第一章 王2:ジェラルド
未知の感情が生まれる。
それに気づいたのはいつだったか。
すぐに受け入れてしまえれば、どんなに楽だったか。
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信じられないという様子で言った王は、俺に聞いてきた。
「これはどういうことだ。お前は、どう思う?」
「……私は初めから彼女はグーテンベルクだという確信めいたものを感じていました。それに本人も否定はしていません。しかし、これではっきり確信しました。彼女はグーテンベルクの生き残りでしょう」
「……信じられん……」
王は静かにため息をついて片手で目の上を押さえながら言う。
「400年前だぞ。400年も昔に滅びたはずの一族だ。本当にこんなことがあるのか」
「もしかしたらグーテンベルク一族はまだ滅んでいないのでは?400年前の大戦の折に一族はばらばらになったが、どこかで再び一つになり、身を隠して今でも細々と生き続けているのかもしれません」
「どうやって身を隠す?この大陸に秘境の地などないぞ。一族で集まって暮らしていれば見つかっているはずだ。……それに400年だ。グーテンベルクの血は他の者と混じりやすい。戦で生き残りが少なくなっていればとうの昔に混じってしまっているはずだが……」
「しかし、そうとしか考えられません。彼女は母親も紫の瞳だったらしいと言っていました。そしてどこからか逃げてきた、と。母親もグーテンベルクだったとすると、他にも生き残りがいるかも知れないと考える方が自然です。それもそんなに少ない数ではないはずです」
「そうだな……。それにどっちにしろあの娘はグーテンベルクだ。娘はお前が見張っていろ。あまり他の者に存在を知られるわけにはいかない。部屋からは出すな。近いうちにどうするか決めよう」
王はそう言うと、ああ、まさか本当にグーテンベルクだとは、と独り言のようにつぶやいた。
部屋に戻ると娘はソファで眠っていた。
……今度は起きなかったな……。
眠っている娘を見ながらぼんやりと思った。
帰り道を思い出すと笑いがこみ上げる。見るものすべてが珍しいらしく、ずっと目を丸くしてきょろきょろと周りを見渡していた。それにしても城の庭園にあんな反応をした娘は初めてだ。
この城の庭園は細やかな手入れが行き届き、美しい事で有名だ。
……機会があれば連れて行ってやろうか。
俺はそんなことを思う自分に驚き、それから気づいた。
……馬鹿な……。
他の貴族に見つからず庭園を散歩する方法なんてあるわけがない。俺がこんな娘を連れて歩いているのを見られた日には噂好きの貴族に一瞬で噂が広まる。
それを想像してしまい、思わずため息をついた。
娘を抱き上げて、ベッドに運ぶ。部屋には客室もついている。
しばらくはここで我慢してもらうしかないだろう。
「……ん……、……」
ベッドに寝かせると彼女は枕の感触を確かめるように小さく身じろぎした。目を覚ます気配は全くない。よほど疲れていたらしい。
額にかかる長い髪をそっと払い、その幼い寝顔を見ながら思う。
……18だと言っていたがまるで子供だな。
この姿を見る限りでは、この娘が不思議な力を使うとされていたグーテンベルクの生き残りだとは誰も信じないだろう。
俺は静かに戸を閉めて部屋を出た。
次回は登場人物紹介です。