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現在片思い中

 ラーメンを食べ終わってからしばらく、僕らは源さんといろいろな話をした。

 野崎さんが初めてこの店に来たときの話や、源さんの修行時代の話など……。野崎さんも楽しそうにこの店での思い出話を語ったり、僕らはとても充実した時間を過ごした。このときに彼女の過去の話なども聞けたので、僕としてはこれだけでも今日、この店に来て良かったと思う。

 それにしても、僕らは相当話し込みすぎたみたいだ。

 時計の針も、僕らが来たときには四時を指していたというのに、楽しい時間ほど早いものなのか、もう夕方の六時を指していた。

 ラーメンを食べ終わったのが確か四時半ぐらいだったから……一時間半もずっと話し込んでいたことになるのか。基本、口数の少ない僕にしては、えらく長いお喋りをしていたみたいだ。

 でも、そんなお喋りもそろそろお開きかな。

 六時頃ということで、さっきまでと違い、お客さんがぞろぞろとやって来てるし。さすがにこれ以上、居座っていたら迷惑になっちゃうね。

 というわけで

「野崎さん。お店混み出してきたようだし、そろそろ帰らない?」

 僕は彼女にこう問いかけた。彼女は僕の問いかけに、「そうだね」と頷いた。

 そして彼女は席を立ち上がり

「そういうわけだから源さん。私達、そろそろ帰るね」

 そう言って、さよならを切り出した。

 さよならを切り出すと源さんは

「おえぇ~~、もう帰っちゃうのかい?」

 すこぶる名残惜しそうな声を上げた。そんな源さんに野崎さんは苦笑いながら言った。

「源さん、『もう帰っちゃうの』って言うけど、もう六時だよ。さすがにそろそろ帰らないと、お母さんが心配しちゃうよ。それに、藤村君のお家の人だって、帰りが遅くなると心配するかも知れないし……」

 何か妙な気の遣われ方だった。女の子に門限を心配されるなんて。

「う~ん、それもそうかぁ。確かに親は心配するかもしんねぇな。……分かった。じゃあ、また来てくれよ!」

 野崎さんは源さんに大きく頷いた。源さんは僕にも言った。

「藤村君もまた来てくれよな。ワシ、君のこと気に入ったから」

 満面の笑みで言われた。僕も当然、頷いた。

 こんなにいい店、他にはないよ。美味しいラーメンに、源さんの温かな人柄。うん、本当にいい店だ。是非とも、また来たい。僕は強く思った。


「藤村君、本当にごめんね……今日は藤村君の感謝会だったのに……勘定、私の分まで払ってもらって……」

 源チャメンを出た後の帰り道、僕らは夕暮れの街を歩いていた。

 今僕は、彼女と肩を並べて歩いている。

 これだけで、僕は本当に幸せだった。彼女と一緒にこうして街を歩けるなんて夢でも見ているんじゃないかと自分でも思う。嬉しさで思わず、スキップでも踏んでしまいそうだ。

 だけど、そんな浮かれ気分の僕とは対照的に、野崎さんはひどく肩を落としていて、足取りもどこか元気がなかった。

「野崎さん、まださっきのこと気にしてるの? そんなこと別にいいのに。たかだかラーメン代じゃないか」

 そう、さっきから野崎さんが落ち込んでいる原因は僕にラーメン代を全額奢らせてしまったことらしい。ホント、そんなこと気にしなくていいのに。

 でも、気遣い屋の野崎さんからするとそうはいかないみたいだ。彼女はまだ申し訳なさそうにしてる。

「だって、今日は藤村君の感謝会で行ったんだよ。それなのに、藤村君に全部払わせちゃうなんて……。ごめんね、お財布を家に忘れてきちゃうなんて……私、どんだけドジなんだろう」

「だからいいんだって、野崎さん。もともと打ち上げに行こうって誘ったのは僕なんだから。君が気にすることはないよ。それにね、あの場面で野崎さんにお金を払わせているようじゃ、僕が源さんに笑われてたよ」

 硬い表情を少しでも和らげられるようにと、僕は笑顔で言ったのだが

「……藤村君が源さんに笑われちゃうの?」

 野崎さんの表情は和らぐことなく、むしろ疑問でいっそう硬くなってしまった。

 うーん、この疑問にはどう答えたらいいものか?

 『男の面子』って言っても、女の子である野崎さんにはきっと分からないよね。そう思った僕は、あえて何も説明しないことにした。言ったところで、?マークを浮かべられるだけだろうし。

 そういうわけで僕は

「まぁ、いいじゃないか。そんなこと」

 話を逸らすことにした。

「はぁ……」

 彼女はまだ自分のミスを嘆いているのだろうか、ひとつ溜息をついた。

 だから、そんなこと気にしなくていいのに。気遣い屋過ぎるってのも少し考え物だ。

 これ以上「気にしないで」と言ったところで、彼女にはきっと無駄だろうな。だから僕は、話を違う角度で振ってみることにした。

「それにしても野崎さん。源さんのラーメン、本当に美味しかったね」

 僕がそう言うと、野崎さんの暗かった表情が少し明るくなった。

「うん、美味しかった。やっぱり源さんのラーメンは日本一だね!」

 お、野崎さんの表情が生き生きしてきたぞ。声色の方も少し元気になってきたかな。よし、どうやらこの方向で話を進めていけばいいみたいだ。

 僕はいい感じになってきた会話が途切れないように話を続けた。

「あ、そういえば僕さ、源さんに気に入られたみたいなんだ。『また食べに来てくれ』だって。こういうのって、なんか嬉しいね」

 そう言って彼女に笑いかけると、彼女は小さく笑った。

「私の方こそ嬉しいな。藤村君が源チャメンのこと、気に入ってくれて。……私ね、本当は不安だったんだ。藤村君があのお店を気に入ってくれるかなって」

「不安だったの?」

 彼女の言葉は意外だった。あんな自信満々にすすめていたのに。

 彼女はぎこちなく笑って話を続けた。

「実はね、あのお店のことを教えたの……藤村君が初めてだったの」

「そ、そうだったの!?」

 またも意外だった。僕はてっきり、人当たりのいい彼女のことだから仲のいい友達にはみんな、あの店のことを教えているとばかり思っていた。「私、美味しいお店、知ってるよ!」みたいな感じで。

「私にとってあの店は……特別な場所だから。藤村君に教えるまで誰にも教えたことなかったの」

 夕暮れの街を歩く中、彼女が呟くようにして切り出した。

 真っ直ぐな視線が僕の瞳を捉える。

「あの店は、小さい頃からの思い出がいっぱい詰まった場所でね、源さんに怒られたことや、源さんと笑ったこと……本当にいっぱいの思い出が詰まってるの。あの店は私にとって、心の一部なんだ。だから、そんな大切な場所だからこそ、どんなに仲のいい友達でもあの店のことだけは秘密にしてきたの……」

 野崎さんの語る言葉は、ひとつひとつ重みを持っていた。源チャメンとの深い絆。それを語る彼女の瞳は真剣そのものでその瞳は凛々しくさえ見えた。

「じゃあ……何で僕なんかに教えてくれたの?」

 当然の疑問だった。どうして彼女は僕に、そんな大切な場所を教えてくれたんだろう。君は大切な思い出の中に僕なんかを入れて良かったのかい? それこそ……ただのクラスメイトでしかない僕に……。そんな疑問をぶつけると、彼女は微笑んだ。そして

「たぶんね、私にとって藤村君も……特別な存在だからだと思うの」

 夕焼けのオレンジに染まる彼女は囁くようにして言った。

 僕が恋に落ちた瞬間の、あの笑顔を見せて……。

 僕はこの瞬間、死ぬかと思った。彼女があまりにも可愛い過ぎて。僕の心臓は胸キュンでおかしくなっちゃいそうだった。そのぐらい、今の彼女は反則的なまでに可愛いかった。

 僕は彼女を見つめたままで、何も言葉を発することが出来なかった。ただ口がパクパク動くだけで、何を言ったらいいものかさっぱり分からない。彼女の可愛さは、どうやら僕の思考までも止めてしまったようだ。

 だんまりとなってしまった僕に、彼女は慌てて言葉を加えた。

「あ、あのね、と、特別って言っても、別に源さんが言ってるような意味じゃないからね!」

「……え、ああ、うん」

 何だ。さすがに彼氏とか、そういう恋愛感情まではいかないのか。

 ちょっと残念。少し期待しただけに。でも、彼女に「特別な存在」だなんて……そう言われただけでも十分過ぎる。僕はメチャクチャに嬉しかった。

「でも藤村君……さっきはゴメンね」

 頬の筋肉緩みまくりの僕に、彼女が罰の悪そうな顔で切り出した。

「何がだい?」

 締まりのない顔で聞き返す僕に、彼女は元気のないトーンで続けた。

「その……『ただのクラスメイト』だって言ったこと」

「……あ!」

 そういえばそんなことを言われてたっけ。浮かれ過ぎてて、つい忘れていた。さっきまでそれで凹んでいたくせに、特別って言われた途端に忘れるとは……。全く、僕のテンションの変わりようは現金なものだ。

「あのときは、源さんが、その、話を飛躍させすぎるから勢いであんな風に言っちゃったけど、藤村君に失礼な言い方だったよね」

 失礼なんてことはない。事実は事実だから。まぁ、けっこうショックだったけど。

 曇った表情の彼女に、僕は笑いかけるようにして言った。

「いいよ、野崎さん。そのことはもう。それよりも僕は嬉しかったんだ。き、君に……特別だって言ってもらえた事が」

 僕は嘘偽りない本当の気持ちを彼女に伝えた。ただ、緊張しているせいか僕の声は少し震えていた。

 僕は今の言葉をある種、告白のような気持ちで言った。それぐらい今の言葉には、僕の素直な気持ちがこもっていた。

 でも、野崎さんには何で僕がこんなにも嬉しがっているのか上手く伝わらなかったみたいだ。ポカンとしている。

 ……仕方がない。ここまで言ったんだ。もう少し噛み砕いて言ってあげよう。

 僕が何でこんなにも嬉しがっているのか。

 鈍い野崎さんには、ちょっと分かり辛い言い方だったかも知れないしね。


 そう思った僕はもうひと声加えることにした。さっきの言葉を彼女にも分かるように出来るだけ噛み砕いて、僕は言いたいことをこれ以上ないぐらいストレートに言った。

「君に特別だって言ってもらえたのが嬉しかった。僕にとっても君は……特別な人だから……」

「……ふ、藤村くん……」

 どうやら、彼女にもやっと伝わったみたいだ。僕の言いたいことや気持ちが。顔を真っ赤にさせて不自然な瞬きを繰り返す姿が、何よりの証拠だった。

 それから僕らは、お互いに黙り込んだままで夕暮れの街を歩いた。

 僕が最後によけいなことを言ってしまったせいなのか、僕らの間で何とも言えない雰囲気が流れていた。

 別に気まずいわけじゃないんだけど、その、何て言うのかな……お互いに照れてしまって上手く言葉が出てこないんだ。

 でも、こんな沈黙に馴染むのも悪くはなかった。

 時折お互いに視線が合ってわけもなく笑ったり、肩と肩が触れ合っただけで照れたり……。僕らはまるで、付き合いたての恋人みたいだった。

 いつかはこんな時間が、当たり前のようになればいいな。

 きっと簡単なことじゃないんだろうけど、僕はそう願わずにはいられなかった。

 今までの僕だったら、君と一緒にいられるだけで、話が出来るだけで十分幸せだった。でも、今日こうして夕暮れの街中を君と歩いてみて僕は新たな幸せを知ってしまった。

 ――君の傍にいられるからこそ感じる幸せ――

 僕はどうやら、その幸せがどうしようもなく欲しくなってしまったみたいなんだ。少しばかり、欲張りになってしまったみたいなんだ……。




★★★★


 今日投稿する分の原稿を書き終えた僕は、一つ息をついた。

 現在ネットで連載中の小説『現在片思い中』の第二十六話。主人公の藤村君が片思い中の相手、野崎さんに告白じみた台詞をいう話。今まで書いてきた中で一番の出来だと思った。

 高校生の甘酸っぱい恋愛模様。「好き」という言葉を使わずに、よくぞここまで甘々な話が書けたと、我ながら胸を張りたいぐらいだった。

 しかし、僕は溜め息を吐く。

 何故なら今日はクリスマスイブ。僕は家の中から一歩も外に出ず、こんな妄想じみた小説を書いているときた。

 溜め息を吐かずにいられない。

 イブの予定を聞いたところ、現実の野崎さんは予定が入っているという。相手は誰だろう。野球部の田中? バスケ部の伊東? それとも演劇部の……。いや、家族と過ごすという可能性もある。だが、勇気がなくて聞けなかった。

 明日はどうだろう。フリーだろうか。

 メールを送るべきか。送らないべきか。

 僕は部屋で一人、頭をわしゃわしゃっと掻いた。

 もし、投稿した小説に感想がついたら送ろうか。

 今日中に続きの話を書くことが出来たら送ろうか。

「あぁもう、どうしよう!」

 僕の明日は、ジングルベル? それともシングルベル?

 僕は、現在片思い中。


「今日だからこそ!」こんな小説を書きました。

ちなみに作中で出てくる小説は、昔実際に書いていたものです。

いやぁ、こんな時代もあったのか。もう五、六年ぐらい前……。

感想を頂けたら嬉しいです。


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