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第一章  出会い3:アイリス

強く、真っ直ぐに前を向いて。

いつまでも変わることのないあなたでいて。



*****************************



 驚いた。

 目の前を歩く長身の男の広い背中を見つめながら、今聞いた話を頭の中で反芻する。

 ……グーテンベルク一族。

 まさかそんな突拍子もない話をされるとは思わなかった。私も貴族に生まれた者の当然の教養として大陸史は学んでいる。

 今回の話はロレンス・ディアスからの紹介だというから何かもっと……こう、貴族に関わるようなことかと思っていた。それがまさか、こんな大きな……国を左右するような話だなんて。

 しかも、グーテンベルクよ。400年も前に滅んだはずの一族。生き残りが見つかったかもしれないと言われてもすぐに信じられるわけがない。


 それから意識を前の男に向ける。

 王から個人的にこんなにも大事な調査を任されるなんてどんな男なの。

 私はほとんどの魔術師と同じく、軍人と任務以外で直接関わったことがなかった。軍の内情にも疎い。

ジェラルド・キーナン。中佐だと言っていた。30くらいかしら。でも、落ち着いて見えるしもっと年上かもしれない。

 それにしても無表情な男だった。別に顔自体が怖いってわけじゃない。わりと整った顔立ちをしているとは思う。でも、その表情が変わらないのだ。

 そして、目つきが印象的だった。野生的な鋭い目つき。この人に本気で睨まれたら軍人でもすくみあがるだろう。

 普通の町娘がこんな男にいきなり城に連れてこられたなんて。しかも、おそらくずっと部屋に軟禁状態。怯えているに違いないわ。

 可哀想に……。

 私は心の中でまだ見ぬ娘に同情した。


 中佐はある部屋の前で止まって、鍵を取り出した。

 ……え?ここって……軍人棟じゃないの?

「ここは?」

「俺の部屋だ」

 当然だ、と言うような口調。

 ……まさか、自分の部屋で監禁してたって言うんじゃないでしょうね。年頃の娘に、あんまりだわ。

 思いが顔にも出てしまい、顔をしかめていたらしかった。

 私を見た中佐は何かを悟ったらしく、少し不機嫌そうな声で言った。

「勘違いするな、部屋はいくつかある。それに本人は気にしていない」

 気にしてないですって?気にしてたって言えるわけないじゃない、あなたに。

 思わず口を突いて出そうになった言葉を飲み込む。さすがに、初対面の上官にこれを言うのはまずいわよね……。

 中佐に続いて部屋に入ると、そこは広めの居間だった。

「失礼します」

 彼はそのまま部屋を突っ切って、右手奥の扉に向かい声をかけた。

「俺だ、開けるぞ」

「…………」

「おい、開けてもいいのか?」

 怪訝そうな声でもう一度問う。私も扉に近づいた。

 すると返事があった。

「えっ?あ、あの、ちょっと待って!……じゃなかった。ど、どうぞ!」


 開いた扉の奥を覗き込むと、白い部屋着を着た少女がベッドの上に一人座っていた。

 今まで寝ていたらしい。髪の片方がくしゃくしゃだ。

「あ、あの、ごめんなさい。何もすることがなくて……寝ちゃってたみたい……」

 恐る恐ると言った様子で中佐を見上げながら答える。

 私はそれを見て、ほら、やっぱり怯えてるじゃないと思った。

 中佐は特に答えず、私に部屋に入るようにと目で促した。私の存在に気づいたらしい少女と目が合う。


 綺麗な子……。

 私は思わず息を呑んだ。神秘的な紫の瞳にウェーブのかかった長い薄茶の髪。本当に紫色の瞳をしてる人がいるなんて。彼女を見たとたんに、さっきまでの疑いはどこかに飛んでいってしまった。

「彼女はアイリス・ヴィシュー・リトリア、旅に一緒に付いて来てくれることになった」

 少女は紫の瞳を大きく見開き、驚いた顔で中佐を見た。

「旅……?グーテンベルクの事、一緒に調べて下さるんですか?」

「あぁ、一年間世界中を旅して調べることになった。他にももう一人加わる。俺も含めて4人だ。出発は一週間後。それまでに何でも分からないことがあれば彼女に聞くといい。旅の準備も彼女が手伝ってくれる」

 ……ちょっと、そんな説明でいいの?

 私は心の中で思ったが、少女はそれを聞くと輝くような笑顔に変わった。そして、そのまま視線をこっちに向ける。

「あの、私、サーシャ・ティアイエル……です。これからよろしくお願いします」

 そう言うと子供のように無邪気ににっこり笑った。あえて最後まで名前を言わなかったみたいだ。紫の瞳。信じられないような気分だけれど、それはグーテンベルク一族の特徴だった。でも、そんなすごい子には全然見えない。ううん、だってそもそも18歳にも見えない……。

 なんだかあまりにも想像していた娘とはかけ離れていて、私はすっかり彼女の雰囲気に飲まれていた。


「アイリスよ。よろしくね」


――――これが、私たちの出会いだった。


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