リベンジ・ザデイモンズ
「死にたくないよ、死にたくない。折角…なんで」
大沢 知乃の頬に強烈な一撃、右拳。二撃目は左拳。右頬を殴られ、血反吐を吐き出す。左頬を殴られて、親不知を吐きだす。奥歯が取れたのだ。
「コロス、コロス、コロス」
大沢 知乃は一〇本の指を動かす。彼女は、複雑な印を結ぶ事で魔術を発動させる事ができる。
ガシッ、彼女の左手は自由を奪われる。
「へぇっ」
彼女の左中指と左薬指が一八〇度曲げられて、手の甲にぴったりとくっついている。指を折られたのだ。
「仲間の名前を言え、魔術師」
「いえない、いったらあああ!」
左親指が二七〇度回転した。骨が破壊され、神経が途切れた。皮だけで繋がった、親指がぶらん、ぶらんと揺れる。
「言えない、言えない。悪魔にデイモンにいいぃい!」
左小指が千切られた。痛い、激痛が走る。
トカゲを模した仮面を被る男、男の冷酷無慈悲な視線が知乃の右指の動きに気づいた。右手だけで発動できる魔術「スキタイの雷」だ。右手から発する稲妻が黒いトカゲの仮面を被った男に直撃する。人の命を奪うのに十分な威力の電撃である。知乃は自分の視界が狭くなった事に気づく。激痛。
「次は右目をいただこう」
知乃は自分の心が折れる音を聞いた。
半円を描く白刃が蜥蜴男の右肩に振り下ろされた。ビルに挟まれた路地に救世主が舞い降りたのだ。
「俺の撃剣がまるで効いていないと、な。正直、怖いわ、お前」
上半身裸の蜥蜴男は、知乃をボールのように放り投げた。そして、背後から奇襲を仕掛けた少年をじっと見る。
「きゃわっ」
少女はコンクリートに叩きつけられて気を失ってしまう。
「やっと、強い魔術師が来たか、待っていたぞ」
「この街で14人の同胞が殺された。お前がやったのか? デイモン」
「6人だ、仲間が殺したのは確か5人、後の3人は知らん」
この二人がぺらぺらと情報を話すのは、互いに自分の強さに自信があるからだ。どうせ目の前の戦士は死ぬと。この発想は、日本語で言うところの「冥土の土産に教えてやる」と同義である。
「行くぞ、デイモン」
稲妻のような動き、いや少年の動きは稲妻そのものだ。雷の速さで振り下ろされる撃剣の連続斬撃。人間の限界を超えた連続攻撃、上から斬りつける、突きあげる、全身のバネをフル稼働させた上半身を振り切る斬撃。だが全て躱される。
「鈍い、魔術で身体能力を上げているようだが、欠伸が出るぜ」
「見下すと後悔するぜ、デイモン」
「その呼び名はやめろよ」
蜥蜴男は、少年の右腕を掴んだ。ピクリとも動かす事ができない。圧倒的な握力。人間を超えた戦士の能力をさらに超えた圧倒的な力だ。
「例えば、リザードマンとか呼んでくれ」
「分かった、リザードマン。お前の負けだ」
少年の黒い瞳が赤く変わる。それと同時にリザードマンの体が紅蓮の炎に包まれる。紅蓮の魔眼、敵を燃やし尽くす圧倒的な火力。炎は一瞬にして、ビルを突き抜ける巨大な火柱へと変わる。敵は強かった。強大な魔法騎士の魂をその身に宿す彼だが、今の体は前世に比べて脆弱だった。だが敵は待ってはくれない。
戦いを終えた鎌瀬 当馬は携帯電話をポケットから取り出す。勝利を仲間に伝えるためだ。
当馬の胸部から腕が生えた。その太い腕は黒く鋭い爪を生やしていた。リザードマンが生きていたのだ。
「温いぜ、あんな温い炎で俺を殺すつもりだったのか? ああ、もう死んでいるのか?」
ビルの屋上から小柄な少年が降りてきた。少年の顔面の下半分は、銀色の獣の牙を模した仮面で隠されている。
「お疲れ、でもよ。一人でのこのこ、やって来たからには、これでもかなり精鋭だぜ。これでも、な」
「長居は無用だ、行くぞ。こいつが最後に電話しようとした相手は十中八九魔術師だ」
地面に転がっている当馬の携帯電話をリザードマンが拾う。
「俺らが集めたアドレスとも照合しないと、全員のアドレス帳に共通する奴がいれば、そいつも魔術師だ」
二人は戦いの現場から早々に立ち去る。少年は敵に打ち勝つ事はできなかった。だが、大沢 知乃は逃げ出す事ができた。か弱い少女の命を救う事はできたのだった。