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前回から3年後のお話。
「弥咲先生?」
学校の図書室でカギを受け取ってから3年、もうこうやって勝手にカギを開けて入るのは何度目だろう。
密に思ったピンポンダッシュは、1度も実行されないまま3年が過ぎてしまった。
私は大学生になり、家からは通うにはちょっと遠くて実家と大学の中間辺りに部屋を借りて住んでいる。なぜ中間かというと、あまり実家から離れるなら許さないと親と、ナゼか彼……弥咲先生に約束させられたから。
親はわかるけどなんで彼まで?
しかもウチの居間で正座までさせられて、お父さんと彼に散々言い含められた。
相変わらず彼はウチの親とときどき飲んでいる。
だからって……。
弥咲先生は『舷斗先生』と呼ばれるのを極端に嫌がる。
騒がれるのが嫌らしい。
でも私としては、そうしないと女の人と遊ぶときに不都合だからじゃないかと思ってる。
「弥咲先生?」
寝室兼仕事部屋のドアを開けた。
「なっ!? ゲホッ!! 先生?!」
ドアを開けた途端、もの凄い煙りに襲われた!
「ちょっ……弥咲先生、大丈夫ですか? 弥咲先生?」
声を掛けながら窓という窓を開けた。
その辺にあった雑誌で煙りを外に出す。
「もう、なにしてんでるんですか? 呼吸困難で死んじゃいますよ!」
「あ! 小夜子さん」
「あ! じゃないです! あ! じゃ」
薄れていく煙の中から、明らかに寝起きの彼が返事をした。
「んーーーー。徹夜だよ、徹夜……あふ…」
大欠伸をしながらソファに座ってる。
さすがにあの部屋はタバコ臭くて、私が根を上げた。
後で消臭スプレー撒き散らさないと!!
「そんなに〆切り、迫ってましたっけ?」
「いや、雑誌の対談が明日あってさ。写真撮らないって条件でOKしたんだけど、相手は今飛ぶ鳥を落とす勢いの超人気アイドルの『五月女 愛華』だよ! 中学のころからオレの小説のファンだったんだってさぁ~~♪♪」
ものスゴイ上機嫌ぶり。
結構ミーハーだったんだ。
「へぇ……そうですか」
そのことをタバコを吹かしながら、ずっと考えてたら徹夜ですって。
まったく呆れちゃう……。
「よかったですね。だったらこれをキッカケにお付き合いしたらどうです? 確か彼女二十歳だったと思いますけど。若くて可愛くて、いいんじゃないんですか?」
「え? う~~~ん、難しいねぇ。可愛いのと、好みの子とは違うからなぁ~」
うわっ! なんでそんなに上から目線?
「相手も同じですよ! ただ小説のファンなだけで、付き合うのはぁ~って言われると思いますけどね!」
「え? なら、断る手間が省けるね」
真面目な顔だわ……イヤミも通じないらしい。
どこまで自意識過剰なんだか。
まあ、顔だけなら余程好みが変わってなければ合格点もらえるとは思うけど。
「で? 少しは原稿進んでるんですか? 確か女性ファッション雑誌のエッセィですよね?」
「うん、半年間ね。あと3回。結構楽しいよ~それに小夜子さんが頻繁に来てくれるし♪」
「仕事ですから」
私は大学に通いながら、片平さんの勤める出版社でバイトしてる。
片平さんと彼が紹介者だからアッサリと決まったと言っていいくらいで、細かい仕事はあるけど今のところ数人の作家の先生のところに、出来上がった原稿を引き取り行くのが私の仕事。
出来上がったのを取りに行くだけだからモメることもなく、なんとか勤め続けてる。
ただひとり、手のかかるのがこの先生だ。
彼ご指名だから断ることが出来ない。
こんなんでも売れっ子作家だから。
「もうタバコ臭いです先生! 傍に寄らないで下さい!」
「ヒドイ、小夜子さん! 知り合って3年も経つのに、全然オレに優しくないよね」
「そうですか?」
「そうですよ。はぁ~~、じゃあ小夜子さんに嫌われるからシャワー浴びてこようっと」
「あ! じゃあエッセィの原稿下さい。私、帰ります」
「だぁめ! オレが出るまで待ってて♪」
「ウィンクなんかしないで下さい」
飛ばされたウィンクを、目の前でパシリと叩き落した。
「おかしいな? これでバッチリのはずなのに?」
「他の女性は知りませんけど、私は先生の外見なんかに騙されませんから!」
「そう? じゃあ少しはオレの中身、わかってもらえたのかな?」
「はい?」
「いや、コーヒーよろしく!」
ワケのわからないことをブツブツと呟いたと思ったら、ヒラヒラと手を振って浴室に向かって歩いて行った。
「相変わらずなんだよね、弥咲憂也君!」
私はコーヒーを淹れながら呟く。
知り合って3年、この関係は一体なんなんだか。
以前彼は私のことを、頭の中の空想の女の子だと言った。
それから友達になってと言われ、今に至ってる。
そんな友達関係も、今じゃ作家と出版社の人間になりつつある。
大学を出たらどこかの出版社に勤めるつもりだし、このままバイトから正社員になれればいいな……なんて思ってはいるけど。
いつかは彼の担当者になれれば……なんて。
こんなんだけど、私は『舷斗』のファンだから。
「ふあ~~さっぱり~~♪♪」
彼がシャワーを浴びて、上機嫌で戻って来た。
「ほら! もうタバコ臭くないだろ?」
「!!」
そう言って、まだ微かに濡れてる首筋を近づけて来た。
「わっ、わかりました! ハイハイ、いい匂いです!」
ちょっと……いきなり近づき過ぎ!
「なんか投げやりな言い方だな。もう少し気持ちを込めて、こう色っぽく……」
「それセクハラですから。あんまり度が過ぎると出版社に告発しますよ」
「小夜子さん! オレと小夜子さんの仲なのにそんな!!」
「どんな仲ですか?」
「え? あ~~~ん~~あんな仲?」
だからどんな仲ですか! もう……。
「ハイ! コーヒー!」
ワザとマグカップの側面でカップを渡した。
「え? あ、ありがとう」
彼は条件反射で手を出してるけど、取っ手は私が持ったまま渡したから……。
「あっちぃっっ!!!」
案の定、彼が跳び跳ねた。
「あら、熱かったですか? 面の皮が厚いから素手でも大丈夫だと思ったんですけど?」
「小夜子さんがくれるモノは、必ずもらう覚悟だから……」
「!!」
熱かった手を振りながら、彼はそんなコトをサラリと言う。
この人はときどき、私をドキリとさせる。
それがワザとなのか、本気なのか……3年の付き合いでもよくわからない。
きっとからかわれてるんだろうけど。
「もう、原稿ください……」
考えるのは諦めて、彼に向かってそう言った。
ちょっと時間が進んで、大学生になった小夜子さん。
お友達関係は続いているらしいです。




