第一章 命令:ジェラルド
偶然は思いがけない方向へ。
いつもそうだ。
気づいたときにはもう、運命の輪は音を立てて回り出している。
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娘に歴史書を手渡した次の日、王は俺に重苦しい表情で告げた。
「他の生き残りを探そうと思う。この国に迎えれば、いざという時の力になる」
「まさか、戦争の道具になさるおつもりですか?」
「それこそまさか、だ。私とてグーテンベルクが歴史上どのような扱いを受けたかは知っている。それをもって自ら争いを起こすつもりはない。だが彼らの力は脅威だ。」
この平和を愛する王がこのようなことを言い出すとは信じられなかった。国のために民を犠牲にするなど……。
「あれは無害な娘です。私は彼女を戦争の道具にするために連れてきたのではありません。」
「だが、彼女は間違いなくグーテンベルクの生き残りだ。この事を他国に知られてみろ。この力をめぐって戦が始まるかもしれない。争いが始まれば多くの命が失われる。娘一人の犠牲でそれが防がれるのならやむを得ない。他に生き残りがいなければ、いないで構わない―――お前に探しに行ってもらいたい」
「私が、ですか。あの娘は?」
「もちろん、このまま城に残ってもらう」
「ですが、あの娘は自分の一族に何が起こったのかを知りたがっています。私も力になると約束しました。だからここまで来ることに納得したのです。彼女が行くべきです」
「馬鹿な。娘一人で行ってどうなる。世界中を一人で旅できるわけがない。お前が行け」
「しかし、王……」
「お前がここまで言うのも珍しいな。……惚れたか?」
真面目に聞いてきた王の顔を見て、気が抜ける思いがした。この人はこんな時に、何を考えているのか。
「……まさか。ご冗談を」
「そうか……、いや、少し待て。最善の方法を考えよう」
王は俺の顔をじっと見てからそう言うと、話題を変えた。
こんなことになるとは……。
話が変わってからも俺は頭の隅でさっきの話題を引きずっていた。
いや、王の言葉は予想外の展開ではなかった。娘の事を王に報告すれば、こうなるかもしれないとは予測できた事だった。俺はあの時、紫の瞳を見た驚きで深く考えずに行動してしまったのだ。
おそらく、今後彼女があの町に戻る事は二度とない。
純粋で屈託のない笑顔が浮かぶ。彼女は国が自分の力を利用しようとしているなど、夢にも思わないだろう。この事を知ったとき、彼女は俺を恨むだろうか。
このきっかけを作り出した責任は俺にある――――。
二日後、秘密裏に命が下った。
俺は城の軍人が寝泊りする部屋が並ぶ、軍人棟の廊下を騎士棟に向かって歩いていた。
『グーテンベルクの生き残りを探し出し、城に連れ帰れ』
告げられた命令は変わらなかった。王はやはり娘を国の為に手元に置くつもりのようだった。国のため、平和のためならば娘一人の犠牲はやむをえないという事だ。
しかし、それでも王は譲歩した。同じグーテンベルクを連れて行った方が相手の警戒心を和らげることが出来るだろう、と娘の同行を許可したのだ。
それに不思議な力の存在も理由の一つだ。彼女は今も頑なにその存在を否定し続けている。俺はその存在をほぼ確信しているが、どのような力なのかははっきりと分からない。一緒に旅を続けていれば、途中でその力を使うことになるかもしれないと王は考えたのだった。
『いいな、他国にグーテンベルクの存在を気づかれないように注意しろ。娘からは絶対に目を離すな』
これについては貴族にさえ注意すればいい。400年も昔の話だ。大陸史を学んでいない民は紫の瞳を見ても変わった色だとくらいしか思わないだろう。だから娘は今まで誰にも気づかれずに来られたのだ。
そして、娘の同行に加えてパーティーで行動することも命じられた。俺と年の離れた娘の二人で行動するのは不自然だからだ。普通、魔物などに対処しやすくするために、旅をする者は4、5人のパーティーで行動する。
『人選はお前に任せる。適当に選らぶといい。ただし、この命令は非公式だ。この意味が分かるな』
つまり、手柄を立ててもそれが知れ渡ることはないということ。重要な任務が控えている者を連れては行けないという事だ。
俺は王の配慮に感謝した。
与えられた期間は一年。これは予想以上に長い。それに、考えていた以上の自由も与えられた。
だが、娘にとっては外を出歩くことのできる最後の一年になるだろう。他に仲間が見つかったにしろ見つからなかったにしろ、城に戻れば王の監視下に置かれることになる。
娘は一生、城から出ることを許されないのだ……。
王には逆らえない。
俺はある部屋の前で立ち止まった。