07
決意した小夜子です。
「何で素通りなのかな? 小夜子さん」
「…………」
彼が図書室に入ってくるなり、私の真正面に座った。
机の上に腕を乗せて、更にその上に顎を乗せて文句を言われた。
今学期中は毎週土曜日、図書室が午前中だけ生徒に開放される。
本を読むのが好きな私は、毎週図書室を訪れる。
学校で知り合った空手部の雇われコーチがそれに便乗して、一緒になって図書室にくるようになって、最初の話では私と同じ本を読むのが好きだって言うから……。
なのに実際は私と話してることが多い。
「身の危険を感じたので自主避難です」
本に視線を落としたままそう言った。
「え? なんで?」
「なんで?」
呆れた……つい3日前のこと覚えてないの? この男は!
「…………夜中にセクハラされたからです」
「セクハラ!? 誰に?」
「はあ?! なに惚けてるんですか? 貴方に決まってるでしょ!」
「え!? オレ!?」
「なっ!!…………それって本当にそう思って言ってるんですか? そうだとしたら信じられない!!」
「セクハラって思われたんだ……ショック」
「は?」
なによ、そのガッカリした顔は。
「ちょっとは小夜子さんの傍に近付けたと思ったんだけどな……」
「…………」
「ね?」
ニッコリと笑われたけど、私はなにも反応することができなかった。
「あ~あ仕方ない、今日は退散しよーっと。でも次は機嫌直してオレと話してね。結構キツイ……小夜子さんにそういう態度取られるの……」
キツイって……一体誰のせいだと?
「自業自得だと思いますけど?」
「…………」
「さよなら」
私は素っ気なく別れの言葉を言う。
そんな言葉に彼は答えず、しばらくふたりとも無言で見つめ合ってた。
「またね。小夜子さん……」
そう言って手を振って、彼が図書室を出て行った。
「………」
なんだろう? この感じ……胸の中がモヤッとして、ヤな感じ。
なんか私が意地悪したみたいで、気分が悪い。
ほんの数週間前まで、私は心穏やかに……そりゃ、ハラハラドキドキなんてものはなかったけど、それなりに楽しく毎日を過ごしてた。
なのに……今のこの状況は……なに?
「はぁ……」
ちょっと自分なりに彼を考える。
「えっと……名前は弥咲憂也、年は28歳。身長体重は却下! ん~職業は小説家で……あ! 売れな小説家で、空手の有段者で、独身の彼女はいないらしい。でも、それなりに女性との付き合いはあるらしいと……ふう~」
ここで一息……。
「私は彼が好きなの? 好き? すき? う~~~ん」
確かに話し易いし、好感は持てるけどやっぱり大人の男の人って感じがする。
学生の私とはちょっと世界が違くて、知り合いっていう言い方が合ってるのかな?
男の人を好きになったことはある。
小学校の3年生のとき同じクラスの男の子を好きになったし、中学では1コ上の先輩を好きなった。
ふたり共優しくて、物静かな感じの人だった。
私の片想いだったけど。
高校では今のところそんなふうに想える人はいなくて、それに誰かと付き合おうとか思ったことはないし。
別に男嫌いというワケでもないけど、きっと男の子から見たら私なんてなんの共通点もない、つまらない女の子なんだろうなぁ…って思う。
今時の女の子みたいにアイドルに熱を上げたり、お化粧やファッションのことに興味がない。
子供のころから本を読むことが好きだったから、いつの間にか本を読むことに没頭して、ひとりのそんな時間が好きになって……。
「そう言えば、趣味は一致してたんだっけ? 小説家じゃね……」
ふと頭をある考えが過ぎった。
「私、彼のこと……ほとんど知らないんだ……」
売れない小説家って言ったって、どんな名前でどんな小説書いてるとかだって知らないし、どこに住んでるのかも知らない。
家族のことだって、なにも知らない……。
知りたいというか……自分だけが家も両親も自分の部屋もパジャマ姿も全部知られてると思ったら、なんだか無性に悔しい気分になってきたた。
「これは……私には、知る権利があるわ」
私は片手をギュッと握り締めて、決意を新たにしたのだった。
「え? 小夜子さん?」
彼がビックリした顔してる。
そりゃそうでしょ、待ってるなんて一言も言ってなかったし。
しかも、彼が図書室を出てから4時間も経ってるし、まさか校門で私が待ってるなんて思ってもみなかったでしょう。
しかも、私服でなんて。
自転車通学の私は即行家に戻って、着替えて学校に戻ってきた。
さすがに学校で4時間も待つ気はなかったし、せっかく家に戻ったんだから制服で行くのもちょっと……と思ったから。
「貴方にお願いがあります」
「……はい?」
改まった態度と言い方に彼が不思議な顔で私を見る。
「私と一緒に帰って下さい」
「へ?」
「わ・た・し・と・いっ…」
「や…違くて、聞えてないんじゃなくて、急にどうしたの?」
「一緒に帰る目的ができたからです」
「目的?」
「はい。なので一緒に帰って下さい」
「いいけど……え…なんか嬉しいな。小夜子さんが、デートのお誘いしてくれるなんて♪」
「デートじゃありません。一緒に帰るだけです」
「いいや……それでも。じゃあ行こうか、あれ? 自転車は?」
「歩いて来ました。貴方も歩きですよね? 電車に乗るかもしれないと思ったから」
「え? 電車? なんで? 小夜子さんち電車、使わないでしょ?」
「誰が私の家なんて言いました? 貴方の家に一緒に帰るんですよ」
「え?……ええっ!? オレんち?? なんで?」
へぇ~~思った以上に慌ててる。
「なんで? それは貴方だけが私の家や両親や私の部屋を知ってるのは不公平だからです。私も同じ条件になりたいので。と言うか、貴方だけが私のことを色々知ってるのが癪に障るんで……ズルイです」
「え? そういう理由? 相変わらず真面目だなぁ、小夜子さんは」
「じゃあ行きましょうか。あ! 言っておきますが、ちゃんと玄関の前まで案内して下さいね。上がったりはしませんから。途中までなんて言うんだったら……」
「だったら?」
「私達のご縁もコレまでです。もう2度と私に話し掛けないで下さい」
「え? そんな極端な! しかも、いきなりこんな家庭訪問?」
「私だっていきなり貴方に部屋を見られたんですよ? お相子でしょう?」
「あくまでもオレと同等になりたいんだね、小夜加さん。うれしいよ」
ニッコリと彼が笑うけど、ニッコリと笑う意味がわからない。
「笑って誤魔化してもダメですよ。さあ案内して下さい」
「あらぁ……なんかムードないよ? 小夜子さん」
「ムードなんかいりません。さあ早く!」
「…………」
ここまで話したのに、どうやら彼はまだ私を自分の家に連れて行くのを渋ってるみたい。
「じゃあ、お付き合いもここまでということで……それじゃあ」
私はワザとらしく、丁寧に頭を下げた。
「んーー……はいはい、わかりました。連れて行きます! ご招待します!!」
彼が参ったと言わんばかりに片手をあげた。
なんだか強引に話を進めた小夜子さん。
弥咲は尻に敷かれるタイプなのか?
さてさて、弥咲は一体どんな所に住んでいるのか?
ちょっとしたデート気分の弥咲。甘い!
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