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05

なにしてる?弥咲!……というお話。

「こんばんは」

「あら、先生いらっしゃい」


ここはいつも、オレと小夜子さんのお父さんが飲みに来ているスナック。

小さいながら女の子も3人いて、なかなか上品なお店だ。

店の中はカウンターが数席と、テーブル席が4つほど。


「先生はやめてってば」

「あら、本当のことなのに。じゃあ弥咲さん、お身体大丈夫でした? この前、大分ご機嫌で飲んでらしたから」


そう言ってにっこり笑うのは、このお店のママ・中森 智捺さん。

推定年齢28歳。

ただあくまでも噂で、私生活は謎の人。


「ご親切に。見ての通り元気だよ」

「相変わらずお酒強いわね」

「酔っ払うけどね」

「どんなに飲んでも、二日酔いにはならないでしょ?」

「身体だけは丈夫なんで」

「くすっ。で? また閉店間際に来て、今夜は私のところに泊まるおつもり?」

「泊めてくれると嬉しいな」


頬杖をついて、ニッコリと智捺さんに微笑む。


「まったく……ご自分のお家がちゃんとあるくせに」

「最近人肌恋しくて。それに智捺さんはオレを縛ったりしないから」

「あら、都合のいい女ってことかしら?」

「大人の女性だと思ってます」

「あら、お上手なこと」

「終わるまで待ってても?」

「どうぞ」


お互いクスリと笑って、智捺さんはオレにお酒を出して、オレはそのお酒の入ったグラスに手を伸ばした。




「やっぱり女性の身体は柔らかい」


智捺さんの部屋のベッドの中、約束どおり彼女の部屋に泊めてもらっている。


「……ちょっと弥咲さん。ここまで人の身体をイジクリ廻すんだったら、いっそのこと抱いちゃってほしい気もするんですけど」


シャワーも浴びてネグリジェに着替えた智捺さんを、後ろから抱きかかえているオレ。

そんなオレを振り返りながら、彼女が訴える。


「え~~オレこうやって、女の人の身体に擦り寄ってんの好きなんだよね」


洋服を着たままのオレが、智捺さんのまだ微かに濡れている髪に顔をうずめながら返事をした。


「そうです……か?」


確かに擦り寄ってるだけなのだが、当然のことながら相手に密着!

お互いの脚は絡まって、オレの両手は別々に智捺さんの身体を軽く触れるように、撫で上げていく。

唇も背中から肩、首筋、頬と智捺の唇の横を掠めるように優しく啄んでいく。

どう見ても愛撫のナニモノでもないのだが、胸などには触れず腕や腰や腿の外側を撫でるだけなので、オレは擦り寄ってるだけと言い張る。

最後の一線は越えたことはないし、唇へのキスもしたことがない。


「ここまでして、よく我慢できますね。いつも思いますけど……」

「言っただろ、人肌恋しいだけだって。それにこれをさせてくれるの、智捺さんだけなんだ」


他の女の子達は、そのまま最後まで求めてくるのがわかっている。

だから、言ったことはない。


「もう、最初は馬鹿にしてるのかと思いましたけど、本当に人の温もりがほしいだけなんですよね。変な人」

「いつか、お礼に抱きますから」


目を瞑って、智捺さんの項に鼻先を押しつける。


「なんかそれも、変な感じですよね? 不能なわけじゃなさそうなのに……」

「……今のトコロそこまでは大丈夫だから」

「益々変だわ。いい人がいるのかしら?」

「色々と……ね」

「あら、忘れられない人でも? でも、女性とはイチャつきたいと?」

「正解!」

「まったく……甘えん坊さんってことかしら?」

「それも正解!!」

「……真面目な顔でよく言うわ。でも、なぜかしら憎めないのよね。得な人」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「でも……」

「ん?」

「いつまでも私のお許しがあるとは思わないでくださいね。これでも言い寄って下さる殿方もいるのよ。お子様みたいな貴方と違って、ちゃんと私の将来を考えてくれる殿方が、ね」


コテンと自分の肩に廻されたオレの腕に、智捺さんは頭を預けた。

彼女も色々と、ワケありな女性なのである。

お互いがそんなワケありだから、こんな関係が続いているんだと思う。


「そのときは他を探しますから、早めに言って下さい」

「……少しはガッカリなさったら? 普通に即答で返事しないで下さいな。ホント憎めない人なのに、憎らしい人」


ぎゅうっ! っと肩越しに手を伸ばして、オレのハナを摘む。


「いててててて……智捺さん、痛いです。ハナが取れる」

「このくらいで取れるもんですか」

「本当に、智捺さんには感謝してます」

「…………」


その会話を最後に、オレは智捺さんの身体を抱え直すと、自分の額を智捺さんの後頭部に甘えるように擦りつけた。




「え? あの人が物書き?」


自宅の卓袱台で夕飯を頬張りながら、お母さんに聞き返した。


「うん、お父さんが言うには本人がそう言ってたってよ。売れてないらしいけどね。だってオーラがないだろ?」

「……ホント?」

「知り合って最初のころ、なにして食ってんだって聞いたら物書きだって言ったんだってさ。売れてないならサッサと職変えてさ、あの顔ならホストにでもなりゃいいのにねぇ~。それなりに、客も付くんじゃないのかと思うけどね」

「…………」


そんなお母さんの分析を、あのいい加減さならそれもいけるんじゃないか? なんて思ってる自分がいた。




「ふわぁ~~」


湯船に浸かりながら、あんまりにも気持ちよくて声が漏れた。


「物書きねぇ」


さっきの衝撃の事実を思い起こしながら、そんなことを呟いた。

ということは、小説家ってこと? あの人が?

本を読むのが好きとは言ってたけど……でも……え~~~~?!


ああ、でも物書きって言ったって、小説家とは限らないし。

翻訳家とか? 童話作家なんてあの人にはありえなさそうだしな~。

これは今度、本人に会ったら確かめみようかしら?

あ! だからこの前好きな小説家のこと聞いてきたのかな?

自分の名前が出てくると思って? っていっても売れてないんじゃ私が知ってるわけないし。

今まで話さないってことは、自分でも気にしてるってことなのかな?

だから部活のコーチなんかして、小遣い稼ぎしてたのかしら?


そんなどうでもいいあの男のことを考えてたら、危うく逆上せるところだった。



「お母さん、なにか飲み物あ……」


ボウっとする頭を支えながら、リビングのドアを開けると……。


「こんばんは。お邪魔してます、小夜子さん♪」


ソファに座ってるアイツが振り向いて、ニッコリと私に笑いかけた。


「なっ! え?」


なんで? なんでこの男がまたウチに上がり込んでるの?


「な、なんで貴方がここにいるの?!」

「え? お父さんに誘われたんで」

「ええ?」


条件反射でお父さんを振り返ってしまった。

そう言えば、飲みに行くって出かけて行ったはず。

なのになんで家にいるの?


「あんちゃんとゆっくり飲みたくてな。酔っ払ってもウチなら泊まってきゃいいしよ!」


はぁ? いいしよ! って……ちょっと、冗談じゃ…なさそうな私以外の面々。

3人がそれぞれ違う理由で笑ってる。



「冗談じゃないわよ……」


私はあの後、飲み物を持って即行2階の自分の部屋に逃げ込んだ。

下からは笑い声が聞こえてくる……まったくウチの親ときたら! なに親しくなっちゃってるのよ!!


それよりもあの男よ! アイツも一体なにを考えてるんだかっ!!

あれほど、もうウチには迷惑かけないでって言ったのに!!


ムシャクシャしながら、一気にペットボトルのお茶をゴクゴクと飲んだ。





どうやら大人のお付き合いが出来る女性がいるそうで、お客とスナックのママという関係らしいです。

後々、このふたりの関係が絡んできます。


小夜子さんのお父様と仲良くなって、弥咲はなにか魂胆があるのか?

最初は本当に偶然だったみたいです。

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