第二章 宿の夜
夜は町の宿に泊まるらしい。
イスニア国は比較的人口が多く、至る所に小さな町が点在する。だからこの国にいる間は夜、必ず宿に泊まる事ができる。けれど国を出て徒歩になれば話は変わってくる。町と町の距離が遠ければ野宿をすることになるらしかった。
でも、それも楽しみだ。
私たちはわりと大きな宿の広い食堂で夕食を取っていた。
人も結構多い。このくらいの規模の宿になれば食事も前に並ぶ料理の中から自分の好きなものを好きなだけ取って食べるスタイル。
前にも思ったことだけど、何度見ても男の人の食べる量には驚かされる。それにその早さにも。私の倍以上の量を半分の時間で食べてしまうのだ。男の人と食事なんて牧師さん以外とはしたことがなかった。牧師さんは別にいっぱい食べるわけでも、食べるのが早いわけでもなかった。だからジェラルドだけが特別なのかもしれないと疑っていたけど、ロレンスも同じような感じだった。
それでやっと納得した。男の人は食べるのが早いのだと。
私にだってジェラルドが『一般的な男の人』という括りには入らないかもしれないということには気づいているのだ。
二人きりだった時はさっさと食べ終えてしまうジェラルドを横目に内心ものすごく焦ったけど、今回はアイリスが居るから大丈夫。
「どうしたの。なんだか嬉しそうね」
思い出しながら向かいに座るアイリスを見てにこにこしてしまっていたらしかった。アイリスは私に怪訝そうな表情を向ける。
「ううん、何でも」
二人がいる前では言えない。
私は笑いながら首を振った。
「明日もこのくらいの天気だといいけど」
彼女はあっさり話を変えると外を見ながら独り言のようにつぶやく。
今日は結局、一日中曇り空だったのだ。朝起きて残念に思ったことを思い出した。
「どうして?せっかくの夏なのに晴れなくてもいいの?」
「だって、日に焼けるじゃない。サーシャは気にならない?」
アイリスの言っている事は不思議だった。
「夏は日に焼けるものでしょう?」
「サーシャって何もしてなくてそんなに色白いの?」
何故か疑いの眼を向けられた私は困惑した。
「何をするの?」
「何もしてないのね。……なんか、あなたってすごいわ。色々と」
アイリスは首を振りながら呆れたように言う。
言葉では褒められているのになんだかすっきりしない言い方だ。
「リヴィー、全く、君は全然変わらないな」
すると突然、私の横でもうとっくの前に食事を終えて、優雅にお茶を飲んでいたロレンスが何かを思い出したように笑った。
「ちょっと、外でその呼び方はやめてくれる?」
アイリスが少し尖がった声で言う。
「リヴィー?」
それって、アイリスの事?私はアイリスを見て問いかける。
「私の愛称よ」
彼女はうんざりしたように答えた。
愛称って小さいときの呼び方だったような。二人ってそんなに前から知り合いだったの?その割にはすごく仲がいいというふうには見えないけど……。
「アイリスとロレンスってどのくらい仲良しなの?」
「別に仲良しじゃないわ」
アイリスはきっぱり言い放った。その迷いのない口調にロレンスは苦笑いする。
「なんだか、その言い方は傷つくな」
「小さい頃から知ってるんじゃないの?」
「知ってるのは知ってるわ。ロレンスはお兄様と仲が良くて、それで家にも遊びに来ていたことがあるってだけよ。それにそれも もう結構昔の話だし」
「家でお兄様って呼ぶの?」
「そうよ。何か変?」
「ううん」
慌てて首を振って否定を示す。でも内心は驚きだった。お兄様って呼んでるなんて。
私は旅の準備を手伝ってもらう時に必要になりそうなものをアイリスから色々もらったのだ。「使ってないものが家にたくさんあるから遠慮はしないで」と言われて。そしてそれはどれもが私が見たことないような高級そうな物ばかりだった。
その時ははっきりとは教えてくれなかったけど、やっぱりアイリスはお嬢様だったんだ。
感心してこっそりため息をつく。
ここにいるみんなはすごい人たちばかりだった。
アイリスが教えてくれた情報によると、ロレンスはすごく有名な家の騎士らしいし、ジェラルドも地位の高い軍人。こんな所に私が混じっていいのなと思ってしまう。
それにみんなは私の一族を探すためにこの旅について来てくれているのだ。
「ありがとう」
みんなを見渡して突然なんの脈絡もなく言った私に驚いたらしいアイリスは食事の手を止めた。
「何よ、疲れたの?」
その答えに笑ってしまい、首を振りながら答える。
「ううん、ありがとうって言いたかっただけ」
アイリスは怪訝そうにしたままそれ以上は何も言わなかった。ロレンスは私を見てちょっと首をかしげている。
今まで黙っていたジェラルドは少し眉を寄せて「早く食べろ」と言った。