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CrossKeeper-9

 建物の間からあふれ出る夕日を全身に浴びながら、藤ヶ崎は憂鬱な面持ちで手に持っていたアイスクリームを舐めた。長時間の疲労を強いられた彼女の足はすでに悲鳴を上げていたが、同じ苦労を味わっているはずの人物が隣でピンピンしている手前、もう帰ろうと言い出すことは出来なかった。

(というか……すでに帰宅しているようなものだしな)

 彼女達が腰掛けているベンチは、花咲学園高等部の女子寮の中庭に設置されたもので、言うまでもなくそこが今日から彼女の家となる場所である。

「――ねえ、綾乃。今日はどうだった? 楽しかった?」

 藤ヶ崎が幾年ぶりかもわからない家という存在に感慨を受けていると、隣に座る件の少女が、遠慮がちに話しかけてきた。この少女でもこのような表情を見せるのかと感心しつつ、藤ヶ崎は自分の出来得る精一杯の笑顔を、少女に返した。

「うん、すごく楽しかったよ鈴音ちゃん。色々案内してくれてありがとね」

「あう……か、かわいい」

 笑顔が功を奏したのか、その少女――琴祓鈴音は手に持っていたアイスが垂れるのもお構いなしに、恍惚の表情で藤ヶ崎を見つめてきた。その感情は彼女にとって好ましいものではなかったが、この学園で行動する上で琴祓という協力者の存在は素直にありがたかった。

「あ、あの……あんまり見つめないで。恥ずかしいから……」

「ふえ? あ、そうだね、ごめん。……ふふふ」

 自制を促したつもりだったのだが、琴祓には逆効果なようだ。

「うーん、それにしても綾乃のプリティーさは異常ね。望に匹敵すると言っても過言ではないわね」

 なぜか鼻高々に宣言する琴祓。その言葉に垣間見える感情は、もはやかわいいもの好きの女子という領域を、遥かに逸脱してしまっている。

「そういえばさっきも言ってたけど、その望ちゃんって子、もしかしてクラス名簿に載ってた花咲望ちゃんのこと?」

「そう、その子。すっごく強くてかわゆくて、勉強もできる才色兼備な女の子。あ、強いと言っても肉体的には常人だから、あんまり苛めないであげてね。――っと、噂をすれば何とやら」

 そう言って、琴祓は怪しげな笑みを浮かべながら、女子寮の入口辺りを指差した。見ると、一組の男女が扉の前で何やら争っているようだった。

 栗色の髪をした平均よりやや小さめのその少女は、確かに遠目から見てもはっきりとわかるくらいに整った顔立ちをしていた。眉を吊り上げて怒ったような表情をしているが、それがまったく不快に感じない辺りに彼女の人間性が表われている。その証拠に、もう片方の長身の少年は、困ったように顔をしかめてはいるものの、少女を拒絶するような仕草は見受けられない。時折心配そうに周囲を見渡す様子から、単に他の生徒からの視線を気にしているだけであることは一目瞭然だ。

 二人はしばらくもみ合っているようだったが、やがて少女の方のせきが切れたようで、半ば少年を引きずるようにして寮の中へと入っていった。

「ふーん、確かに美人だね。それにしても、アレってどう見ても逢引きだよね。寮の規則に違反してないのかな。ねえ、鈴音ちゃ――」

 同意を求めようと振り向きかけた瞬間、木材がへし折れる音と共に、藤ヶ崎の視界を白い影がよぎった。続けて聞こえてきたベチョリという不快な音の正体は、駐車場の柵にへばり付いた白い染みが如実に物語っていた。

「まだよ、落ち着きなさい……。そう、同じ部屋に入ったわけじゃだから……。誰かを尋ねに来た可能性だって……」

 和やかだった雰囲気が一瞬で凍りつくのを感じながら、藤ヶ崎は視線を前方へと移した。別にこの少女の歪んだ色恋沙汰などには全く興味がない藤ヶ崎だったが、良好な人間関係を築く上で、この場面が最大の山場であることは認識していた。触らぬ神に何とやら、である。

 そうやって、藤ヶ崎がしばらくの間アイスを舐めていると、寮の上階から再び争うような会話が聞こえてきた。建物の構造がマンションタイプになっていることもあり、断片的ではあるが交わされた会話の内容は嫌でも耳に入ってきた。断定は出来ないが、「泊まる――」「ばれなきゃ――」などのキーワードから推測すると、ほぼ間違いなくそういうことだろう。

「清水誠人……イツカコロス」

 何気なく放たれたその呟きには、冗談などではない本物の殺意が込められていた。

「……ねえ、綾乃。そろそろお部屋に行こうか。案内するよ」

「……え? い、いいの?」

 思わず反射的に質問してしまった自分を、藤ヶ崎は心の中で叱責した。どんな言葉が返ってくるかと、恐る恐る琴祓の方を見やる藤ヶ崎だったが、

「うん、もうすぐ夕飯の時間だし。綾乃も一日歩き回って疲れただろうから、早く休みたいでしょ?」

 そう言って、琴祓はおもむろに立ち上がり、寮の玄関に向かって歩き出した。その足取りは先程までの険悪な嘘だったかのように軽やかで、その不自然な静けさが逆に不気味だった。

(……ナムアミダブツ)

 いつの日か、その秘められた狂気の犠牲になるであろう少年に気休め程度の念仏を唱えつつ、藤ヶ崎は重い足を懸命に動かして、琴祓の後を追った。

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