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仕事してください!



「おいいたか!?」

「いや、あっちにはいない」

「くそ、どこいったんだ…!」


 町中を慌ただしく走り回る、黒服の男達。こちらに来ないかと緊張に体を強張らせ、煩く鼓動を打ち鳴らす胸をぎゅうっと握った。


「じゃあ、あっちを探そう」

「ほんとにどこに行ったんだか…」


 彼等が向こうに走っていくのを見届け、僕ははあ、と溜め息を吐いた。


(何で、こんな事に…)


 頭を抱え、僕は昔の事を現実逃避で思い出していた。




 僕は、この世界の人間じゃない。三年前、バイトの帰りに夜道を歩いていたら、何故か知らない町の入り口にいた日本人だ。

 叔母の食堂や、叔母の友人の飲み屋でバイトしていた僕は、その日も飲み屋の帰りで賄いおにぎりを持っていた。そこで、その匂いに釣られたらしい師匠夫婦と出会った。

 師匠夫婦は、かなり有名で気紛れなハンターらしい。ハンターって言うのは、小説で言う冒険者みたいなもんだ。


 僕から奪うようにおにぎりを貪った男女は、呆気に取られる僕を、お礼に魔法を教えてやると言って拉致った。どう考えても犯罪だが、当時の僕は混乱していてその事実に気付けなかったし、今となっては有り難いと感じてはいる。

 まあ簡単に言えば、師匠夫婦……クラウド師とアリエル師は、僕の放つ魔力が独特で面白そうだから弟子にしようと決めたらしい。何よりおにぎりが気になったから声を掛けたんだとか。…本能で生きてる人達だからな、こんな理由でも納得してしまう。


 それから僕は、師匠夫婦に色々教わった。魔法は勿論体も虐め抜かれた。生きてるってスバラシイ。

 師匠夫婦は、僕がトリッパーだと知っていて、コネを利用し異世界に関する資料や空間系の魔法を片っ端から調べてくれた。僕も、いまいち実感はないが魔力は多いらしく帰る手立てが見つかるならと魔法の勉強を頑張った。元々脳みそが二次元に制圧されていたので、魔法の勉強は苦にならないどころかするすると面白いくらいに入ってきた。

 それでも、結局約二年半経っても全く帰れる兆しも見えず、糸口すら見付からず。僕は働く事にした。今までは、弟子の面倒を見るのは師匠の義務だと言って二人が世話してくれていた(料理だけは別。だって僕のが上手だし)が、そろそろこちらで生きる事も考えないとなあと。

 未練がない訳じゃないけどさ、あんなこゆ〜い二年半を過ごせば、嫌でも順応する。地球では考えられないくらい強くなったし、何より魔力量=寿命の世界で、僕はかなりの長寿になったらしく肉体もそう作り替わったらしい。向こうに帰っても寿命が違うとか、苦労しか考えられない。


 それで半年前、師匠夫婦の薦めでとあるレストランで働き始めた。


 ここで、重要な事を話そう。非常に重大な事実だ。

 僕は、この世界の既製品が食べられない。レトルト食品、缶詰め、ソーセージ、お弁当、カップラーメン、料理店の食事。マヨネーズやソースの類いすら無理だ。ただ、醤油や味噌は平気で、それは多分味付けをした訳ではないからだと思う。お酒も同様に平気だが、手を加えたカクテルは飲めない。


 それは、何故か。僕の味覚に合わないからに他ならない。匂いすら、殺人級だ。

 つまり、僕にとって、この世界の料理は―――…クソ不味いんだよおおおっっ!!


 ……ごほん。失礼、取り乱してしまった。

 だが、まあ、僕の苦しみは日本人なら理解してくれたと思う。元々味覚と嗅覚は人一倍鋭かった僕には、よりいっそう辛かった。何より、だからと言って自分の料理の腕が上がった訳ではない。素人代以上プロ未満の至って普通の腕前だ。

 僕は、料理音痴な姉に命じられるがままに、小さい頃から料理をしてきた。姉は料理音痴なクセにやたら味には煩く、僕は小間使いのように奴隷のように、姉専属の料理人として色々レシピを覚えた。

 味覚や嗅覚は、まさに天才的だった僕だが料理の才能は並か微かに上程度。つまり普通。ただ、和食洋食中華にイタリアン、お菓子だって洋菓子も和菓子も何でもござれな具合にレシピは覚えた。…覚えたくて覚えた訳ではないと、ここで明言しておく。


 この世界と地球の味覚がまるきり違う訳ではない、と言うのも言わねばならないだろう。そう、決して味覚が違う訳ではない。食材も素晴らしく下手したら地球よりも旨く豊富だ。……ただ、食のレベルが世界単位で地を這っているだけなのだ。

 何せ、僕はお祭りに行けない。正確には、食べ物の出店が立ち並ぶエリアには行けない。何故なら、匂いをちょっと嗅いだだけで、白目向いて泡吹いて失神しちゃったから。

 匂いって、かなり重要だと思う。匂いだけで、ああ美味しそうだな、早く食べたいお腹空いた! って思い腹の虫を鳴かせた経験って、あるよね? 反対に、これは外れだな、あまり期待出来ないなあ、って直感した事もあると思う。僕はトリップしてから、あれこれ食ったら死ぬんじゃね? な匂いを嗅いだ記憶しかない。


 僕の腕前は、変わらない。つまり、僕がこの世界では唯一口に出来る料理だ。そして、レベルが違うだけで味覚の方向性は同じ。

 つまり、僕にとっては食べ飽きた普通の味でも、このクソ不味い料理しかない世界の住人にとっては、神の食事になるんだとか。

 実感は沸かないよ。だってさ、ずっと変わらないのに最高峰とか言われても、信じられないでしょ。僕もレベルがどのくらい低いのか正確には理解してなかったし。


 世界トップクラスらしいレストラン『アヴァロン』で下働きとして働き始めた僕だったが、当初はアヴァロンがそんな凄いレストランだと知らなかった。確かに外観は上品且つ嫌味のない高級感で滅茶苦茶立派、給仕達もみんな洗練された優雅でスマートな動作のイケメン揃い、厨房だってやたらと大きく設備も充実していた。

 でも、料理は全くの期待外れ。これだけ素晴らしい要素が揃っているのに、肝心の料理は不味そうなんだもん。そんな高級レストランだなんて思わないじゃん。まあ、厨房にいても気分が悪くない程度だったからかなりマシだろうが、当時は気付かなかった。


 気付いていたら、口出ししなかった。そんなクソ不味そうなもん出すなと思ったからって、調味料の量にケチを付けたりしなかった。余った食材の端を貰って賄い(自分用のみ)を店で作ったりしなかった。


 僕は、気付いたら賄いを食い尽くされ、気付いたら土下座され、気付いたら総料理長なんて立場に立たされ、気付いたら調理指南役なんて任を負わされていた。いやもうほんと、あれよあれよと言う間に、新人期間僅か二週間で大出世を果たした。

 うん、最悪だよ。確かに給料は目ん玉飛び出す額になったけどさ、使う機会ないくらい忙しいんだよ。大体、そんな立派な肩書き背負えるほど料理に情熱ないし。寧ろ最近嫌いになってきた。


 そんな感じで半年経ったが、僕は不真面目な勤務態度で解雇されるのを期待している。退職願いを書いても瞬時に破られ燃やされるし、こうなったらクビになるよう仕向けるしかない。バックレてもいいが、逃げる先がないので。

 大体、危険すぎる。何でたかが料理人が、拉致誘拐監禁暗殺の心配をしなくちゃならないんだ。僕の料理を一生食べたいからとか、ライバル店にとっては邪魔だかららしいが、理解は出来ても納得は出来ない。やだよーそんなんとは無縁の生活をしたいよおう。

 僕、レストラン辞めたら服飾関係の仕事に着くんだ……ふふ。




 うふふふふ、と未来に思いを馳せていると、急に目の前が明るくなった。自分を守っていた砦《段ボール》が取られたのだと気付いたのは、四肢を拘束されてからだった。

 そうだった、僕は今敵から逃げてる最中だった。油断した!


「くっ…! 離せ!」

「やっと見つけましたよ、ハリー様」

「漸く捕まえたのですから、放す訳がないでしょう」


 あ、僕は飯塚いいづか玻璃はりって言うんだ。気軽にハリーって呼んでね☆

 ……じゃなくてっ!


「くそおおおっ! おまえら拉致誘拐で訴えるぞ!」

「どうぞ。まあ警察は来ませんが」

「そんな事しても無駄だと分かっているでしょう?」

「無駄な抵抗は止めて大人しくしてください」

「手荒な真似はしたくありません」


 くっ、一人に四人なんて卑怯だぞ! 警察も役に立たないな! 圧力でも掛けているのか!?

 ならばと道行く人々に助けを求めるが、みんなちらと見ただけで立ち止まりもしない。この町の住民は血も涙もないのか!


 身を捩るも、体勢から力が入り辛く、ぐっと唇を噛んだ、その時。僕を捕える一人が叫ぶように訴えた。


「―――いい加減諦めて、仕事してください! 総料理長!」


 ずぇったい嫌だあああああああっ!!


「やだやだやだあああ! 今日はもう休む! おうちかえりゅううううう」

「我が儘言わないでくださいよおっ! あんたは駄々っ子か!」


 くそうっ! こいつら僕の両手足をそれぞれ一本ずつ持っているから、仰向けで宙吊り状態とかなり不安定な体勢だ。こんな体勢じゃなければ鍛えた脚力で逃げるのに!

 周りの人達は、またか、と生温い目で通り過ぎていく。毎日のようにやっている逃走劇なので、最早慣れたらしい。寧ろ名物と化していて、僕がどのくらいで捕まるかのトトカルチョも流行ってるとか。勝手に人を賭けの対象にすんな!

 最初こそ、僕が誘拐されたんじゃないかと警察沙汰にもなったが、今では殆ど駆り出されない。アヴァロンが連絡しただの無断欠勤と分かった時には怒られ、鬼ごっこ中町民が呼んではまた怒られ。警察きらい。

 僕を捕まえる係は、基本給仕ボーイだ。彼等はイケメンなので、結構目立つ。イケメンなので、女の子は協力する。イケメンなんて爆発しろッ!


「嫌だああああ仕事したくなああああいいいいい」

「諦めてください!」

「さあ今日も張り切って楽しくお仕事しましょう!」

「うああああああ」


 こうして僕は、毎回仕事場に連行される。新しい就職先見付けてやる。いつか転職してやるからなあああああッ!







「不味い。調味料入れすぎクドイ」

「はひいっ! すんません!」


「貴重なハーブ入れたからって何でも旨くなるなんて思うなよ。これにはこっちのが合う」

「な、なるほど…!」


「何度言えばてめえは理解すんだ、ああん? 直接脳みそに刻まれなきゃ分かんねえのか?」

「ひっ、すすすいませんすいませんすいません師匠っ!!」


 ハリーさんは現在、厨房にてお仕事ちうです。淡々と口の悪いのが、僕です。お仕事モードと言うか、一向に上達しない彼等にやさぐれているだけです。

 微々たる変化を劇的な変化と感動する彼等に、僕は涙がちょちょぎれそうです。


 我が職場は、やはりと言うか野郎ばかりだ。未だ料理の世界は男社会だから仕方ない。まあ何人か女性もいるっちゃいるが、やはり華が少ない。料理人だから化粧も最低限だし、美人だけど下手な男より根性があるから女扱いはしない。

 聞いてくれ、この世界って美男美女ばかりなんだぜ。コックもみんな美形で目の保養には最適だけどさ、何でこんなに上達しないもんかね?

 まだ、そうまだマシなのだ。彼等の料理は。まだ不味い程度で済んでいる。その辺のファミレスや普通のレストランの料理は、最早食べ物ですらない。口に出来るだけ、まだ良いのだ。前は味見じゃなきゃ口にしたくなかった料理が、味見程度なら抵抗なく食べられるようになっただけ、かなり上達したんだろうが……。


「ううう、師匠の求める理想は高過ぎますよう」


 と、涙目でイケメンシェフに言われ胸がキュンと……ではなく、ぞくぞく……いやいや、そうだろうかと思い悩んだが、僕と違い料理への情熱に満ち溢れ、高みを目指す向上心と料理への気概は目を見張るモノがある彼等なら、このくらいは余裕でこなすだろうと思ったのだ。

 アヴァロンの料理は、例えるなら初めての調理実習でメンバーが全員料理経験ゼロの班が作った料理だ。ただ違うのは、包丁の技術は超人並って所かな。これならさ、まだまだ伸び代は十分あるって思うだろ? 何より、シェフ達はみんな十代から二十代にしか見えない。そんな若くしてここまで上り詰めたのだ、多少の無理難題はこなしてもらわにゃ困る。

 ―――主に僕の食生活のために!


「……うん、良くなったね。ご褒美にクッキーをあげよう」

「っ…! ありがとうございます!!」


 飴と鞭は使い分けてます。飴は、手作りのお菓子。鞭ばかりじゃ懐柔は出来ないって、女王様な姉が言ってた。あの人、ちゃっかり穏やかで優しい主夫捕まえたからな。説得力はある。

 僕はこいつらを懐柔し、出来る限り休みをもぎ取る! 料理はもう勘弁!



 僕の異世界生活は、こうして過ぎて行く。取り敢えず今の目標は、帰還すること。無理なら、美味しい物を食べる事!




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