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なにやってる?弥咲のpart3かな?
『……死んじゃうから…今すぐ……来て…小夜子さん……』
「はい? せ、先生?」
知り合って初めて、彼からのそんな電話を受けた。
とりあえず、できる限り短時間で彼の家に着いた。
「弥咲先生?!」
名前を呼びながらリビングを覗くと……。
「いない……ということは? 寝室?」
急いで寝室に向かって、勢いよくドアを開けた。
「先生?」
ベッドに寝てるらしい。
布団が盛り上がってるし、でも声を掛けても起き上がってこない。
なにか……怪しい? まさか私を騙してベッドに引っ張り込むつもりじゃ?
「先生?」
恐る恐るベッドに近づいて、掛け布団をちょっとめくってみた。
「……ハァ…ハァ…」
「先生?」
「小夜子……さん…オレ…死にそう…頭…痛い……」
「先生!!」
掛け布団の下から出てきたのは、真っ赤な顔をして浅い呼吸を繰り返してる、明らかに具合の悪そうな彼だった。
「どうしたんですか?」
「か…風邪ひいた…」
「風邪ですか?」
「うん……」
苦しそうにそれだけ言うと、彼は眉間にシワを寄せてギュッと目を瞑った。
「38度……」
電子体温計に表示された数字を読み上げた。
「う~~~~~」
さっきから、彼はギュッと目を瞑って唸ってる。
「もう、熱出したのって初めてじゃないでしょう? いい大人が……」
余りの不甲斐なさに、私はちょっと呆れ気味。
「小夜子さんにはわからないんだよ……独身男が病気のとき、どんなに心細いか……それに、これって小夜子さんの風邪だから……」
「え? なんでですか? 人のせいにしないでくださいよ!」
「だって、この1週間で会った人って小夜子さんだけなんだよ。どうみても小夜子さんが風邪の菌を運んで来たんだよ……」
ボーとしてるくせに、憎まれ口は健在!
「私は平気ですけど?」
「そんなにオレだけに、うつしたかったんだ……うれしい…よ…ハハハ…ハァ~~」
話すだけで力尽きてどうすんですか、無理しちゃって。
無理して作った笑顔は、綺麗にスルーした。
「医者に行きましょう」
「医者は……いい」
「ええ? じゃあ、薬は? 薬、ないんですか?」
「んーーキッチンの……食器棚の引き出しにあったかなぁ?」
もう、目の焦点が合ってない。
「じゃあ、待ってて下さい」
言われたとおり、キッチンの食器棚の引き出しを開けると使用期限ギリギリの解熱剤が入ってた。
「滅多に熱は出さないって、前言ってたもんね」
彼のさっきの言葉を思い出す。
本当に私のせいなのかな……もし本当にそうなら、ちょっとは責任感じちゃうけど。
あの人の場合、私だけと言いつつ他の女の人と会ってる可能性もあって怪しいのよね。
私は見つけた解熱剤を持って、彼のいるリビングに引き返した。
「本当はなにか食べてから飲んだほうがいいんでしょうけど……無理でしょう?」
熱のせいで呆然とソファに座ってる彼に、薬とお白湯を渡しながら聞いた。
「小夜子さんなら……大丈夫かも……」
コクリと薬を飲み込むのと同時に、そんな返事が帰って来た。
「は?」
しばらく言われた意味を考えてしまった。
「!!」
食べるって……なにを、誰を、食べるつもり!!
「そ、そんな冗談が言えるなら、ひとりでも大丈夫ですね」
呆れてソファから立ち上がりかけたとき、グッと腰を両腕で抱きしめられた。
「ちょっ!!」
これは真面目に驚いた!!
「さっきのは…冗談だから…帰らないで……」
しがみつかれた重さで、またソファに座る羽目になった。
「わ、わかりましたから……離して下さい」
病人のクセに、バカ力なんだから……。
「小夜子さん……一生に一度のお願いの1回目……」
「は? 一生に一度なら1回じゃないんですか?」
「……まだこれから先……一生に一度があるかもしれないだろ?」
「あのですね……」
なに先を見越して先手打ってるんだか。
何度も私にお願いするつもりなのかしら? この男。
「膝、貸して……」
「はい?」
「小夜子さんの膝枕で寝たい………」
「はあ?」
「病人のお願い聞いて! それに早く治さないと仕事にも差し支えるけど……」
「!!」
訴えるような眼差しと、熱で潤んだ瞳で見つめられた。
「まったく……」
視線を下ろすと、私の膝の上に安心しきった顔の30男が眠ってる。
しかも、しっかりと両腕は私の身体に回されてるし。
ベッドで寝ればって言ったのに、ここでいいってきかなかった。
確かにこのソファは寝心地いいものね。
寝室から毛布持参で、私の膝枕で寝る気満々だったらしい。
私はまだ、このソファで寝たことはない。
いつかやってみたいけど……。
「……ふ…うん……」
辛そうに眉を寄せて唸ってる。
「大丈夫ですか?」
あれから1時間経つ。
まだ苦しそうだけど、うっすらと汗を掻いてきた。
薬が効いてきたのかな。
そっと髪に触れてみた。
そういえば、今まで彼の髪の毛なんて触ったこと……なかったな。
「いつ見ても、整った顔だこと……」
髪の毛から指を滑らせて、頬に指で触れた。
きっとブックカバーに写真が載ったら、もっと人気が出るんだろうな。
そのほうがモテるだろうに。
女の人が好きなクセに変なの。
「いい人……いるんですよね。弥咲先生……」
眠ってる横顔に向かって呟いた。
ときどき、チラリと相手の存在が見え隠れする。
「どうせ私は、貴方の頭の中でしか存在しないんですもんね……」
私は彼が空想で思い描いた女の子が実体化しただけの存在。
だから私を構うのは……私を好きだからじゃない。
「そのくらいわかってるんだから……」
だから…私は…………。
ちょっと苦しかったけど、身体を屈ませて彼の頭を両腕で抱え込んだ。
「……熱い……」
くっつけた彼のオデコが熱かった。
「……小夜子……」
「!!」
そんなことをしてたら、彼が気がついたらしい。
初めて名前……呼び捨てで呼ばれた。
でも……マズイ……。
「泣いてる……の?」
「ちが……」
彼に気付かれた。
「小夜子……」
「………」
「誰に……泣かされた? ……オレ?」
「………」
フルフルと首を振った。
「じゃあ……誰? オレがそいつを……ぶん殴ってやるから……」
「………」
フルフルと、また首を振った。
「なん……で?」
不思議そうに虚ろな眼差しで私を見てたのに、急になにかに気づいたように彼が息を呑んだのがわかった。
「もしかして……そいつのこと……好きなの? だから……庇う……の?」
聞かれて、なぜかコクンと頷いた。
「!!」
彼が驚いた顔をして、しばらく黙ってた。
それからゆっくりと、彼の手が伸びて私の頬に触れる。
「元気の出る……おまじないしてあげるから……泣かないで……」
彼の熱であつくなった手が、私の項に触れると優しく……でも力強く彼のほうに引き寄せられた。
私は抵抗せずに、頭を屈めてた。
「……ン」
柔らかくて熱い……触れるだけの優しいキス……。
でも何度も離れて……また触れる。
なぜか……涙が止まらない……。
「……そんなに…そいつのことが…好きなんだ……」
言いながら、彼がズルズルとずり落ちて、また膝の上に俯せになった。
すぐに、ちょっと苦しそうな息遣いか聞えてきた。
また眠っちゃったんですね……先生。
「………寝ぼけて……人にキスするなんて、最低ですよ……先生……それに……」
自分のこと……どうやってぶん殴ってやるんですか………。
初めての小夜子さんとのキス。
やっぱり我慢出来なかったのか?弥咲先生。
でもお互いになにか勘違い?




