CrossKeeper-1
その少年と初めて出会った時、彼は私にとてもよく似ていると思った。
生活環境や価値観などはかけ離れていたけれど、彼が自分と同じように、世界のいろんなことに無関心であることは一目でわかった。
彼なら自分の憂いを理解してくれるだろうと思い、それを証明するために様々なことをした。
遊園地、動物園、水族館、映画館、カラオケ、ゲームセンター、ボウリング場、美術館、博物館、屋内プール、アイススケート場、ゴルフ場、スキー場、海水浴場、キャンプ場、プラネタリウム、巨大ショッピングモール。
思いつく限りのありとあらゆるレジャー施設に彼を連れて行き、彼が一度も行ったことがないという海外にも、わざわざ自家用機を購入して、彼を楽しませるという目的だけで世界中を旅して回った。
同じ年代の少年が欲しがるような物は何でも買ってあげたし、彼が読書好きだからという理由だけで、本屋に並べられていた本をすべて買い占めてあげたこともあった。
……でも。
それでも、彼は、
ジェットコースターの身長制限に引っかかったことがくやしくて泣いていた私を、慰めてくれた時も、
ゲームセンターの音楽がうるさいからという理由で、クレーンキャッチャーに夢中になる彼を無理やり引き剥がして帰った時も、
映画館で私がこぼしたポップコーンを、何も言わずに拾い集めてくれた時も、
本物のモナリザが意外と小さいことに驚いていた時も、
初めて見るオーロラに、目を輝かせていた時も、
南米のジャングルで危うく遭難しかけた時も、
笑っている時も、怒っている時も、泣いている時も、喜んでいる時も、悲しんでいる時も、
いつだって、どこかさびしそうで、
いつだって、世界の何かに絶望していた。
その頃の私は、そんな彼の様子を見て、ああ、やっぱりこの少年は私と同じなんだ、と思い、何だか仲間ができたみたいで無償にうれしかった。
あまりにもうれしかったので、私はどうしても彼にそのことを言葉で示してもらいたくなって、とある質問を彼にぶつけた。
人生に、生きることに意味はあるのか、と。
別に、自殺を示唆する言葉とかではない。
そんなことは、二人ともわかりすぎるほどにわかっていた。
ただ、漠然たる事実として、人が生きることに何か意味があるのかと、そんな意味を込めた質問だった。
けど、それは、実際のところただの建前でしかなかった。
本当は、自分と同じく、圧倒的な才能を持つが故に生きる意味を見出せずにいるであろう少年に、そのことを認めさせたかっただけだ。
だから、私の質問に彼がなんと答えるかは、わかっているつもりだった。
でも、実際は違った。
決まりきっているはずの答えを待ちわびる私の前で、彼は静かにこう言った。
「……人生に、意味なんてないよ」
おかしい、と思った。
だって彼は、そんな根拠もない哲学的な答えを、好むような人間ではないからだ。
彼は誰よりも現実主義で、それ故に誰よりも幻想を愛している、そんな人間だった。
そして何よりも、その答えは私が望んでいた答えではなかった。
困惑する私の前で、彼は続けた。
「――だってさ。もしこの世に人間が存在しなくてもすべての生き物が絶滅するわけでもないし、すべての生き物が絶滅したとしても地球が消えてなくなるわけでもないし、地球が消えてなくなったとしてもすべての星が消滅するわけでもないし、すべての星が消滅したとしても宇宙が消えるわけでもない。そして――」
彼の言葉は息をつくごとにだんだんと小さく、弱々しくなっていき、後半のほうはほとんど聞き取れないくらいだった。
それでも。なぜか、彼が最後に放った言葉だけは、自分でも驚くほどにはっきりと、私の耳に届いた。
「――宇宙が消えたとしても世界がなくなるわけじゃない。というか、そもそも宇宙で起こる現象に何らかの理由や意味を見出せるのは、単純にそれらが有限の存在である宇宙を生み出すのに必要不可欠だったからというだけで、宇宙そのものに存在する意味はない。
……だから、世界に意味なんて存在しない」
その言葉を聞いた時、私は彼の憂いを理解した。
理解はしたけど、それはとても受け入れられるようなものではなかった。
だってそれは、私がどんなに彼を大切に思ったとしても、彼にとっての私が無意味な存在であることに変わりはないということだからだ。
頬を伝う熱いものが、涙だと気づくのに数秒かかった。
何のことはない。そんな言葉は受け入れられるはずがないと、私の身体が否定したのだ。
だから私は、彼に命じた。
あなたの人生に意味がないというのなら、私がその意味になってあげる。だからあなたは、私のために生きなさい、と。
彼が私の言葉に、逆らう理由はなかった。
その瞬間、世界に絶望した少年に、生きる意味が一つ生まれた。