第一章 王1:ジェラルド
歴史書。
それは人間が繰り返す過ちを語る書物。
俺たちはそこから何を学べるのか。
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「キーナン中佐、ただいま戻りました」
「入れ」
ドアを開けると王はいつもどおり奥の椅子で、机に積み上げられた書類に埋もれて座っていた。
「待っていたぞ、キーナン。報告は本当だろうな?」
王はそう言いながら笑いを堪えた様子で目を細めて俺を見た。
「わざわざ嘘の報告はしません」
俺は苦笑する。
「それで、その娘はどうした?連れてきたんだろう?」
「今、私の部屋で待たせておりますが」
「なんだ、楽しみにしていたんだ。すぐに連れて来い!」
ずっと欲しかった玩具をもらう前の子どものような顔だ。
王は笑いながら言うとさらに俺を急かすように付け加えた。
「お前の報告を受けてから書類をほったらかしてグーテンベルクの歴史を読み返したんだぞ。 間違いだったらお前の仕事も増やすからな」
……まったく、この人らしい。
「間違いでないことを祈りますよ。すぐに連れて来ます」
部屋のドアを開けると娘が飛び上がってこちらを向いた。
目の焦点がなんとなく定まっていない。
……寝てたのか?
慣れない旅で疲れているのだろう。
「王がすぐに会いたいそうだ。付いて来い」
「えっ、えっ?」
側に近寄って告げる。慌てた娘は荷物を抱えたまま立ち上がった。
「荷物は置いていけ。またこの部屋に戻る」
彼女が荷物を置いて付いて来ようとするのを確認し、俺は再び王の部屋に向かって部屋を出た。
「失礼します」
俺は娘を部屋に戻した後、休んでいるようにと告げて王の部屋に戻った。
その人は深刻な顔をして机の上の何かを見つめていた。
さっきはあれほど楽しみにしていたにも関わらず、娘を見ると一瞬目を見開いて俺の方を見て、それからはいくつかの形式的な質問をしただけだった。
名を聞いて、今までどこで、どういう生活をしていたかを聞いて……しばらく城に留まるようにと告げただけ。王はどことなくうわの空な様子で、娘と話をしたのは時間にしてほんの10分ほどだった。
娘を見た瞬間に興味を削がれたのか。
それとも、見た瞬間に間違いだと判断したのか。
俺は娘を部屋に送り届ける間もずっと王の様子が気にかかっていた。
「私は仕事を増やされるのでしょうか」
聞くと王は静かに首を横に振り、今まで熱心に見つめていた物を机から持ち上げて俺に手渡そうとした。古い本だ。
「グーテンベルクの歴史書で300年ほど前にまとめられた貴重なものだ。この絵を見てみろ」
開いたままの本を受け取って目を落とす。
そのページには女の肖像画が描かれていた。
……なるほどな……。
これが先ほど一瞬言葉を失った理由か……。
確かに、先にこれを見ていれば無理もないだろうと俺は納得した。
穏やかな笑みを浮かべながらこちらを見つめる女の肖像画。
その女はけぶるような紫の瞳に長い琥珀色の髪をしている。
「今の娘にそっくりだ。間違いない。彼女はグーテンベルクの生き残りだ」
『グーテンベルク王国 第一王女ジゼル・スペンサー・グーテンベルク』
肖像画の下にはそう書かれていた。