気づいたら使っていた」

「覚えてないの?そんな事ってあるの!?」

 アイリスは素っ頓狂な声を上げた。呆れ顔で。

「……あぁ。親も知らないしな。遺伝かどうかも分からん」

「そう……」

 アイリスは少し黙り込み、それから私を見た。

「サーシャも親がどうだったかは分からないのよね?」

 それに頷いて答える。

 あ、そう言えばロレンスは魔法は使えないんだっけ。

「ねぇ、ロレンスは訓練したの?」

 私も前に声をかける。

「ああ、一応ね。でも残念ながら反応なしだった。私は親兄弟誰も使えないしな。サーシャもしてみればいいんじゃないか。どう思う?」

 ロレンスは最後、振り返ってアイリスに顔を向けた。

「確かにそうね。暴発するくらいの力ってそうそうないし、もしかしたら平民にもある程度力のある人はいるのかも。訓練しなきゃ分からないしね。……ねぇ、やってみる?」

アイリスはいたずらっぽい目を私に向ける。

「ほんと!?いいの?」

「歩きながらは無理よ。夜になったらね」

飛び上がって満面の笑みを浮かべた私にアイリスはなだめるように言った。


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