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第一章  山奥の日常1


第1章:出会い

登場人物たちの出会いと旅の始まりまでの物語。

輝く毎日。

幸せな日常。

それでも、どこか不安を感じていたのはなぜだったのだろう。



*****************************



太陽の光がまぶしい。

新しい緑の風が土と若葉の匂いを運んでくれる。命のにおい。

私は木々からこぼれる朝の光の中、井戸に向かいながらそのにおいを思いっきり吸い込んで、いつの間にか隣に現れたイブに向かって言った。

「あぁー!おはよう。今日もいい天気ね、イブ!私、一年のうちでこの季節が一番好き!」

水を汲みながらいつも何かと側で世話を焼いてくれるイブに笑いかける。

「おはよう。サーシャ、今日、リラが咲いてるのを見つけたわ。もう夏よ」

イブは歌うように答える。少し暖かい風が髪をなでて私たちの間を通り過ぎてゆく。

「本当?リラが咲いたら、忙しくなるわ。今日からは毎日薬草取りね」


 忙しくて楽しい季節の始まりを告げるリラの花。初夏から秋にかけて、森の中ではいろいろな種類の薬草が次々と顔を出す。森の中の一軒家で生活する私たちにとって町で薬草を売ることがお金を得る唯一の手段だ。基本的に食べ物は裏の畑で作ったり森で採ったり自給自足の生活だけど、やっぱり自分たちで作れないものは買うしかない。それにいざという時のためにお金は必要だ。

 でも、それ以上に私は薬草を売るという仕事が好きなのだ。山で薬草を探して、それを摘んで帰り、乾燥させたり、必要であればいくつかの種類を混ぜ合わせたり。一人で全部をするのは大変だけど、大好きな自然の中でできて誰かに喜んでもらえる仕事。町には少ないけど私の薬草を待ってくれている人がいる。


「朝ごはんが終わったら、さっそく出かけましょ。……おばあちゃん!」

 嬉しさのあまり早くご飯食べなくっちゃと、水が入った桶を抱えてドアを開けながら大声でおばあちゃんを呼んだ。円いテーブルの奥の小さな台所では起きていたらしいおばあちゃんが朝食の準備を始めようとしていた。

「そんな大きな声で呼ばなくても、ずっと聞こえてたわよ。あんなに大きな声で話しているんだもの」

おばあちゃんは台所から首を出して呆れたように笑いながら答える。

「ごめんなさい……。でも、リラが咲いてたんですって!もう夏よ。これから忙しい季節が始まるわ」

水の入った桶を置きながら自分でも思わず大きな声を出したことに苦笑いして一応誤る。

「そうね……」

でも、おばあちゃんは私とは違って少し浮かない顔だった。

「サーシャ、あなたも分かっていると思うけど……、ここでの生活も今年が最後かもしれないわ。」


 ああ、と思った。ここ数年、おばあちゃんは街に下りて暮らすことを真剣に考え始めていた。私だって本当は分かっているのだ。おばあちゃんの足腰が年々弱くなってきていること。街に薬草を売りに行ったり買出しに行ったりをいつの間にか私一人でやるようになっていること。水汲みや薪割り、力仕事はすべて私が引き受けていること。

そしてもし、私が森で一人残されるようなことになってしまったとしたら……。おばあちゃんは色んなことを心配している。

特に今も、私に苦労をかけてるんじゃないかって心配してくれている。

それは、分かっている。だけど……。


「おばあちゃん、私ここでの生活が好きよ。毎日が楽しいし大変だなんて思ったこともないわ」

「それはそうよ。あなたは若いもの。でも私は違うの。特に冬はつらいのよ。それにもしあなたがこの山奥でこれから一生一人で過ごすことになったらと考えると夜も眠れないわ」

私は思わず笑ってしまった。

「一生一人だなんて。私にはイブたちがいるわ」

「サーシャ、笑い事じゃないの。イブは人間じゃないのよ。それに他の人に存在を知られるわけにはいかないの。あなたももう18なんだから。とっくにお嫁に行っていてもおかしくない歳よ?」


 そう。確かに18歳にもなると結婚していてもおかしくはない。

 私は先月、町に下りたときいつも薬草を買ってくれるパン屋の娘、ターニャがお嫁に行くという事を聞いたことをふと思い出した。確か16歳だったと思う。おじさんは「ちょいと早いけど、まあ相手も知ってるやつだしな、問題ないよ」と嬉しそうに笑っていた。相手は20歳の幼馴染だって言ってた。


 ……結婚かぁ……。

 私には想像もできない。幼馴染はましてや年の近い男の人の知り合いもいない。

 それは……いつかは私だって。結婚して子どもがほしいとは思うけど……。

 でもそれはいつの話?

 ううん、誰と?まだ恋だってしたことないのに……。


と、そこまで考えが至ってふと我に返った。

違うってば!今はそういう話をしてるんじゃないの。

「お嫁に行くにしても相手がいないもの。それにわたしだって分かってるわ。本当に必要になったら街で暮らすから。でも今はまだ……このままがいいの。心配しないで」

 おばあちゃんはもう少し何か言いたそうだったけど、私はにっこり笑って「お野菜、洗ってくるわね」と言って野菜の入ったかごを手に外に出た。


 外に出ると相変わらずまぶしい光と緑の風が迎えてくれた。

 いつもはこの初夏の一面の緑を見るだけで笑顔になれる。

 私の一番好きな季節。

 おばあちゃんに怒られた時も、今日みたいに意見がぶつかった時も。

 命にあふれる森を見ると、自分の悩みなんてなんてちっぽけなんだろうって気持ちを軽くしてくれる。



でも今日はどうしてか、輝く緑を見て泣きたいような気持ちになっている自分がいた。




始まりました。『グーテンベルクの歌』

長い長い物語になる予定です。

第一章を読み終わらないと物語の全体は見えてこないかと思われます。


4人の人物を中心とした成長と恋愛の冒険ファンタジー。


気長にお付き合いいただければ幸いです。

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