11
弥咲なにをしてる?part2でしょうか。
「はぁ……あ……」
私はさっきから溜息ばっかり……今日は色々なことがあって、本当なら泣いて喜んでもいいくらいなことだったのに。
ずっと昔から大好きだった小説家の『舷斗』に会えた。
今まで謎の人で、なかなか世間に顔を出したりしない人なのに……その人と……会えたのに……。
まさか……それがあの男だったなんて!!
あの、わけわかんない、しかも女の人にダラしなさそうなあんな人が『舷斗』だったなんてぇぇぇぇ~~~~!!
私……今までどれだけ失礼なこと言ったかな?
そういえば、何発も頭を殴った気もするし、変質者扱いだってしたし……ああ~~もう立ち直れない。
しかも……トドメは彼に私は……現実世界の人としても見てもらえてなかったなんてーーー!!
ああ……彼のこと知りたいなんて思わなければよかった……。
「ママ~~弥咲さん、今日はダメみたいよぉ~~」
お店の女の子に呼ばれ、スナックのママ、智捺がテーブル席を覗きに行くと、女の子の膝の上にうずくまるように頭を乗せているのは……。
「大丈夫ですか、弥咲さん? どうかなさったんですか?」
「………自分の人生の中で、ワーストベスト3に入るくらいの出来事が……」
「……あら、本当みたいですね。その落ち込み方」
「…………」
「じゃあ、ママお先に! 弥咲さんまたね」
フルフル……テーブル席の長椅子に横になりながら手を振る。
すでに閉店時間を大分過ぎ、お店の女の子達はみんな帰って、店に残っているのは弥咲とママの智捺だけ。
「帰れますか?」
フルフル……横になったまま首だけ振る。
「まったく……なにがあったか知りませんけど、いい加減立ち直って下さいません?」
誰がなにを聞いてもなにも話さないので、みんなお手上げ状態だった。
「……膝…貸して………」
ボソリと呟いた。
「あらあら、またですか?」
いつもの、弥咲のおねだりだ。
「ちょっとだけですよ」
「うん……」
仕方なく弥咲の頭の横に腰を下ろすと、弥咲が顔を上げもせず着物姿の智捺の膝に重たそうに頭を乗せる。
「……この着物って、智捺さん自分で着るの?」
「はい、そうですけど? この仕事してれば必要に迫られることですから。なんでです?」
「だったらここで脱いでも、また着れるんだよね?」
「!!」
今度はじっと膝の上から、智捺の顔を見上げている。
「それは?」
「オレに抱かれて……」
「ここで? ですか?」
「うん…」
「それは誰かの代わりでしょうか?」
「違うよ。オレはその娘のことを抱きたいとは思ってない。まあ、いつか偶然にキスくらいできたらいいなぁ…とは思ってるけど」
「あら、随分消極的なんですね。偶然にキスなんてできる状況なんて、なかなかありませんよ」
「オレその娘には嫌われたくないから……抱くなんて夢のまた夢だから……」
「あら?私には嫌われても構わないんですか?」
「智捺さんは大人の女性だと思ってるから」
「その娘のことがそんなに大事なんですか?」
「大事? んー憧れ? んんーとにかくその娘の代わりに智捺さんを抱くわけじゃないよ」
「今夜で私が弥咲さんのことを、好きになってしまうかもしれませんよ。それでもいいんですか?」
「………それは、ないでしょ?」
「どうしてですか? わかりませんよ? ふふ」
「だって、智捺さんはオレのことなんてお客のひとりで、手の掛かる子供だな~ぐらいにしか思ってないでしょ?」
「素敵な男性だと思ってますよ。弥咲さんの書く小説も好きですし、そんな人の恋人になれるんだったらいいなと思いますよ」
「商売上手だな。褒め上手なのか?」
「もう……少しくらい素直に受け取ったらどうですか?」
「今までの感謝の気持ちも込めますから」
「…………」
「智捺さんに言い寄ってくれる殿方を追い出したりしませんから。お互い持ちつ持たれつな関係だと思ってるんだけどな。智捺さんが人肌恋しいとき、傍にいたつもりだけど」
「まったく……貴方って人は……これだから恋愛小説家なんて変に勘が鋭くて。それとも弥咲さんだからですかね」
「今夜は最大級の人肌恋しい心境なんですっ!!」
ガバリと起き上がって、智捺に向かい合う。
「姿勢を正して、正座までしないで下さいよ。もう…」
「今夜は……オレを癒して、智捺さん。このままじゃオレ、地面にめり込みそう……」
言い終わると同時にグッタリと、また智捺の膝に倒れこむ。
智捺の膝に仰向けで頭を乗せて、両手で額と目を隠しながら無言の懇願する。
「そんなに辛いなら、ちゃんとその娘にお話なさったらどうです?」
片平と同じことを、また言われた。
「ダメ……今は無理……」
「じゃあ、いっそのこと諦めたらいかがですか?」
「はぁ~もっと無理……」
息を吐いて、ボソリと呟く。
「もう……仕方ありませんね」
目を瞑って、諦めたように溜め息をついた。
「じゃあ、帯外すのを手伝ってもらえますか?」
「……ありがと……智捺さん」
弱々しく微笑むと、静かに弥咲を見つめる智捺にそっと手を伸ばした。
小夜子さんのことを、大事にしたいとは思ってる。
傷付けたくもない。
ただ、片平さんが言うには、オレの愛情表現は少しズレてるらしい。
いつかオレが『舷斗』だとバレると、覚悟していた日があっさりやって来て、案の定そのことを知った小夜子さんは、オレとの間に距離を置いた。
もう小夜子さんにオレは『舷斗』としか映ってないんだろうな……。
次に小夜子さんと会えたら、小夜子さんはオレと話しをしてくれるんだろうか?
「やあ!」
「あ……」
週末の図書室にいつもより遅い時間に訪れたのに、すでに先客がいた。
「今日は来ないのかと思った」
「…………」
私はなにも言えなくて、無言。
だって本当は彼に会いたくなかったから。
遅い時間に来て、道場にも寄らずここに来たのに……。
本当は学校に行くのも止めようかと思ったけど、行きたくない半面、もしかして彼に会えるかもしれない……なんて矛盾した気持ちもあった。
「ちゃんと話そうと思ってさ」
「驚きましたけど、私はもう別に……」
「オレが『舷斗』でガッカリした?」
「えっ!? えっと……」
しまった。
会えたときの対応を考えてなかった。
「くすっ。相変わらず真面目だね、小夜子さんは」
「でもだからって、貴方の小説が嫌いになったワケじゃないし、本当に新作楽しみにしてるし……」
「ありがとう」
「いえ…」
ああ、今私の目の前に『舷斗』がいるんだ。
あんなに憧れてた『舷斗』が……。
色んなこと差し引いて目を潰れば、私って幸せなんだよね。
「小夜子さんとここでこうやって会えるのも、今日が最後だよ」
「え?」
「仕事の方でストップかかっちゃったから……」
「やっぱり空手のコーチはダメって言われたんですか?」
「うん、もともと我が儘言わせてもらってたしね。小夜子さんの言うとおり、稼げるときに稼いどかないと」
ニッコリ笑顔で言われた!
「ス…スイマセン……」
思わず謝ってしまう。
「あ! いや、そういう意味で言ったんじゃ……」
どうも彼は一言多いと思う。
じゃあ、どんな意味で言ったのかと聞いてみたくなる。
「あのさ……小夜子さん」
「はい?」
「今回のことに懲りずにさ……オレと友達でいて。知り合いより親しい友達……」
「………」
困ったような……懇願するような眼差しと顔で窺うように聞いてくる。
「ダメ?」
「……やっと生きてる人間扱いして頂けるんですね」
「小夜子さん、意地悪だな……」
「なに落ち込んでるんですか?」
落ち込んでるのはこっちですから!
「構いませんよ、友達にならなっても」
「本当? やった! ありがとう! 小夜子さん!!」
「別にそのくらい……」
「じゃあ早速ご招待するよ。冬休みウチに遊びに来て! そしたらオレきっと仕事はかどる!」
「え? なんでですか?」
「オレすぐ人恋しくなっちゃうんだよね。だから小夜子さんが来てくれたら、きっと大丈夫だから」
「気が向いたら……でいいですか?」
「え? う~~ん、仕方ないか。はい、じゃあコレ♪」
「は?」
「オレんちのカギ。あげる」
「え?」
「いつでも来て」
「………」
自分の掌に乗った銀色のカギを見つめてしまった。
「あ! やっぱり来る前に連絡くれた方がいいかな? そしたら必ず家にいるようにする」
「いえ、そんなにお気遣いなさらずに……」
「そしたら、女の子のところに泊まらなくて済むし」
「は?」
「ん?」
また貴方は一言多い……。
「そんなに女の人のところに泊まってるんですか?」
さすがに聞いてしまった。
「いや、そんなに頻繁じゃないけどね」
「そうですか」
「オレ繊細だから、ときどき無性に人肌恋しくなるんだ」
「はあ……」
人恋しくじゃなくて、人肌恋しくなんですね。
この人はそう言う人だった……それに、大人の男の人なんだよね。
でも……彼は『舷斗』でもある。
「楽しみだな! 玄関を開けたら小夜子さんが立ってるの」
「…………」
ニッコリと嬉しそうに笑う彼を見て、思わずピンポンダッシュしてやろうかと密に思ったことは、彼には内緒だ。
本当にいつも一言多い弥咲。
でも結構堪えてるみたいです。
今頃友達関係に発展?何事も歩みの遅いふたり?




