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 曲が終わると、今度は九条がマイクを取った。片手で器用に曲を奏でながら話をする。

「この店の大家の九条です。先ほど、葛城が昼の店長としてカッコよく挨拶しましたが、実はこの店、昼の部は閑古鳥が鳴いています」

「おいっ!」

 九条の変なあいさつと葛城のツッコミに、会場からはどっと笑いが出た。

「それも今日までの話。実はあそこにギターを持って立っている山科さん。彼女がこの店の救世主です!」

 ステージの袖を示して九条が大仰に紹介したため、客は一斉にみのりを見た。突然の出来事に、みのりはビクっと身体を震わせ、そのまま硬直した。

「今日は、夜の部も手伝ってもらって、この後演奏もしてもらいますが、いつもは昼の部で、夏休みが終わっても大学の授業がない時は、い・つ・も、葛城と一緒にこの店に居ます」

「そ、そんなぁ、九条さん困ります」

 困惑気味のみのりは、九条のマイクを取り上げようと、思わずステージに上がってしまった。客からは一斉に拍手が起こり、みのりは立ち止まって客にお辞儀をしなければならなかった。

 葛城がにこやかに椅子を譲り、みのりを腰かけさせる。みのりは嵌められた感じになってストンと腰かけた。九条からマイクを受け取った葛城が、話を続ける。

「まぁ、僕の勝手な言い分ですが、山科さんには学校が暇な時に手伝ってもらう。その代り僕は、山科さんのギター作りを手伝う。僕たちはそんな関係です」

 客は、色々な想像をして、その顔に浮かぶ表情は様々だった。総じて、薄化粧をし、髪をおろしているみのりが好印象で、客の男女共に興味を引いたことは間違いなかった。

「今、山科さんが持っているこのギターは、山科さん自身が材料を集め、あそこに座っている大村さんのところで製材し、ここで調整して組み立てたものです。まだ作りかけですが、とても良い音がしますよ。是非聴いてください」

 客の大多数は大村と父親の方を見て、この男が製材所のオヤジか、と認識したようだった。そして興味はみのりの方にすぐさま移って行った。ステージ上のみのりに視線が集まる。

 みのりは、見つめられて手が強張った。


 ぽろん、ぽろん

 

 九条がピアノの鍵盤をたたく。その音で、少し落ち着きを取り戻したみのりが、ギターの弦をはじいてチューニングの確認をする。

 九条と、葛城が緊張したみのりのフォローに回ってくれた。ピアノの前奏に、ベース代わりの葛城のヴィオラ・ダ・ガンバがボサノバのリズムを刻む。それにつられるようにみのりがギターを弾き始めた。弾き始めると、自分の奏でたメロディに吸い込まれ、みのりはすぐにリラックスすることが出来た。

 切なく、柔らかく、それでも太く力強いギターの音が聴衆を魅了する。客は言葉も交わすことを忘れ、目を瞑って、みのりが奏でるメロディに聴き入った。

 曲が終わると、皆一斉に拍手をした。大村の父親は目を瞑ったまま腕を組んでうんうんと頷いている。

「山科さん、俺、ファンになっちゃいそー」「大学って、何学部ー?」「その楽器は、売ってるの? すごく、良い!」「歌は? 歌は歌わないの?」「後で、一杯奢らせてよ」「それ、昼の喫茶店でもやってくれるんですか? って言うか、やって下さい! 俺、通いますよ」

 客席から、さまざまな声が飛んだ。

「有難うございます。私、ステージに立ったことなんて、子供の頃のコンクール以来久しぶりで緊張しましたけど、皆さんの笑顔を見ることが出来て、今、とても幸せな気持ちです」

 そう言って、次の曲に入って行った。次の曲は、みのりのソロ曲だ。聴衆と同じように葛城と九条はその場で演奏に聴き入った。

 他に音がないため、黒柿のギターの音は際立った。曲は艶のある情緒豊かな、憂うる少女の瞳を映しているような、甘く切ないメロディだった。

 客席は、しんみりとしてしまった。聴衆は余韻に浸る様に座席に深く腰掛け、目を瞑ったままだった。


 突然、ピアノの音が響く。今度は一転して楽しげなリズムだ。

「じゃ、最後は楽しい民族音楽を。立って踊っても良いですよ」

 九条が元気よく叫ぶ。ピアノのリズムに合わせて、葛城もヴィオラ・ダ・ガンバの弦を元気よく弾いた。聴いたことのない曲だったが同じメロディの繰り返しで、コードも簡単だった。みのりも楽しくなって、音に合わせてギターをかき鳴らす。今は客席に戻ってバーボンなどをチビチビやっていたジャズ研の連中は、ステージに戻って、一緒に音を出し始めた。

 ビールを手にする者は、隣人とグラスを掲げ乾杯をし、カップルで来た者は、その場で立って踊っている。

「ほら、齋藤さん、踊るわよ!」

 カウンターから出た麗華が、喜助ファームの齋藤の手を取ってそのまま踊り出す。踊り慣れない齋藤は、麗華の足を踏まないかと冷や冷やしながらも、今日の日の感動を忘れまいとした。

(チークダンスが踊れる曲なら、もっと良かったんだがな)

「え? 何か言った?」

「いやいや、楽しいですね!」

「齋藤さん、今日のお肉、とってもおいしかったわ。これからも仕入れでご迷惑かけるけど、勉強してね」

「任せてくださいよっ!」

 麗華は打算的で計算高かった。

 

 祭りの夜は、時間の経つのが早い。あっという間に閉店時間を迎え、潮が引くように客が帰って行った。後片付けを手伝ってくれたジャズ研メンバーも今はいない。洗い物を済ませ一息ついたみのりに、葛城が話しかけた。

「みのりちゃん、もう遅いから先に帰っていいよ。明日は何時に来る?」

「あの、いきなりで申し訳ないんですけど、明日は急に用事ができまして、お休みさせて頂きたいんです」

「え? そう……」

 葛城は、残念そうに答えた。

「あ、でも、多分夕方には来れると思います。そしたらお手伝いできます」

 葛城の表情とは裏腹に、みのりの表情は明るかった。


 

 

 昼の部、喫茶店。日中は相変わらず客がいない。宣伝をしなければこんなものだ。日中の客が定着するまでは、まだ時間がかかりそうだった。そして、ステージが出来て店が広くなった分、以前より寂しさが増した。

「今日も外は暑いな」

「あぁ」

「相変わらず、この時間は客が来ないな」

「言うな」

「これで、みのりちゃんが居れば、まだ寂しくないんだけどな。そういえば、みのりちゃんどうしたの?」

 いつものように、九条が新聞を読みながらカウンターの葛城に話しかける。

「今日は急用で、夕方まで来られないらしい」

「なんだよ。昨日のお客さん達が来たら、がっかりだな」

 珈琲とチーズケーキが自慢の店なのに、と、ちょっと恨めしい気分になった葛城ではあった。

「……工房で、頼まれ仕事のリペアをやってくる。亘、店番頼むよ」

「おう」と言う九条の声を背中で聞き、葛城が裏口を出ようとすると、店の重い扉を開ける音が聞こえた。

「み、水を」

 そこには、見覚えのあるTシャツをだぼだぼジーンズにインした、三つ編みの、みのりの姿があった。




ヴィオラ・ダ・ガンバ編 -了-

<著者あとがき>

 『サァドアンサァ』ヴィオラ・ダ・ガンバ編を最後までお読みいただきありがとうございました。


 このお話は、遠い昔、私が学生の頃に少女漫画のプロットとして書いたものを、小説仕立てにし直したものです。元々は、みのりが解体屋から部品を拾い集めてきて、葛城のガレージでオリジナルバイクを作り、ショウに出店するという内容だったのですが、少女漫画にしては、あまりにマニアックでしたので絵コンテまで書いてボツにしましたw

 今回小説を書くにあたり、みのりが作るものを、バイクからギターに替えています。それと共に九条も鉄工所の溶接工からピアニストに変わったりして。


 そんな、『サァドアンサァ』ですが、ヴィオラ・ダ・ガンバ編では、みのりと葛城の出会い部分を書かせて頂きました。

 実は、草稿の際に私の元職場の同僚であり、友人であり、ワナビ仲間でもある真野英二さん(「なろう」サイトでも作品を掲載されています)に読んで頂いたのですが、自分でも気づかなかった致命的な問題点を指摘されました。

 どうも、小説に起こしなおす際、私の頭の中で、いつの間にか主人公が葛城に変わってたんですね。ストーリー構成や場面の切り取りが、葛城中心に回っていました。

 完全に葛城中心だったら良かったのですが、元の少女漫画はみのり中心の記述なので、中途半端にみのり中心の場面が出てきたりして…。結構直したのですが、まだ違和感があるかもしれません。その辺は感想でご指摘いただけると泣いて喜びます。


 ともあれ、こんな感じでみのりと葛城は出会い、お店は改築し、ギターの試作品は出来ました。ですけど、みのりの設計したギターには、まだ欠点がいっぱいあります。昼の喫茶店にも夜のバーにも、いろんなお客さんが来ます。

 ですが、この辺のお話は、しばらく時間を戴いて1まとまりを書き上げてから、ご覧いただく予定でいます。しばしのご猶予を頂きたく。

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