第一章 娘2:アイリス
私の意味。
それは私が決めるもの。
後悔はしたくない。
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そこまで聞くと中佐は私を扉の外に呼んで「出発まで彼女のことは頼んだぞ。必要なものがあれば何でも言ってくれ。金を使ったら言ってもらえれば後で払う。このことは口外しないように」とだけ言って居間を出て行ってしまった。
彼はどうも説明が足りなくて困る。
でも、律義な性格らしいのは確かなようだった。
先ほどの部屋に戻るとサーシャはまだベッドに座ったままだった。
あらためて見ても本当に綺麗な子だわ。肌はすごく白いし、長い睫。整った顔はお人形みたい。本当に今までずっと町で暮らしていたんだろうか。貴族の令嬢にも何もせずにここまで綺麗な子はちょっといないんじゃないかしら……。そんな事を考えながら彼女を観察する。
「あの、アイリスさんはどうして一緒に来てくれることになったんですか?」
嬉しそうにはにかみながら聞いてくる。透き通った声だけどやっぱり幼い印象だった。
構えていた私はすっかり気が抜けてしまって、ベッドの側に置いてある椅子に腰掛けながら答えた。
「アイリスでいいわ。敬語も使わなくていいわよ。大して年も変わらないんだから。私は治癒の魔術師なの」
急にくだけた様子になった私に驚いたのか、彼女は少し黙り込み、それでも私の言葉に従うことに決めたようだった。
「……魔術師?えっと、アイリスは何歳?」
「22よ」
「まぁ……、すごいわ……」
感心したようにそう言ったまま、黙り込んでしまった。次の話題が思い浮かばないらしい。 無理もない。きっと今まで魔術師なんか見たこともなかったのだろうから。
「……あなたは?いつからここにいるの?」
「4日前よ。4日前からずっとここと隣の部屋にいるの。誰かに見つかったら困るんだって」
彼女は自分も困ったような顔をした。
「……ええと、アイリスは私のことをどのくらい聞いてるの?」
不安そうな表情で私を覗き込むように言う。
「おそらく、全部聞いたんじゃないかしら。あのさっきの中佐が知っている事は全部。あなたがグーテンベルクの生き残りだって事も聞いたわ。だから安心して。隠さなくていいわよ」
笑いかけると、サーシャは目に見えてほっとした様子になった。
「あぁ、良かった!全部秘密のまま一緒に旅をしなくちゃいけないんだったら、どうしようかと思ったわ。私、何もしゃべれなくなっちゃう」
嘘のつけない子らしい。彼女はこれで安心したようで「お話できる人がいなくて寂しかったの」と明るく話しだした。
こんなに屈託なく話す子は初めてだった。私の周りの女の子と言えば貴族の令嬢ばかり。常に家柄や美しさを気にかけて慎重に相手の女の子を牽制しながら話し、取り繕った笑みを浮かべているような女の子たち。
私も貴族の娘だけど、昔からそんなご令嬢たちとは気が合わなかった。
女でありながら城に住んで軍の魔術師として働いているのもそのせいだった。
ここにいれば、毎晩のように開かれる舞踏会やパーティーに参加しなくてもうるさく言われない。あんなに無駄にきらびやかな場所は私には合わない……。
気がつけば私はサーシャとの会話を心から楽しんでいた。