I・I・I
勢いで5時間で書きました。拙いですが、時間つぶしにでもなれば。幸いです。
いつもの部屋、いつもの通勤路、いつもの会社、楽しげに話す同僚たち、難しい顔で仕事をしている先輩。その次に覚えているのは、いつも僕に怒ってばかりいる上司の顔だった。
気づくと僕は、椅子に座っていた。目の前には、白衣を着た女が何やらカルテのようなものをもって体面に座っている。
なんだここ。。。
戸惑いの中自分が今どんな状況下に置かれているか確認するためにあたりを見回す。白い壁、白い床。一つのドアに一つの机。そして飾り気のなさすぎる部屋を少しでも明るくしようと観葉植物が部屋の端っこにポツンと置かれていた。
そして目の前の女と目が合うと口元だけ笑って見せると
「初めまして」
と声をかけてきた。
自分の置かれている状況に整理がつかず頭がだんだんと沸騰するような感覚に襲われると視点が落ち着かなくなり上下左右360度僕の眼球は暴れ始めた。
突然優しく力強い感触が両肩にかかると視点は右肩を凝視するようにビタッと止まり、手、腕、肩、口となぞる様に動き、最後は、女の目で止まった。
「大丈夫です。安心して。ここにはあなたの敵はいないのよ。」
そう、笑って見せると
「私の顔だけを見てて。」
と言う。
ゆっくりとゆっくりと女は、両肩から手を離し座っていた椅子へと戻る。その間僕は、ずっと女の目を見ていた。なんか、そうしなければいけないような気がしてならなかった。
女は、口元だけ笑いながら胸に手を当て
「自己紹介をします。医者の惠です。よろしく。」
と告げる。
僕は、目の前の女に医者の惠という名詞がついた事を頭にインプットしかけて自分が名乗っていないことに気づく。
どうするか考えなきゃ。
すると自分の無意識のうちに目が、水底の魚のように左右に泳ぐ。
挨拶をしなきゃ。まずは、自分の名前と、性別。それと歳を言わないと。いや、性別は男でわかるし、歳なんて言わなくてもいいか。いや、まてよ。でもそれは失礼なんじゃないか?自分がまず情報を提供しないと相手に失礼にあた。。。
「名前だけ。教えてくだされば大丈夫です。」
雷鳴が自分の頭を打ちぬいたような感覚が僕を襲った。
すぐ顔を上げて、女医の惠に自己紹介をする。
「僕。と申します。」
どっと疲れが出る。人と話すのってこんなにつらかったっけ?なんか、違う気がする。
「僕。さんですね。早速ですが、あなたが鮮明に記憶していることを古いものから順に教えてくれますか?」
女医の惠は、部屋に置いてあった机を持ち上げて僕の前に持ってくるとカルテを裏返し、自前のボールペンを置く
「ここに書いてください。自分が書きやすいようにでけっこうです。」
はい。わかりました。
僕はそう答えると紙と向かい合った。
ここ数週間の記憶を辿る。
2月1日
部屋で酒を飲む。飲んだ酒は、コンビニで買ったチューハイ2つ。シチリア産レモン味と梅干サワー。つまみは、味付けメンマと高野豆腐
2月4日
通勤途中に事故に遭遇。目の前で人が撥ねられる。通勤には支障がなかったが、なんだかやな感じだ。
2月6日
朝方4時会社に忘れ物を取りに来る。忘れたものは、明日の会議用の資料。帰って資料作成
2月11日
同僚が今週末キャンプに行くらしいその計画をしていた。同僚と目があった。しかとされた。
2月12日
自分のミスでプロジェクトに遅れが生じる。必死にミスを挽回するために休みを入れず仕事。先輩が帰えって休めと優しく声をかけてくれた。嬉しかった。けど、自分のミスは自分で取り戻さなくちゃ。自分のケツは自分で拭かなければいけない。
2月14日
なんとか、プロジェクトの穴を埋めることができた。先輩には感謝してもしきれない。なのに、上司から怒られる。なぜミスをする。ミスをするならいらない。教えてもらうんじゃない自分で覚えろ。たぶんこんなことを言われた気がする。
書き終わって、ボールペンを置き、終わりました。と女医の惠に告げる。
女医の惠は、ありがとうございます。と紙を取り、書かれた内容を黙読し始める。
馬鹿正直に思い出したくもないことまで書いてしまった。後半のほうは、感情的になってしまい。自分で書いた文字なのに読みづらくなっているだろう。
女医の惠も時折訝し気な目をして、そのわからない部分を漏らすように呟くその都度僕は、補足した。
女医の惠が読み終えると。ありがとうございました。と一言言って書かれた紙を机の上に置いた。そして一度深呼吸すると僕の目をじっと見つめてくる。その眼は心強く安心感さえある。しかし、その眼を見ているうちに怖くなり、目を逸らそうとする。すると
「そらしちゃダメ!!」
今まで事務的ではあるが優しい口調から一遍して鬼のように鋭い言葉が僕の胸に突き刺さる。そのまま怯えたウサギのようにただただ言うがままに目を見るほかなかった。手のひらから不自然なほど汗が出てきて、息もそれを追うかのように荒くなる。女医の惠は
「そのまま動かずに、この目を目だけで追って」
と念を押すかのように僕に注文すると、ゆっくりと立ち上がり、僕の目を射抜いたまま後ろに回り込むように左へ動き僕の側面へ。そして眼が追えない僕の後ろ側へと言ってしまった。だんだん不安になってくる。目を追えと言われたのに追えなくなってしまった。他の人だったらどうにかして追う手段を考えて追えるはずなのに、僕は、追う手段を考えずに諦めてしまった。どうしよう、どうしよう、どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう、どうしよう。どうしよう!どうやって追えばいいんだ。何か、手段があるはずだ!だめだ。無い。無い。無い。無い。無い。無い!ない、無い、ない!ナイ!ナイ!ない?ある?ない!?いや!あるはずだ!あるに決まってる。他の人は出来るんだ。僕はそれを考えられないだけなんだ!肩が激しく上下する。胸が激しく鼓動する。その鼓動につられるように呼吸が早くなる。だんだん早くなる。おかしい息がうまく吸えない。もっともとお!吸わなくちゃ!早く呼吸しなくちゃ!
呼吸は短く、そして早くなっていく。そして、手と足の指先が痺れていく。
な、なんだこれ。おかしいぞ。手が痺れてくる。何も運動なんかしてないのに!
目の前が霞みもともと白い部屋でわかりにくいのがさらにわかりにくくなっていく。
なんだ!なんなんだよ!僕は泣いていた。涙で視界が霞んでいたのだ。しかし、それに気付けるほど余裕などなかった。視界がおかしい!なんだこれ!水?どっか漏れてるのか!?天井?
しかし、天井は白いだけで何も見えない。
なんでなんだよ!
おかしいよ!助けてよ!
その刹那。誰かが僕を後ろから抱きしめてくれたような気がしてハッと我に返った。
全体を包み込むような優しさを感じると右肩に白く透き通った色をした肌の手が添えられている。僕はまた右肩に視線を奪られた。その美しい肌を追っていくと女医の惠が優しく微笑みながら横に立っていた。
手足の痺れは少しづつ抜けていき、呼吸も落ち着いていく。彼女は、僕の周りをまわっているだけだったのに、先程とは別人に見えた。
そして、右肩に添えられた右手を浮かぶようにゆっくりと離すと、僕の眼を見ずに椅子へと向かい。座りなおし、その笑みを絶やさないまま女医の惠の口は開く
「初めまして。」
二回目の問いだった。
「え?」
思わず、素っ頓狂な声がでてしまう。
女医の惠は、それでも気にせず口を開いた。
「私の名前h。。。」
「めぐみ。。。さ。ん。。。ですよね?」
彼女が言い終える前に口を挟む。
その返答を聞いて少し訝し気な顔をした後すぐに微笑みなおし
「えぇ。そうでしたね。私の名前はメグミでした。」
でした?でしたってなんだ。つい数分前の話なのに記憶障害かなんか?
「あなたのお名前を教えてください。」
ついさっき話した内容をもう一度聞いてくる。
「え。。。あ、はい。僕。と言います。」
少し戸惑いながら僕は、答えた。
「そうですか。それでは、私と少しお話しませんか?」
微笑みながら彼女はそう口にした。
僕は、何故かその誘いに疑問を持つこともなくイエスと答えた。
彼女は、そうですね。と天井を仰ぎ見ながらそう呟くと、顔を僕に向けてこう言う
「最近、辛いことありました?」
僕はこう答える。
「辛いことがない人なんていませんよ。」
彼女は続けてこう切り返す。
「でも、それを享受する人なんていないでしょ?」
僕は、その通りだと思った。辛いことを受け止めてそのまま消化する人なんていない。
「そうですね。でも、辛いことはたくさんあります。」
「例えばどんな?」
「まず、自分が情けないんです。他人が出来ることを僕は出来ない。やろうとしても何かしら失敗してしまう。どうしてもうまくできないんです。」
「最初から上手くできる人なんていないでしょ?」
「それでも、僕は、その、なんというか人よりできないことが多いんです。」
「ふーん。そうなんだ。出来ないんだ。それは、他人という一個人ではなくて人の集合体としての他人じゃなくて?」
「人の集合体としての他人?」
「そう。他人。って自分とは違う人って意味でしょ?僕。の他人って個人のことを指しているんじゃなくて自分対その他大勢って意味なんじゃないかって。」
わかりきった口調に少し腹が立った僕は、口を大きく開いてこう言った
「さっき会ったばかりなのにわかったような口を聞きますね。」
「そりゃ、そうよ。」
先程の優しい口調は次第に崩れ、彼女は友人に話すようにフランクな話し方に変わっていく
「あなたの直近の記憶見させてもらったけど。先輩や友人。自分には持ってないものを持っているから記憶してたんでしょ?自分にもあんなコミュニケーション能力があれば、自分にもあんな処理能力があれば仕事はそつなくこなせるのに。そんな風に思っていなければこんな書き方しないわよ。」
自分が記憶してものを書いた紙を持ちひらひらと彼女の顔の前で揺らして、つまらなそうにその様子を見つめている。
その姿に僕は、怒りを感じ、その場から立ち上がり机を力強く叩き抜いた。その鈍い音は白い部屋に響く
「それを求めて何が悪いッ!自分では出来ないものを求めて何が悪い!!」
彼女は、僕のその一言を鼻で笑う。
「求めて悪くないわよ。それが普通じゃない。けどね。それを手に入れようと僕。は手を伸ばしたの?近づこうとした?してないじゃない。僕。はね。それを見て、ただただ。憧れていただけ。トランペットを欲しがって雪降る夜、ショーウィンドウにかじりついてるだけなのよ。子供だったら許される。けど、大人はそれでは許されない!」
「ナッ・・・なn」
なんだと!という言葉が最後まで出なかった。自分のミスなのに仕事を手伝ってくれた先輩。その姿になろうとしていた自分は、結局その先輩の姿を見ているだけだった。成ろうと思っても成れなかったらどうしようという思いが邪魔をして一歩踏み出す事もできない。僕に何かできることはありますか?と一言言えばよかったのにそれから逃げるようにしてこうすれば先輩の楽になるはずと思い込み仕事をしていた。一言話していればもっとうまくできていたはずだったのに。自分で手に入れるチャンスを潰していた。その事に気づけなかった。
僕は崩れるように椅子に座り込んだ。
「その通りだ。自分から行こうとしなかった。自分で掴もうとしなかった。けど。。。」
とたんに涙が出てくる。したかったけど、怖かった。その言葉を飲み込むようにただただ泣いた。その姿を彼女は相も変わらず眺めている
「自業自得でしょ。僕。が言ってる他人っていうのはさそれをやってきたのよ。自ら動いて、形にして。たとえ形にならなくても何とか形にしようともがいて行動したの。失敗もあったと思う。けど、僕。が求めているものを手に入れるために他人と呼ぶ人たちは、苦労をしたの。けど僕。はそうしなかった。なんで?」
僕はその言葉を泣きじゃくりながら考えた。考えたけど。明確な答えは出なかった。
「わ、っかんない。どうしてなんだろう。」
彼女は、右ひじを机について前のめりになって顔を僕の顔寸前まで近づける。彼女の吐息から煙草の匂いが強く鼻腔に漂う
「それは僕。が自分自身で考えなさい。じゃないと今泣いてる意味がないわよ。」
その言葉で、一つの言葉が頭の中によぎる。それを漏らすように呟いた。
「変わりたかった。。。」
その言葉を聞いて彼女は、そっと顔を離し、右ひじで頬杖をついて答えた。
「変わりたかったんだ。自分を?」
扉が少し開いた気がしたそしてそこから光が少しこぼれるのを感じた。
「そうだ。僕は変わりたかったんだよ。けど、怖かった。変われなかったかもしれない自分が。変わった先の自分が。だから、見ていた。こまねいてた!」
「だから、僕。は見ているだけだった。」
彼女は態度を変えずぶっきらぼうに言葉を返してくる。
「だから、諦めた。けど、諦めきれなかった。」
「行動した先の僕。は別人でしょ?今いる僕。じゃない。変わりたかったを考えるのはお門違い。変わろうと行動した僕。が考えること。だから、好きなようにやればいいのよ。」
少しづつ扉が開いていく。そして、その先にこぼれてくる光は溢れようとしている。
「好きにやってみなさいよ。僕。は、自分で自分が進む道を潰してたんだから。もともと潰してた道でしょ?だったら、進もうが進まないが関係ないじゃない。起きてしまったことは変えられないなら、自分がその過ちを振り返って次に進むの。」
彼女は笑っていた。その先に扉が見える。その扉は、今すぐ開かれようとしていた。溢れる光が僕を包み、白く僕を染めた。
目をつぶり、彼女の言葉を心の中で繰り返す。
好きにやってみなさいよ。自分で自分が進む道を潰してたんだから。進もうが進むまいが関係ないじゃない。
そうだ。関係なかったんだ。もともと自分で壊してた道なんだから。あってもなくても関係ないんだ。そう思うと進むのが楽になる。行き止まりでも戻って他の自分が壊した道がある。それを直して進む。進める道を探せばいいんだって。ばかだなぁ。泣くまで追い込む必要もなかったんじゃないか。。。
包んでいた光が次第に収束していく。指先から張り詰めるような寒さを感じるとそれは次第に体全体を覆うように広がっていった。目を開けて周りを確認するとそこは、真っ黒な空間だった。いや、空間とは語弊がある。何かの圧迫感を感じる。今いる場所を右足で軽くノックするように地面を叩くと固く鈍い音が分厚く自分の耳にこだまする。金属に近いその音はどこか悍ましさを感じる。
手を上にあげると何かに触れる。ヒヤリと冷たい感触はどこか悲しさすら感じられる。
ちょうど大人が入れるぐらいの高さの天井があるらしい。天井があるであろうその場所を手を伸ばしながら見ていると、誰かの視線を感じ、その方向に顔を向ける。そこには、影のような真っ黒な自分が自分の前に立っていて種火ほどの小さな少しでも息を吹きかけたら消えてしまいそうな明かりを手に持っていると思われる不可思議な物体がそこにいた。
幽霊。一言で例えるならそれが妥当だろう。しかし、恐怖は感じなかった。むしろ安心感すらあった。
「俺の事知ってるかい?」
唐突に幽霊がそう僕に問う
僕は、知らない。と答えた。
「そりゃあ、そうだろう。でも、俺。なんだぜ。」
訳のわからないことを言う。
「申し訳ないけど、君の事は知らないよ。見たことあったとしてもそんなに黒いんじゃあ確認のしようがない。せめて名前を教えてくれないか。」
「名前?だから言ったじゃないか。俺。だよ。」
はぁ?何言ってんだこいつ。
「俺じゃわかんないだろ。君の固有名詞を教えてくれよ。」
「わかんねぇやつだなぁ。俺。の名前は俺。だよ。」
「答えになってないだろ。君の苗字と名前。下の名前を教えてくれって言ってるんだ。」
「ったく、答えてんのに。馬鹿かね。此奴は。逆に聞くけどお前の名前は何なんだよ。苗字と名前。下の名前。」
無性に腹が立つ。話が通じないお役人と話をしているみたいだ。半ば吐き捨てるように言い放つ
「僕。だよ!」
すると、幽霊は、こう答えた。
「お前な、苗字と名前を聞いてるのに。僕。はないだろ。早く教えろよ。」
眼が点になる。確かに。僕。の名前は僕。だが、苗字も名前もない。只の一人称に過ぎない。なんで今まで気が付かなかったんだ。おかしくないか。
すると、幽霊は、
「な?おかしいだろ?俺は、俺。でお前は、僕。だ。」今までの二人がそれで納得したのはおかしいと思わなかったのか?」
正直思わなかった。何故だ。何故思わなかった。
混乱している僕。を見て幽霊は、ご機嫌に語り掛ける。
「そりゃあそうだ。だってお前は、すでにお前じゃないんだから。名前なんて必要ないだろ。」
「僕。は、僕。じゃない?どういうことなんだ。」
幽霊の問いかけは、僕の中で新たな疑問を作り出した。僕は誰なんだと言う疑問。その答えをこの幽霊は持っている。
「知りたいだろ?そりゃあ知りたいよな。でも、それを知るにはまずいくつか知らなきゃいけないことがある。後ろを見てみな。」
幽霊の言葉に従って後ろを振り返る。そこには無数の壊された道が放射線状に広がっていた。
「なんだこれ。。。」
「それが、お前が壊して来た道だよ。」
後ろの幽霊が僕の呟きに対してそう答えた。
「僕は、これだけ壊したのか。」
「そうだ。私。は、進もうが進むまいが関係ないって言ってたけど。お前は、こんなに壊して来たんだぜ。これって、もう救えねぇだろ。どんだけ壊せば気が済むんだよ。」
ケラケラと幽霊は笑った。
一つの道を壊れた先まで進む。すると、先輩に憧れそれに追いつこうと必死になったが諦めた僕。の姿があった。
もう一つその先に行くとキャンプを趣味しようと道具を集めるもやる前から合わないと決めて無駄に買いそろえたキャンプ用品を眺める自分がいた。
この壊れた道は自分が諦めた道。どれも先端までは短くたやすく行き来出来る。
自分が情けなくなった。
そして後ろからけたたましいサイレンのような笑い声をまき散らしながら、窒息しそうに言葉を並べる
「お、、、ま、、、くーひぃっ自、、んが。だーはっは、、、どんだけ、ひーひー。惨め、、、か。わかったかぁーはっはっは!」
幽霊は、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
その興奮が落ち着きを取り戻すともう一度深く深呼吸をして、よし。と意気込んだ。
「お前、自分が、どんだけ惨めかわかったか。お前が、壊した道っていうのは、進んだ道なんだよ。先輩に憧れた僕。も趣味を持とうとした僕も。進んで、諦めちまった僕。の末路なんだよ。」
無限に思える壊れた道が草原のように広がっている。僕は、動いていないのに一つ一つの道の終着点が見えている。そして流れ込んでくる。
両想いの女の子に一歩踏み出せなかった僕。
大事な仕事を任せれたのに逃げ出して周りにやらなかった理由を押し付けた僕。
人格否定されたとしても言い返さなかった僕。
夢を叶えられなかったのは環境のせいにして逃げてた僕。
様々な惨めな挫折がその目の前には広がっていた。
泣くこともできなかった。唯々乾いた笑いが僕の口の中で溶けて徒労となって吐き出された。
幽霊の声はそれに追い打ちをかけるように響く
「私。が言ってたのは、僕。自身当にわかってたんだよ。でも、実践すればするほど自分が弱い人間だと自分自身で追い込んでいく。そして、自分のよりどころを探すんだ。自分が気持ちいいところを。そして見つけたのが破滅だ。孤独死をするんだから自分が好きなことをすればいい、今を大事に。それも多くの楽しみを。嫌なことから逃げて、立ち向かおうともせず。唯々安寧という惰眠を貪る。それって素敵じゃない?ってそう思うでしょ?って自分に言い聞かせてそれを享受しようとする。でも、自分の中の本当の気持ちは偽れない。お前、言ったよな?変わりたい!って。変わりたいと心の中で願って行動した結果。おまえは一歩進んでは諦めてまた次のを目指す。それこそインスタント食品のように。次々とっかえひっかえしながら。そうやってお前は、変わりたいという自分の本当の気持ちを食い物にして、のうのうと暮らしてたんだよ。それをまた繰り返した結果がこれだ。こっちを向きな。」
僕。は幽霊の方に体を向けた。幽霊の後ろには立派な道があった。しかし、その立派な道は、どす黒く、道の両端には、幽霊が持っている種火のような光源が道しるべのように均等な距離を保っていくつも並んでいた。
「なんだこれ。」
僕。は、その道を見たとき背筋が凍りついた。言ったら戻ってこれないとすら思った。
「僕。の末路さ。この先を見てここに戻って来れたなら褒めてやるよ。お前は成長したってな。もちろん行かないって選択肢もある。ここで、一人楽しく破滅を楽しめ。大丈夫。もともと破滅願望があったお前なんだから、ここでも一人うまくやっていけるさ。」
幽霊の影が少し薄くなり、その影の唇がニヤリと吊り上がる。
幽霊は、値踏みするかのような口調で僕。に問う。
「どうする?」
「行った先にも破滅はあるのか?」
僕。は、声を震わせながら値踏みしてくる幽霊に問うた。
「それは、お前次第だろ。破滅したきゃすればいい。」
どのみち破滅するなら自分が前に進むと思った方を行った方が納得がいく。ここで選択肢を与えられて行かないってことは、それこそ惰眠をむさぼるってことだ。
「わかった。その道を行く。」
「へぇ。。。行くんだ。。。」
幽霊は意外そうだと言わんばかりに声を漏らした。
「じゃぁ行きなよ!自分で選んだ道なんだろ!?せいぜい頑張ってこい!」
幽霊の意外な応援に少々戸惑いながらも僕。はそのどす黒い道を歩き始めた。
その道は、さっきまで見た道とは違っていた。長く、倒れそうになる位の風が僕。の体を拒み続けるその風を受ける度に思い出される記憶。
先輩は僕に仕事のやり方や、社会のわたり方などを教えてくれた。時には僕の相談事にも乗ってもらったりして週に一~二回は二人きりで飲んでは、会社について将来について熱く語り合った。先輩の口癖は、「自分のケツは自分で拭け」だった。
ある日、先輩がリーダーを任されているリゾートプロジェクトで問題が起こった。予定のオープン日程に間に合わないことが判明したのだ。原因は、客室に入れるベッドの納品ミス。発注したものとは違うものが届いたのだ。僕。はこのミスに気づき、リーダーである先輩に報告した。先輩は、この報告を受けすぐさま他の社員に指示を出して事態の収拾に努めた。しかし、調査の結果受注側による納品ミスではなく、発注書自体に問題があったことが判明した。この発注書を書いたのが、当時社内恋愛をしていた先輩の彼女だった。発注書を出すのに稟議書を提出するが、この際、リーダーの承認が必要になる。つまりダブルチェックが必要な仕組みなのだ。その先にも課長部長専務社長とチェックは続く。しかし、会社の暗黙の了解でチェック責任はプロジェクトリーダーにあった。僕は、稟議書のミスを発見し発注ミス以前に先輩にこの事を伝えたが、何とかなるあとは俺に任せろ。と言いその場を濁した。そして、納品ミスが発覚。原因追及の際何故か僕。のミスになっていた。先輩は、事前に稟議書に修正を加え稟議書提出者を僕。にしたのだ。僕は、抗議をしたが、受け入れてもらえず、始末書を書くことになった。後日、先輩一人を呼び出し、事の次第を言及したが、すまん。の一言で終わり、僕もその姿が情けなさ過ぎてそれ以上何も言う気になれなかった。しかし、その日以降から先輩からのイジメが始まった。もともとカリスマ性がある人だったこともあり社内の人気、信頼は高くプロジェクト内の社員がイジメに加わるのはそう時間はかからなかった。いつの間にか、直属の上司、敷いては部長までがそのイジメに加わり僕の精神は破たんしていった。
思い返される記憶。理不尽な人格否定、裏切り。忘れていた方が幸せだったと思わせるほどのつらい記憶。それが、風と共にやってくる。それは、体だけではなく心も同時に蝕まれていく。けど、一歩一歩確実に歩を進める。幽霊は言った。お前次第だろう。と、今まであったのは破滅で戻っても破滅なら進んで破滅してやる。すでに意地だった。その心さえも蝕まれる風を受けて歩いていくと黒い扉が先に見える。扉の先に何があるのだろう。これ以上の破滅は正直ゴメンだ。いつしかその扉は希望になっていく。この風が止むようにこの風を乗り越えたと言う自負のために。
微かではあるが一歩一歩確実に近づいていく扉との距離、精神も限界に来ようとしたとき扉と手の距離は数センチまでに迫っていた。すべてを乗り越えたい。その一心で最後に心のエンジンに火をともす。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。届いてくれぇェェェェェェェェェエ!」
扉のノブに手が届く。力を振り絞り、力いっぱいノブを回し、自分の方に引き寄せた。扉は開かれ、風は一瞬で止み、体は軽くなりその勢いで転がり込みながらドアの先へと歩を進め、力尽きてうつ伏せに倒れた
その先に続いていたのはまた暗闇だった。
そして、例の幽霊が目の前にいる。パチパチとやる気の無い拍手がその暗闇の空間にむなしく響き渡った。
「おめでとう。真実に。高崎守。それが君の名だ。」
もう、精根尽き果てた僕は、倒れたままその幽霊の声の方向に顔を向ける。
高崎守。。。それが僕の名。
心を読むように幽霊は言葉を続ける
「この扉の先には、希望なんてないぜ。悲しいかい?けど、別にいいだろう。進むも破滅残るも破滅だったんだから、またここに戻ったって。」
僕は最後の言葉で我に戻り、上半身だけを起こして後ろを見た入ってきたドアは無く、暗闇にしかない空間にひときわ大きな一つの窓があった。そこには、僕と女医の惠が最初の白い部屋で話しているのが見える。しかし、僕の顔は生気がなく口から涎を垂らしながら何かを呟いていた。
「なんだこれ。。。」
「おいおい。もうそのセリフは聞き飽きたんだよ。高崎守。」
幽霊は、元気よく見下すように声を張り上げる。
「お前、なんで二人いるか知らないだろう。教えてやるよ。お前は、上司と先輩を殺して警察に捕まったんだよ。」
は?何言ってんだ。そんな訳の分からないことを。
「は?何言ってんだ。そんな訳の分からないことを。って言いたげな顔をしてるぜ。高崎守。ここまでやって来たんだ。教えてやるよ。」
そういうと、幽霊は、指を華麗に鳴らす。
すると、最初の白い部屋によく似た空間が急に現れ、女医の惠と高崎守。つまり俺。が目の前に立っていた。
「まず、自己紹介だな。俺は、ショウ。そして、この女がサキ。」
俺。の形のした人間は自分をショウと名乗り、隣にいる女医の惠をサキと紹介した。
紹介されたサキは続けてこう言う
「混同させるようだけど、私にはもともと姿かたちがないの、だから一番最後に見た女の人をそのままトレースしたってワケ。ショウには元から姿かたちがあったからこの場ではちゃんと現れているけどね。」
続けてショウが言う
「正確には、お前は上司や先輩を殺していない。殺したのは俺だ。お前イジメられてた時いっつも逃げて俺に頼ってたじゃないか。だから、助けてやったのさ。先輩を殺すとき楽しかったぜぇー右腕のこぎりで切ってやってさ、ひぃひぃ泣くもんだからよぉー。頼む!俺には将来も妻になる恋人もいるんだーってな!だから言ってやったよ。自分の幸せの為に人を蹴落として何が幸せだよ。今度はお前が蹴落とされる番だよってな!どうだ!少しは、気が晴れたか?」
何言ってんだこいつ・・・。俺と同じ姿形をしたショウっていう奴が俺の為に先輩を殺した?
ショウは、そのまま語り続ける。
「でもなぁ。部長を殺すときは、失敗した。スコップでよ思いっきり首元ヤッテやったのよ。その後壊れたカエルの人形みたいにさヒューヒューしか言わねーの!だから、生きたまま地面に埋めてやった。もうちょっとしゃべれるように殺すべきだったわー。イヤーほんとスマン。」
頭の中が、ビーフシチューのように濃くごちゃごちゃになっていく。まともそうなサキに救いを求めるように目線で合図を送った。
サキは、軽くため息をついてしゃべりだした。
「あなたは、私たち二人を作り出したのよ。ショウは、イジメられていた時に。私は、イジメられた後に、自分を許してほしい導いてほしい役割を探してね。だから女性なんでしょうね。私は。だから、ショウも私も元の材料は貴方。高崎守なのよ。そして、私たち三人を一緒にするために女医の惠は貴方に催眠療法を行ったの。後ろの窓に映ってるのはその風景よ。」
「え?じゃあ俺が先輩と上司を殺したってのか?」
サキとショウを見比べながら僕は、そう呟く
「直接的にはそうなる。でもね、高崎守も聞いたことあるでしょうけどこの症状は、心理学で言うところの多重人格障害なのよ。確証はないけど、この女医がそう判断するならあなたは刑を免れることができる。つまり、何ごともなく暮らせるのよ。」
もうわかってるでしょ?と最後にサキは言うとショウを見た。
ショウは、サキを見てこう言う
「なんだよ。もう戻っちまうのかよ。せっかく自由にコイツの体を借りて遊べるっていうのに。」
サキは、その問いにこう答える
「決めるのは、メインの人格の高崎守よ。私たちがメインの人格を独占していいわけないじゃない。」
「でもよ。サキ。コイツ一人じゃ心配だぜ?」
「大丈夫よ。私たちを作った人格ですもの。何とかやっていけるわよ。」
「たく、しゃーねーなー。高崎守!もしやばい時があったらまた俺を作ってくれよ!またイジメたやつ殺してやるからよ!!」
「高崎守。あとは自分で考えなさい。私たちは貴方の意思に従う。決して悪いことだけじゃないはずよ。世の中ってやつわさ。」
そう二人が言うと、光とともにゆっくりと消えていった。それを見送ると同時に瞼が重くなっていく。ゆっくりとゆっくりと視界が狭まっていった。
重くなった瞼を少しづつ開けて行く、白い部屋に目の前に机。目の前には、サキ。。。ではなく女医の惠が口元だけ笑って座っていた。
「初めまして。あなたの名前は?」
女医の惠がこう言う。
だから僕は、こう言った。
「初めまして。僕の名前は高崎守です。先輩と上司を殺したのは僕です。」
たとえ僕じゃない作り出した人間がやったことでもやったことの罪は僕が背負うべきだと思う。
END
見ていただいてありがとうございます。
皆々様思うところはありますでしょうが、どうか許してください。
完全に、マスターベーションです。
それでも、何か皆様に刺さるものがあればありがたいと思います。