第一章 魔術師:ジェラルド
すべての出会いには意味がある。
たとえそれが、痛みと苦しみを残すものであったとしても。
*********************************
魔術師の部屋が並ぶ棟に向かう。
調べたところ、ロレンスの告げた魔術師はリトリア本家の4人兄弟の末娘。22歳になったばかりだった。
それなりに力はあるものの他の兄弟、特に長男が後世に名を残すと言われているほど優秀な魔術師らしく、その影に隠れてしまっているらしかった。俺も長男ルイスの名は知っていた。彼女も家の許可さえ下りれば同行が許されるだろう。
不思議なことに彼女は一人で軍の魔術師棟に住んでいるようだった。旧家の娘にこれほどの自由が許されているのは珍しい。普通ならとっくに結婚している年だ。
魔術師は日常的な訓練を城で行わないため、軍に所属する者であっても必ずしも城に住む必要はないのだ。それぞれに得意とする魔法が異なるため集団で訓練する意味もあまりない。
そんなことを考えながら目的の部屋に着いた。
扉を叩いて声をかける。
「キーナン中佐だ」
「お入りください」
「失礼する」
扉を開けると女はすでに立ち上がって、敬礼の姿勢をとっていた。リトリア家に多い緑の瞳に赤褐色の髪。身長は普通くらいか。特に高くも低くもない。勝気な瞳のさっぱりした美人だ。
「アイリス・ヴィシュー・リトリア、治癒の魔術師です」
はきはきした、よく通る声だった。
俺は頷いた。
「楽にしてくれ、非公式なんだ。座ってもらってかまわない」
彼女は返事をすると向かい側のソファに腰掛けた。
「そちらの上官から話は聞いていると思うが今回の任務、受けてもらえるだろうか」
「はい。お受けいたします」
迷いのない答え。
「任務は非公式だ。長期間国を離れることについて家は問題ないのか」
「はい。すでに家との話はついています。特に反対もされませんでしたし、何の問題もありません。女であることを心配されているようであれば、ご心配には及びません」
彼女は俺が聞きたいことの意味をよく理解しているらしかった。
「そうか……、では、詳細について話そう」
今までの出来事を順に話した。彼女は最後まで黙って聞いていたが、やはりすぐには信じられない様子だった。それももっともだと思った。実際に紫の瞳を見ていなければ、俺だって信じないだろう。
一通り説明を終えると、女が口を開いた。
「お聞きしてもよろしいでしょうか」
「あぁ」
「本当にグーテンベルクの生き残りなのでしょうか」
「今回の旅はそれを証明する目的もある」
「……この旅のことを、その娘は?」
「まだ話していない」
「今、その娘はどこに?」
「部屋にいる」
特にすることもなく、かといって忙しい俺も相手をしてやることが出来ず、他の者に存在を知られるわけにはいかないという理由からこの4日間部屋に閉じ込めっぱなしの娘のことを思った。娘はすっかりおとなしくなってしまっていた。
「今から会わせる。他の者に存在を知られる訳にはいかないんだ。旅の出発までの準備を手伝ってやって欲しい」
なるほどという顔でうなずくと「分かりました」と答えた。旅の支度を男の俺が手伝うよりは女同士のほうがいいだろう。
これだけで俺の言いたいことが分かったらしい。察しのいい女のようだった。
「付いて来てもらおう」
「はい」
俺たちは同時に立ち上がった。
四人目、魔術師のアイリス登場です。