Take.3 出会いはいつも突然に
屋上。それが和希の言っていた「いい場所」である。高校生で屋上と聞くとどうしても青春的な思考しか思い浮かばないのは俺だけではないはず。しかしながら、屋上という場所には行ってみたいという気持ちがあった。中学校では立ち入りが禁止されていたのでそれには全くと言っていいほど縁がなかった。しかし聞いてみるとこの学校の屋上には立ち入ってもいいらしい。屋上は危険だから、という理由などでたいていの学校では立ち入り禁止にされているが、この学校ではそういう規則がルーズだからこそ実現されているのだと思う。まあ、校長が校長だからなぁ。
そんな事を考えながらトボトボと階段を上がっていく。その屋上へ誘った張本人の和希とはと言えば、「ただ単に屋上に行くだけだと暇だから何か買ってくるわぁ」と、一階の購買部か自販機の所へと向かった。
「あーーーー、屋上、かぁ……。」
なんとなく独り言を点々と呟きながら、気付くと扉の前に着いていた。一度も来た事がないのでおそらくここが屋上へと続く扉であろう。別に何も躊躇することはないので無造作に扉を開け放つ。
「あ……」
と思わず声が出てしまった。扉を開けた瞬間、眩しい光と清々しい風が身体全身を襲った。まだ初夏の生温かい風とは思えないほど、冷たい風だった。暗い場所から明るい場所にいきなり出たため、一瞬視界が真っ白になったのだが、視界が元に戻ると、今度は青々とした広大な青空が眼前に広がった。雲が優雅に漂い、夏の太陽がジリジリと照りつけている。俺は一瞬、この世のもとは思えない風景に言葉を失った。屋上には俺以外に誰もいない。一回見渡しただけだが、なんとなくそれが分かった。中央の方へ歩み寄り、初夏の光を思う存分身体に浴びせる。何故今の今まで、この高校生活始まって約一年半が経とうとしているのに、来た事がなかったのだろうとやや不思議に思いながらコンクリートの地面に横たわる。もう放っておけば寝てしまいそうな心地よさだった。思い思いに伸びをしながらそんな事を思う。
「なーに一人で先に寝てんだよ」
ふと後方から和希の声が飛んできた。上体を起こし、そちらへ目をやると和希の手には自販機の缶ジュースとちっこい菓子パンが入っている袋があった。
「デザートのつもりかなんか知らねぇけど、さっき昼飯食ったところだろ……」
「コンビニで売ってるちょっとしたスイーツみたいなもんだ。購買部に行ったらこれくらいしかなくってな。ちょうどいいだろ?」
「ま、納得しておくよ」
そう言って、袋の中からそのスイーツとやらを取り出す。取り出したそれはチョコチップクリームの入ったロールケーキのような、そんな感じのやつだった。
「げ、クリームものかよ。よりにもよって腹に溜まるやつ買ってきやがって」
「文句言うな! 文句あるなら金返せ!」
さすがに金は取られたくなかったので反論はしない。基本面倒ごとが嫌いな俺にとって、それが最善の防御手段でもあった。それにしてもジュースも炭酸系かよ……。と心の中で静かに毒づく。もうちょっと相手の気持ちとかわきまえてほしいものだ。
屋上での気持ちよさと心の中でのモヤモヤが葛藤して少々複雑な心境の俺の口にほのかに甘いチョコクリームの味が染みわたる。甘さが少し控えられているそれは食後のデザートにはちょうどいい感じだった。俺はそれをぺロリと平らげ、缶ジュースのプルタブを開ける。
「文句言ったけど、案外ウマかった」
「だろ? あれ結構オススメだからな」
「最初に言えよ!」
「それはそうと、ここどうだ? 結構イイ場所だろ?」
「ああ。なんで今まで来た事がなかったのか不思議なくらいな」
「俺も二年になってからなんだけど、はじめてきた時は寝入っちまって、授業に遅れたんだよなぁ」
「あー、あの時かぁ」
二年が始まって間もないころ、和希があわてて教室に入ってきた時の事を思い出し、思わず笑いが漏れる。
「なんか、眠くなってきた」
「あと休み時間十分くらい残ってるし、寝てもいいんじゃね?」
「時間になったら起こしてくれ」
「了解!」
と言って、俺の意識は闇へと落ちていった。別に和希が起こしてくれなくても、チャイムで起きるだろうと踏んでいた、のだが。
どれくらい時が経ったのだろう。ぼやけていた視界が元に戻ると俺は身体を起こした。空が青いのでまだ昼だ、俺が寝る前とさほど変わっていなかった。変わっていると言えばそう……。
「アレっ!? 和希!?」
和希がいたはずの空間がいつのまにかもぬけの殻となっていた。ジュース等のゴミはそのままになっているので、まるで突然消えてしまったかのように思えてならないのだが、そんな非現実的な事はあり得ないので冷静になって携帯電話で時間を確認する。そこで俺は言葉を失った。
午後一時五十四分。
「ちょ、おい! あれ? 何かの間違いだろ? おーい和希ぃ!ドッキリとかやめてくれよ!」
俺は叫んだが一向に返事は帰ってこない。帰ってくるのは風の音だけ。
「もしかして、俺、寝過ぎた!?」
和希め、裏切ったな!と心の中で叫ぶ。特別な事がない限り授業に遅れたりサボったことのない俺としてはかなり異常な事態だ。早く戻らないとながーいお説教が待っている。そう、和希の時と同じように。まあもう授業が始まって約三十分が経過しようとしているのにそれを避けようなどと思うなんて無駄なことか、とほぼ諦めムードに入り、正直に謝って、いや、それが普通なのだが、なんとかお説教をできるだけ短くしようと考えながら放置してあるゴミを拾おうとした時、ひときわ強い風が吹いた。髪と制服が大きくはためき、それと同時に缶が地面を転がり、袋が宙を舞う。
「あー! ちょ、待て!」
ゴミ袋の事は諦め、急いで缶を追いかける。屋上とはいえ、掃除にくる人くらいいるはずだ。ここの学校の規律はルーズだとは言ったものの、清掃面ではかなりと言っていいほど厳重で厳しいので拾えるものは拾っておかなければ即集会ものだ。全く、面倒にもほどがある。
その時だった、転がっていた缶が『何か』にぶつかり、ようやく止まった。
「やーっと止まったか。手こずらせやがっ……」
その間を拾い上げようとした俺の目にふと止まった『何か』。
それは、人、としてとらえてよかったのだろう。いや、思えば、それを『人間』ととらえてしまったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。確かに、外見は人そのもの。服装はなんとなくダークな色合いが基調の動きやすそうなドレス。ドレスと言っても、少しカジュアルで現代的な感じだ。逆光の影響で顔色は見えなかったが、輪郭としては整っている。髪は横で束ねていて、いわゆる横ポニ状態で尻尾のように丸く飛び出た感じでだいたい肩くらいまでかかっている。
俺が推測するに、おそらく美少女系の女の子であろう。
だが何故こんな場所に?
そんな思考が頭を過った矢先に、その謎の少女がふいに声を発した。
「そこのお前、現在における『現世』の時刻と座標を教えろ」
それが、その少女との出会いこそが、俺の人生を大きく変えるものだった。